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教育制度 後


 リーニは企んでいた。

 魔法学園という、巨大な器に思う存分資金を投入しようと企み、その準備も進められていた。

「くっくっくっく、国王のお墨付きがあれば、大抵の無茶は通るだろう。なんか貴族どもが自分たちも金を出すとか言ってきたけど、俺の邪魔をするんじゃねえっての」

 貴族たちからすれば、自分たちにとって都合のいい場所が作り替えられるのは、到底受け入れがたいことだ。

 学園は監視の目が少なく、貴族のみならず彼らの協力者にとっても非常に使い勝手のいい密会場所だった。特に魔王との戦いで王権が弱まるとその傾向は強くなり、魔族との戦争末期ともなると一部の貴族はひとつの独立した勢力のように振る舞っていた。

 戦後になってもそれは変わらないどころか、むしろ強まっていたとさえ言える。戦力や資金の供出をしなくなったぶん余裕が生まれ、権力基盤の強化に投じられる人員や資金が増加していたのだ。

 このままでは、王国内部での内部闘争に発展しかねない。

 だが、王家や王家に近しい貴族が不穏貴族の縄張りに踏み込めば、それだけで争いの火種になりかねない。

 その点、表向きは一介の商人であるリーニならば、権力闘争の大義名分に利用される可能性は低かった。どんな貴族も商人との取引はあり、ウェイランド商会は幅広い分野の同業者を相手に商売をしている。

 さらにいえば、ウェイランド商会は最近になって急激にシェアを拡大した商会であり、貴族たちも扱いに苦慮している面があった。

 対応するべく情報を集めても、ウェイランド商会の動きが早すぎてすぐに古く無価値なものになってしまうのだ。彼らからしてみれば、そんなリーニが自分たちの縄張りに大手を振って入り込んできた状況だ。警戒もするし、少しでも問題が起きればそれを理由に国王への讒訴も躊躇わないだろう。

「まあ、クビになっても金さえ使えれば全然問題なーし! いやぁ、妙なもの寄越してくるあの国王陛下も、たまにはいいものくれるよな! ぶっちゃけ学校とか意味不明だけど!」

 学園理事長室で上機嫌を崩さないリーニ。

 そんな彼に来客があったのは、本来なら学生達が授業を始める頃だった。

「あら、リーニ。ずいぶん楽しそうじゃない」

「ご無沙汰しております。今日も仮面がお似合いですねー」

「あら、嬉しいこといってくれるじゃない」

 事務員に案内されて理事長室に入ってきたのは、道化師の仮面を被った年齢不詳の男だ。

 当然顔は見えず、表情を窺うこともできない。

「教師をしてほしいって聞いてきたけど、本気なのかしら?」

「ええ、この学園のすべてをお任せします」

「――すべて?」

 道化師の男――魔導錬金術師メルキオールがはじめて驚いたような態度を見せる。

「はい、すべてです。資金と物資はこちらが用意しますんで、人事とか教育内容はメルキオール翁におまかせできればと思っています」

「そんな勝手な真似をしていいのかしら? ここ、王立の学園でしょう?」

 王立とは読んで字の如く、王族による運営が行われている組織である。

 この学園も貴族の権力が強くなる前は、王家から派遣された官僚による運営が行われていた。

 しかし戦費の増大で王家にその余裕はなくなり、代わって実質的な運営を担うようになったのが貴族だった。

「大丈夫ですって、その王家からこの学園に関する全権をもらってますから。建前上はなんの問題もありません」

「建前上ね」

「はい、建前上です。ですが、貴族は建前でメシ食ってる連中ですから」

 リーニのその言葉に、メルキオールは低い笑い声を上げた。

「ふふふふ、そうね。あの連中は確かに建前と体面で生きてるわ。こっちが建前を押し通すなら、向こうは下手に動けない」

 メルキオールは一頻り楽しそうに笑うと、壇上の道化師のように芝居がかった動きで頭を垂れた。

「この仕事、受けさせてもらうわ。ちょうど試したかったことがあったの。明日のご飯にも困ってる仲間もたくさんいるし、あなたの厚意に甘えさせてもらうわ」

「厚意だなんてそんな、俺はお願いしてる立場ですよ。メルキオール翁なら、上手くやってくれると信じています」

「信頼には応えるわ。あなた、とても面白いもの。これからもいいお付き合いをお願いしたいわ」

 メルキオールの学園改革が始まった。


「若、貴族からの抗議文が大量に届いていますが」

「国王陛下に転送よろしくー」


「授業をボイコットしてる生徒がいるようです。理事長と交渉させろと」

「退学でよろしくー」


「生徒の護衛として、相当数の兵士が学園内に……」

「暇そうな勇者にご出馬願ってー」


「急激な改革は生徒に悪影響があると、御用学者たちが抗議してまいりました」

「大人と違って子どもはあっという間に大きくなるからね、時間掛けてると卒業しちゃうでしょ。大丈夫、その辺も考えての授業内容になってるから」


 貴族たちはあらゆる手段でリーニの妨害を行った。

 しかし、権力など歯牙にも掛けず、資金力で貴族たちを凌駕し、勇者とその仲間という最強武力を従えるリーニに対抗できるはずもない。

 さらに貴族たちは連携のための話し合いをしなければならず、リーニたちの行動の早さについていくことができなかった。

 やがて貴族たちは内部で争いをはじめ、半年たらずで組織的抵抗ができなくなってしまった。

 さらにこのとき講師として招かれたのは、メルキオールが厳選した当代随一の教育者たちだった。彼らの教えを受けたい者は市井に数多くおり、新たな生徒たちが大挙して入学してきた。

 貴族子弟は生徒の中で少数派となり、彼らもまた力を失っていった。

 実家の権力が通じなくなれば、彼らの力などあってないようなものだ。もともと優秀だった子弟たち以外は、いるのかいないのかさえ分からないほどに存在感を失ってしまう。

 リーニは好き勝手に暴れるメルキオールの後始末をしつつ、金庫から出ていく金に笑いが止まらなかった。


 もっともこの改革は常に大金を投じるような類のものではなく、数ヶ月後にはその金庫は再び埋まり、リーニは慟哭するのだった。


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