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僻地開発


 ウェイランド商会は利益を追求する組織である。

 かつて勇者たちの旅を支援したのも、それによって得られる利益を見込んでのことだった。

「――クソ親父め、兵士相手にも儲けてやがったな」

 ウェイランド商会は勇者たちへの支援を行うという名目で、各国の関税を免除されていた。同時に各国の商会と協力して人類側の兵士に対する様々な物資輸送も請け負っており、前線に商会の輸送隊を送ることも珍しくなかった。

 しかし、これ自体にはなんの問題もない。すべて合法的に行われたことだからだ。

 だが、その輸送隊がそのまま密かに魔族領へと入り、魔族と取引していたという事実は、表沙汰にはできない。

 このときの方法は、至極古典的なものだ。

 輸送隊は夕刻に前線の野営地を出発すると、夜陰に乗じて魔族領へと向かう。このとき魔族側の手引きで人類側の知らない道を通るため、人類側には気付かれない。

 そうして人類側の物資を魔族側に提供し、魔族側の物資を手に入れて戻る。前線においては多少の遅れは日常茶飯事であり、商会の協力者は人類と魔族の双方にいたため、この行為が明るみに出ることはなかった。

「魔族がいないと困る連中とか多すぎだろ……」

 敵対者としての魔族は、人類にとって必要不可欠な存在だ。

 そうでなければ立場を保てない者も少なくない。

「ま、まあ、そういう連中のことは置いておいて、この迂回路は使えるな……」

 にやり、とリーニは笑う。

「前回はまともな街道だから上手くいっちまったが、こんな森やら山やらてんこ盛りの場所なら儲けなんて絶対出ないだろ! よし、今度こそ勝ったっ!!」

 勝利を確信したリーニは、ローガンを呼び付ける。

「ローガン! この辺りの山を買い上げろぉおおおおっ!!」


「いいな! 金に糸目を付けるなよ! 作業員には大目に給料を払って、材料もケチるな」

「それではかなりの経費上乗せになりますが……」

「いいからやれ!」

「はい……」


「若、王国政府から、退役した兵士を作業員として雇ってほしいとの要請が……」

「お、ちょうど良かったな。じゃあ作業員の休みを増やしてやれ! 人手が増えれば可能だろ」

「承知しました」


「時は金なり! 資金はどんどんつぎ込んでも良いから、急いで作れよ! 人手も足りなかったら増やして良いぞ!」

「本当によろしいのですか? 確かに戦争が終わって、手の空いている土木業者は多いですが……」

「おう! どんどん雇え!」


 ウェイランド商会が魔族領と人類領の国境付近の山に道を引いているという話は、多くの人々の世間話の種となった。

 しかし、その大半は軍を辞めた兵士を雇ったことや、材料を決して買い叩こうとしないという商会の姿勢に対する称賛の声が大半で、リーニの思い付きでそんな工事をしているとは誰も思っていなかった。

 もともと併走する街道が存在するのに、わざわざ山の中に別の道を作る。それも辺境の山中には相応しくないような、基礎からしっかり組み上げた石畳の道である。人々はなにか特別な理由があるのだろうと勝手に思い込み、その理由を予想し合っていた。

 そして、数ヶ月の時間が経過し、リーニの元にとある報せが届く。


「街道の橋が落ちたぁっ!?」

「はい。魔族領への街道が寸断されています。戦争中に簡易的な補修しかしていなかったせいで、最近増えた交通量に耐えられなかったのだろうと」

「そうか、うちにも影響はあるのか?」

「いえ、若の指示で作っていた例の街道が、すでに一部を残して開通しているので、大きな影響はありません。ただ、あれは商会の私道ですから、他の民は困るでしょう」

「うーん、別に他の連中に使わせても構わないけど、工事中の道は危ないしなぁ」

 リーニは難しい顔をして天井を見上げる。

 そんなリーニに、ローガンは申し訳なさそうに告げた。

「実はその件で、王国と魔族領双方の役人が来ております」


「この金額で、道を買い取りたい……?」

 リーニはふたりの役人を前に、呆然としていた。

 王国と魔族領の役人は示し合わせていたのではないかと思えるほど、ぴったりとした動きで同時に頷いた。

「リーニ様におかれましては、こちらの申し出に不満もおありでしょう。しかし、今我々が提示できる金額はこれが精一杯でして……」

 王国側の役人が、弱り切った様子で訴える。

 それに対し、リーニは大きく頷いた。

「いえいえ、なら無償で譲渡を……」

「それはできません」

「へっ?」

 魔族の役人がリーニの提案を否定する。

 このまま無償で道を譲渡すれば、建設に掛かった費用は丸々損となる。

 リーニとしては願ったり叶ったりだった。

「もしも無償での譲渡となると、リーニ様の出身国ということで王国側に所有権が移る可能性があります。両国が等しく権利を保有するとしても、リーニ様個人から譲渡されたとするか、王国から譲渡されたとするかでまた別の話し合いが必要となるでしょう」

「そうして時間が経てば、民たちの生活への影響が大きくなります。ですので、然るべき金額でそれぞれの政府にお売り頂くというのが一番早く、確実なのです」

 リーニは知らなかったが、このとき両国が提案した金額は相場よりもかなり高かった。

 それは両国の体面が大きく影響した結果だ。

 双方ともに、相手よりも銅貨一枚分でも高く道を買うことを目論見、自然と提示金額は上がっていった。

 やがて話し合いの長期化を嫌った双方の王族の介入で両国同額での購入が決定され、リーニに提示されたのだった。

 その王族については、敢えて触れない。

「お願いします、リーニ様!」

「ここで頷いて頂かなくては、我らは……」

 役人たちの顔が真っ青になっているのを見て、リーニは現地の人々が置かれた状況がそれほど悪いのだと勘違いした。

 役人たちは自分たちの上にいる存在がひたすら恐ろしかっただけだ。

「――ま、まあ、人助けは大切ですよね。そちらの金額でお譲りしましょう。あ、ついでに山とかも……」

「道だけで結構です!!」

 ふたりの役人が唱和し、リーニは驚いてソファごとひっくり返った。


「おかしい。結局儲かってるぞ?」

「ほぼ経費と同額が支払われた上、街道周辺の土地は別荘地として整備され始めましたからね」

「え? そうなの?」

「周辺の土地の開発は、若が命じられたと記憶していますが……」

「え? あ、そうだったそうだった!」

 山の開発でも金を融かそうとしたのだ。

 ただ、その内容については丸投げだったため、まさか別荘地として開発されているとは知らなかった。

「戦争がなければ風光明媚な景勝地ですので、売れ行きは上々です。人類、魔族問わずに次々と別荘の建設が行われているとのことです。作業員たちもそちらに移っています」

「そ、そうかぁ」

「その作業員たちですが、若に深く感謝しているそうですよ。先のことも見えぬ中で雇ってもらい、お陰で家族を養えたと」

「そうかあ、それはよかったなぁ」

「今度、彼らに会ってみるのも良いかもしれませんね」

「そうだねー」

 リーニは考えるのをやめた。


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