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悪徳の十二 後


 その夜、勇者の襲撃があった。

 ウェイランド商会の本店に突入した勇者は警備の従業員を気絶させると、一気にリーニのいる仮眠室へと突入する。

 その動きは歴戦の戦士そのもので、ひとつの迷いもミスもない。

 相手が誰であっても、力尽くで制圧できたことだろう。ごく一部の例外を除いては。

「なにしてんだオメー!!」

 そして、部屋の中にいる男は、例外に属する人物だった。

 リーニはドアが蹴破られた瞬間に認識妨害の魔法を作動させて気配を絶つと、無意識のままリズフィルドが反撃に移る前に先手を打った。

「そりゃあ!」

 魔法陣が瞬き、光のロープが部屋中を走る。

 やがてリズフィルドに掛けられた認識阻害魔法が解除されたとき、彼女は対勇者用に調整された拘束魔法により、その場に縛り付けられた。

「くっ」

「なにやってんだ」

「……魔族の娘に誑かされたときいた。勇者として捨て置けん」

 顔を背けながら、リズフィルドは答える。

「誰がそんなこと言ってた? お?」

「――王女殿下」

 ぽつりと零す勇者。

 リーニは天井を仰ぎ、顔を手で覆う。

「俺、どこでそんなに恨み買ったんだ?」

「…………」

 リズフィルドは答えない。

 答えると、相手に塩を送ることになりかねないからだ。

「リーニ、お前、本当に――――」

 リズフィルドはリーニの真意を確かめようと、縛られたまま顔を上げる。

 その視界の隅にある窓の外で、人影が動いた。

「っ!?」

 直後、窓が割れ、乱入者が降り立つ。

「リーニ様、いったいどういう――」

「うるせえっ!!」

 神聖拘束魔法。

 天井に展開された魔法陣から光の鎖が飛び出し、乱入者を拘束する。

「きゃんっ」

 乱入者はそのまま勇者の隣に落下し、ふたり揃って正座の姿勢を取らされる。

「り、リーニ様! なぜこのような無体をなさるのです!?」

「部屋に乱入しておいて何故とはなんだ! お前らいい加減にしないと相応の扱いするぞ!?」

 リーニがそういって顔を近付けると、ふたりはそろって顔を逸らした。

 その仕草を見たリーニの額に青筋が走る。

「――ほう、じゃあそういう扱いをしてやろう。リズフィルド公女殿下、ディルテ姫」

「!?!?」

 もの凄い勢いで振り向いたふたりが、驚いた表情を隠さずにリーニを見詰める。

「リーニ、私のことをそんな風に、呼ばないでくれ……」

「リーニ様! お願いします! そのような他人行儀なことを仰らないでください!」

 ふたりはじたばたと暴れる。

 リーニは一度決めたら必ずやる。

 距離を取ると決めたなら、もう二度とこれまでのような関係に戻ることはない。

 それが分かっているからこそ、ふたりは必死の抵抗を見せる。

 だが、ただの魔法戦士は冷たかった。

「ダメです」

 そして、お説教が始まった。


「ごめんなさぁ~~い! もうしませぇええ~~ん!!」

「うう……ゆるして……ゆるしてくれ……うううう~~……」

 窓の外が白み始めた頃、仮眠室の床に座らされた女性ふたりは抱き合って涙を流していた。

 リーニのお説教はこんこんと、そして切々と続き、一切の容赦がなかった。

 そこにかつての仲間の姿も、自分の命と民を救ってくれた恩人の姿もなく、ただただ他人行儀に問題行動を指摘する赤の他人しかいなかった。

 それは、ふたりにとってもっとも辛いことだった。

「リーニざまぁ~~~~!」

「リーニぃ~~……」

 抱き合う宿敵がいなければ、その場に泣き崩れていたのは間違いない。

 幼い少女のように泣き喚くふたりを前にしばし沈黙するリーニ。その視線は、ぴったりくっついたふたりの頬に向けられていた。

「……あ」

 そして、彼はなにかを思い付いたように手を打つと、地図を持ち出す。

 妙な動きを始めたリーニに、勇者と魔王の娘はぽかんとした表情を浮かべた。

「ここだ!」

 リーニは地図の一点を指差し、低く笑い出す。

「くくく……見つけたぞぉ……ここならお金が溶けるはずだぁ……くくくく……」

 地獄の底から響いてくるかのような低い低い笑い声。

 それを間近で聞かされた勇者と魔王の娘は、今度はまったく別の理由で抱き合うのだった。


 ウェイランド商会の新たな拠点となる街は、街ではなかった。

 数百年前に破壊されたまま放棄された、国境付近の港町。一応は王国の王領とされているものの、誰ひとりとして居住していない荒れ地だった。

「若、ここがそうですか?」

「ああ、ここに俺たちの街を作る」

 そう、リーニは既存の街に拠点を移すのではなく、人類と魔族の境界に新たな街を造ろうとしていた。

「承知しました。ではさっそく作業を始めましょう」

「小言くらいいってもいいんだぞ」

「若の仰ることですから、なにか深いお考えがあるのでしょう。ならば、私はそれを実現するために働くのみです」

「……おう」

 リーニに深い考えなどない。

 ただただ、勇者と魔王の娘からできるだけ離れることができて、開発に資金が必要となるであろう場所を選んだに過ぎない。

 だが、彼の部下は優秀で、彼が逃亡を図った女性たちは強かった。

 工事開始直後、元の本店に戻ったリーニの元に報告が届けられた。

「若、新拠点に向けて、王都及び魔都からの街道敷設が開始されました。どちらも通常の倍以上の早さで工事が進んでいるそうです」

「なんでぇ?」

「さあ? 『向こうには絶対負けるな。負けたら叛逆罪だ』だとか」

「なあにそれぇ」


 街道工事が進んでいると聞いて、リーニは焦った。

 自分たちの持ち出しで街道を造らなければ、お金が減らない。

 だから彼は、別のことにお金を使った。

「鉄道だ! 鉄道を引け! 最短距離でな!!」

「最短距離だと、魔法を用いた工事でもかなり時間と予算が必要となりますが……」

「いいからやれ! 絶対必要になるから!!」

「承知しました」

 鉄道に資金を融かしてほくそ笑んだリーニだが、自分が人類と魔族の間を行き来する横断鉄道を造ろうとしていることには思い至らない。

 それがどれだけの経済効果を生み出すのかも、まったく理解していなかった。


「港は地形が許す限りデカくしろよ! ちゃんと地質調査とかするんだぞ! 手抜きは許さないからな!」

「はい」


「海図の作成にも手間を掛けろよ! 海図の不備で事故なんて許さないからな! ちゃんと灯台も造るんだぞ!」

「承知しました」


「鉄道から船に荷物積み込むとき、バラバラだと不便だから、デカい箱つくってその中に荷物入れようぜ! 箱ごと船に積み込めば、手間が省けるだろ!」

「なるほど」


 そうこうしている間に、工事現場に付随する形で街ができ始めた。

 リーニを慕う作業員たちが、家族を連れて引っ越してきたのだ。

 それを聞いたリーニはすぐに家族の生活に必要な施設を作るように命じ、彼らを相手にするための小売店なども進出してきた。

 そして、王国政府から、街の名前を申請するよう使者がやってくる。

「そんなの、適当にポルトでよくない?」

 港町を意味する言葉を記載した書類を、王都へと送る。

 その書類はそのまま国王の下へ届けられて決裁されるはずだったが、何故かリーニからの書類だと知った王女が介入、『ポルト』という言葉に『リーニ』を追記して父王へと見せた。

 国王は娘の行動を咎めるどころか満足そうに頷き、そのままの名前で王国地図へと記載する。

 世界最大級の商業都市となるポルトリーニは、こうして生まれた。


 なおその後、ウェイランド商会の金庫は増築された。


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― 新着の感想 ―
[一言] もう魔族と繋がってる事がバレたとしても 『うんうん、繋げちゃったのリーニくんだよね♪』 で済んでしまう話ではないかと思うのですが如何に?
[一言] 何時にも増して、『落ち』の切れ味が素晴らしい❗️
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