悪徳の十三 懐柔工作
リーニは焦っていた。
最近、かつての仲間や魔王の娘などが日替わりで訊ねてくるようになったのだ。
(まさか、バレたのか?)
父親が犯した魔族との裏取引という罪。
それが明るみに出れば、商会は裏切り者の誹りを受けて倒産し、従業員たちは路頭に迷う事になってしまう。それを防ぐため、あくまで自分に商才が欠けていたために商会が傾いてしまったという状況を作り出そうとリーニは日々努力を重ねていた。
だが、どうやったところで商会は傾かない。
それどころか、リーニの代になってから、規模は拡大の一途を辿っていた。
「急に商会が大きくなったから、怪しまれるのは仕方がないとしても、親父の悪行までバレるのは困るぞ」
リーニとしては、必要以上に目立たないことを望んでいたし、そのつもりで行動してきた。
ここ最近も、常にこっそり行動している。
「どこにいくにも最低限の人員で、人目に止まらないよう行動しているのに、いったいなにが悪いってんだ!」
リーニは魔法戦士として、間違いなく優秀である。
魔王との戦いでは勇者パーティを実質的に取りまとめていたし、実家の力を利用してその旅が円滑に進むよう取り計らった。ついでに医療知識なども身に付けたし、各国の政府や役人とも誼を通じた。それもこれも、平穏無事に旅を終わらせるためだ。
(だってさぁ、若い娘さんたち預かって、傷とか付けたら悪いじゃん。王族とか混じってるし)
これらの行動はすべて、リーニなりの危機管理だった。
そのため、勇者たちは一度も食べるものに困ったことはないし、怪我をしても適切な処置を受けられた。魔王討伐のために悲壮な覚悟を決め、それでも覆い隠せない死の恐怖に苛まれていた勇者たちにとって、リーニはある種の希望だった。
ただし、本人に自覚は一切ない。
彼にとって勇者との旅はさほど重要なものではなかった。ただ、自分にできることをできる範囲で行ったに過ぎない。
「あのころやる気なかったことを未だに恨まれてる可能性も?」
そう、やれることをやった。
できないことはしなかった。それは見方を変えれば、人類の危機を前にして手を抜いていたと思われても仕方のないことだ。
本人にそのつもりがなくとも、そう見る者がいないとは限らない。
「勘違いとも言えないしなぁ」
だが、ここに勇者たちがいて、リーニの心中を知る術を持っていたら、すぐにその勘違いを正したことだろう。
彼女たちはリーニが手を抜いていたとは思っていない。仲間となった当初こそ、その態度を訝しんだこともあったが、最終的にはこの上ないほどの信頼をリーニに向けていたのだ。
彼女たちの行動には、別の理由があった。
それはひとつの噂から始まった。
『ウェイランド商会の会長が、人目を忍んで誰かに会いにいっている』
これが市井のただの若者であれば、こんな騒ぎにはならなかっただろう。
しかし、リーニは良くも悪くも王国と魔族に大きな影響力を持っている。ただの色恋であったとしても、その影響は他方面に渡る。
放置できるわけがない。
真っ先に行動を起こしたのは、勇者リズフィルドだった。
彼女はあまり仲が良いとはいえない王女と協力関係を築くと、すぐに自分をリーニの下に派遣させた。名目は今後の王領開発の方針を相談するというものだったが、それが単なる建前であることは誰の目にも明らかだった。
勇者には、政治的才能がなかった。絶無だった。
どう好意的に、甘く評価しても、まったくないとしか言いようがないレベルで無才だった。
リーニもそれは分かっている。だから、適当な理由を付けてサボりにきたのだろうと考え、放置した。
放置された勇者も、当初は自分の扱いに憤慨したが、やがてこのままの状況が続けば王都に戻る必要がないことに気付き、日和った。
そして、ぞくぞくと仲間たちが集まってきた。
彼女たちは毎日誰かがリーニの傍につき、監視し続けた。毎日毎日、飽きもせずに。
そして、今日に至る。
「くそー、こうなったら適当なところに遊びに連れていって、懐柔するしかない」
リーニは自分にできることには全力を尽くす。
そう、仲間たちの趣味嗜好を徹底的に分析し、自分にできるなにかを探し出した。
「勇者とその仲間とて年頃の小娘、必ずや懐柔して見せる!!」
ウェイランド商会の会長室に高笑いが響き、隣の部屋にいる錬金術師がむくりと起き上がったが、すぐに夢の世界へと旅立った。
好みの食事をお腹いっぱい食べさせれば、錬金術師ソリスは眠る。リーニは仲間のことはなんでも知っているのだ。