悪徳の十二 本店移転 前
リーニは悩んでいた。
商会の収支報告書が、どこからどんな角度で見ても大幅な黒字だったからだ。
「おっかしいな。全力で金を使った記憶しかないんだけど」
そう、リーニはあらゆる事業で全力で金を使った。他の商会からは商機を疑われるほどに金を使い続けた。
だが、金庫や銀行に納められている資金は減らない。適当な理由を付けて各所に寄付もした。何故か商会の売上が上積みされた。
ならばと王国政府にも寄付をした。王国は復興のため常に予算不足に陥っており、どう足掻いたところで金が増えるはずもないと踏んだのだ。
「うーん、なんで王領の開発事業がうちに割り振られているんだ? 王都の近場とか、方法さえ間違わなきゃ大儲け確実じゃん……」
王家は復興に伴う開発事業の一環として、王領の再開発を進めていた。これまで戦費に圧迫され、場所によっては貴族領以下と言われる有様だった王領の開発に本腰を入れたのだ。
王領は王国各地に存在し、中にはほとんど価値のない場所もある。
しかし、王家が古くから所有する肥沃な土地も少なくはない。そうした場所には大きな街や村もあり、開発に食い込めれば大きな利益を出すことができた。
その主たる事業者に、ウェイランド商会が選ばれたのだ。申請した覚えもないのに。
「おかしい。なにかがおかしい」
リーニは苦悩する。
この話を知ったとき、他の有力商会からの妨害を覚悟し、それによる損失も仕方がないと内心ほくそ笑んだのだが、いつまで経っても妨害などなく、商会は開発計画の策定を進めている。
王領のことであるため政府側からも色々面倒な話があるだろうと思っていたが、それもほとんどない。王女から貴重な植物の生息地には手を出すなと強い調子の直筆の手紙がきたくらいだ。
「代筆使わないとか、どんだけ俺のこと信用してないんだ、あのお姫様……」
王女にしても、勇者にしても、本来代筆を当たり前のように使うはずのふたりが、何故か自分には直筆の手紙を送ってくる。そのこだわりがどれほどかといえば、公的な招待状すらも直筆だったほどだ。
「そんなに貴重なのか、その草」
リーニには到底理解しがたい感情だが、あとで怒られるのも面倒。結局彼は開発前の事前調査に各方面の専門家も加えることで対応した。
ウェイランド商会の予算でこれまでなおざりだった調査が行われたことは魔法薬学の学会などで大きく取り上げられたが、その分野に詳しくないリーニはまったく知らなかった。
しかし、彼らがウェイランド商会の動きを歓迎し、協力姿勢を示したことは大きな影響があった。
彼らは研究のためにウェイランド商会に支援を求め、リーニはそれに答えて資金援助を開始。ここでなにを思ったのか、まったく異なる分野の研究者にも多くの資金援助を行った。
そして、なぜか収入が増えた。
「もうこれは、根本から見直すしかない……」
リーニは決意した。
「ローガン! へぇい!!」
ウェイランド商会の本店移転。
その報は王国中を駆け巡った。
まだ検討段階ではあるが、可能性は大。王国中の貴族が自分の領地へと移転するよう挨拶に見せかけた嘆願攻勢を仕掛け、王家は王都にある離宮を取り壊して敷地を提供すると言い出した。
これに驚いたのは、リーニ本人だ。
「なんでこんな大騒ぎになってるのん」
「うちの本店が移転した場所は、経済的に大きく発展することになるからでしょう。より正確にいうならば、若のいらっしゃる場所が、ですが」
「俺、単なる魔法剣士よ?」
「若が単なる戦士だとするならば、世の商人の大半はなんになるのでしょうな。ともかく、若はご自分の立場を甘く見過ぎです」
「いや、だって、ねえ?」
リーニには、自分はただ金を使っただけという認識しかなかった。
だからこそ、心機一転、新天地で仕切り直そうなどと簡単に考えたわけだが、そうそう世の中は単純にできていない。
当主交代以来、ひたすらに王国経済を活性化させているウェイランド商会が大きな動きを見せるとなれば、それに引き摺られて様々な事象が動き出すのだ。
「ど、どうするよ」
「若の思うがままになされればよろしいかと」
ローガンは若き主に全幅の信頼を置いていた。
この若者ならば、自分たちをより素晴らしい場所へと連れていってくれるに違いない。
「我ら商会一同、若の行くところ、たとえ地の果てであろうともお供いたします。若ならば、草ひとつない荒野であっても、人々の活気溢れる街を作り上げてくださると信じています」
「――お、おう」
ローガンの目は優しく、慈しみに満ちていた。
この男ならば、たとえリーニがすべてを失ってもついてくるだろう。
(やべえな、早まったゾ)
後悔とは、どうやったところで先には立たないものだった。