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悪徳の十一 不徳


 勇者と魔王。生まれながらの天敵であるこの二者だが、その理由は互いの立場に起因する。

 彼らはお互いの属する種族の最強戦力としての立場があり、二つの種族が敵対を続ける限り天敵であり続ける運命だった。

 しかし、一方が倒れ、戦いが終われば、その敵対関係は解消される――そのはずだった。


 勇者リズフィルドは、公明正大で人心に聡く、誰であっても分け隔てなく接することができる人物だった。

 勇者としての声望を得てもそれは変わらず、相変わらず王国の民のために働き、慕われている。

 そんな勇者に比肩する存在として戦後に大きな存在感を示すようになってきたのが、魔王の娘デディルテだ。

 人類側の反発を考慮して魔王の名を継承することはしていないが、魔族を統べる者として人間やそれ以外の種族に認知されていた。

 こうした立場もあり、ふたりが顔を合わせる機会は少なくなかった。

 方や太陽の如き光の化身。方や深淵の如き闇の末裔。

 ともに見目麗しい女性となれば、当然人々の注目を集める。そして、人々は思うのだ、このふたりはお互いのことをどう認識しているのだろうか、と。


「いや、俺は知らないけどな」

 リーニは訊ねてきた知り合いの新聞記者にそう答えた。

 勇者とも魔王の娘とも知り合いのリーニに訊ねれば、ふたりの関係がどのようなものか分かると考えていたのだろう。

 新聞記者はリーニの答えに愛想笑いのまま硬直し、数秒ほどそのままだった。

 その間、リーニはお茶を飲んで菓子を頬張る。ウェイランド商会の製菓部門が作った試作品で、勇者と魔王の娘がプロデュースするということで非常に注目されていた。

「まあ、こうやって一緒に菓子考えるくらいだから、仲は悪くないんだろうけどな」

「そ、そうですか、一緒にお菓子を……」

 新聞記者は少し安心したようにその情報をメモに書き付ける。

 今回の新聞記者の目的は、人類と魔族の将来に明るい展望を抱けるような話を聞き、それを記事することだった。

 様々な論調はあるものの、今の段階では協調することで戦争の傷を癒やすべきという意見が主流であり、この記者もそれに準じた内容を求めているようだった。

 ただ、リーニには記者の望むような光景を見た記憶も、話を聞いた覚えもなかった。

「あのふたり、仲良いの?」

「え? あの、リーニさんのほうが詳しいのでは?」

「聞いても教えてくれないんだよな。たまに会ってるのは知ってるけど、俺は来るなって言われてるし」

「そうなのですか?」

「まあ、若い娘さんの集まりに参加するほど空気読めないわけじゃないから、呼ばれてもいかないけど」

 なお勇者も魔王の娘も、最初の私的な顔合わせのとき、リーニのことは相手が呼ぶものだと思っていた。

 勇者からすればリーニは魔王の娘のために難しい交渉を取り纏めるほど親しく見えたし、魔王の娘から見れば、互いの命を預けて戦った戦友を無下に扱う訳がないと思っていた。

 しかし、ふたりはどちらもリーニを呼ばなかった。

 何故か。

 恥ずかしかったからだ。

 だから相手が呼ぶことを期待していた。しかし、敢えて口にはしなかった。

 口にしたら、自分が呼んでほしいと思っていると相手にバレてしまうからだ。

 リズフィルドとディルテの間に、決定的な溝が生まれたのはこのときのことだ。

 どんな溝かは敢えて語る必要もないが、以降彼女たちは時間を作っては顔を合わせるようになったものの、頑なにリーニ以外の誰かを招くようになった。

 いつしかふたりの会合は、勇者の仲間たちや魔王の娘の友人など、両陣営でふたりに近しい間柄の年若い娘たちが集まる場となり、独立した一個の社交界として機能するほどになっていた。

 ただし、リーニは呼ばれない。

 リズフィルドとディルテ以外の誰かが呼ぼうとしても、ふたりが全力で阻止するのだ。

「まあ、そういうわけなんで、他のひとにも話を聞いて面白い記事ができたら読ませてください。俺もあのふたりが仲良くやってるかは気になりますんで」

「わかりました。お任せください」

 記者はリーニの態度に好感を抱いたようだった。

 今のリーニは、王国の次代を担う存在と看做されるようになっていた。

 特に新聞記者のような仕事をする者たちの間では、国王がその座をリーニに譲ろうとしているなどという噂もまことしやかに囁かれ始めている。

 リーニは貴族ですらないが、魔王討伐の功績だけでも貴族に列せられるだけの資格がある。

 その上で王国と魔族領の復興に努め、人々からの称賛を受けているのだ。時節さえ誤ることがなければ、王となることも無茶ではない。

 特に魔族との争いを知る人々にとっては、新たな時代を感じさせる指導者は旧時代からの脱却を目に見える形で示してくれる存在だった。

 その候補としてリーニが挙がるのは、至極当然のことだ。

「では、私はこれで失礼します」

「役に立てず申し訳ない。馬車を用意させてあるから、乗っていってくれ」

「重ね重ねありがとうございます」

 記者はウェイランド商会の本店を後にすると、馬車で王都に向かう。

 ウェイランド商会が建設した街道は、夜であっても明かりが絶えることはない。

 物資を積んだ馬車が行き交い、街道警備の兵士の一団が目を光らせる。

 記者はその光景に隔世の感を抱きながら、やがて眠りの魔の手に落ちてしまった。


「おい、早くしろ。非戦闘用の眠りの魔法はあまり保たないぞ」

「――ありました。リーニを取材したメモです」

「内容を確認して、問題があるようなら書き換えろ」

「――――」

「どうだ?」

「特に問題はありません。わたくしとあなたのことは気付いていないようです」

「そうか、ならいい。我々の戦いの決着がつくまで、奴にはなにも知らずにいてもらおう。そうでなければ、余計な心配を掛けてしまうからな」

「ええ、あの方はお優しいですから」

「そのせいで余計な苦労をしている。いっそ悪漢であればよかったものを」

「ある意味では、史上もっとも狡猾な悪人だと思いますわ。わたくしたちにこんな苦労をさせるのですから」

「確かに」


 記者は遠くで聞こえる会話に耳を欹てたものの、内容を聞き取ることはできなかった。

 それは彼にとって幸いだった。万が一にも昨夜の会話を覚えていたならば、この世界でもっとも戦闘能力の高い追っ手に狙われることになっていたのだから。


 数日後のウェイランド商会の朝、リーニは新聞を眺めながら自分の受けた取材の記事を探す。

 そして、見つけ出した記事の、期待外れの結果に落胆した。

「なんも知らないっていったんだからさー、勇者と不仲とか書いてくれていいんだぞー」

 敢えて勇者と魔王の娘との疎遠さをアピールすることで自分の価値を下げようとしたものの、その計画は失敗に終わってしまった。

 記事ではリーニは事業に多忙で勇者や魔王の娘とあまり会えていないことと、そうして自らの時間を削ってでも両陣営の民のために働いていると書かれていた。

 他の取材対象も同じようにリーニを誉めているため、彼の目論見は完全に外れた形となっていた。

「なんでもっとこう、スキャンダルっぽくしてくれないかなー」

 そんなことをすれば、人々に目の敵にされるのは分かりきっているし、そもそも勇者や魔王の娘を敵に回しかねない。

 この世界でリーニ以外の誰が、そんな危険な真似を好きこのんでするというのだろうか

「あー、急に収支悪化しないかなー。責任問題になる程度に」

 魔王を倒すことよりも困難な願いを口にしながら、リーニは仕事を始めるのだった。


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