92:弟の成長は、涙しちゃうよなって話
ザイードは湿地帯へと、兵を引き連れていったため、村にいない。
そこで俺たちは、情報収集とマイナを預けるため、ジャビール先生の屋敷へと向かったのだが、そこで、先生と言い合っている偉丈夫と出会うのだった。
お話中のようだが、こちらも緊急性が高いので、申し訳ないと思いつつ声をかける。
「ジャビール先生? クラフトですが……お忙しいですか?」
先生がこちらに振り向くより先に、偉丈夫の口が開く。
「なんだ? 要件次第で忙しくも暇にもなるぞ?」
「いや、あんたには聞いてないから」
先生に呼びかけたのに、答えたのは船長服っぽい服装をした、赤毛の偉丈夫である。
いや、お前誰だよ。
振り返った先生が、俺とカイルに気がつき、表情を明るくする。
「おお。クラフト……それにカイル様まで! ようこそいらっしゃったのじゃ!」
ジャビール先生が、逃げるようにこちらに走ってくる。そんなに慌てるとコケますよ。
あ、転んだ。
俺が慌てて駆け寄ろうとするが、それより早く赤毛の偉丈夫が、ひょいと先生を抱え起こす。
「わはは! 貴様は相変わらずドジだな!」
「う! うるさいのじゃ!」
腹を抱えて笑う偉丈夫と、顔を真っ赤にして怒る先生。
うん。なんか気に食わん。
ジャビール先生は埃を払ってから、カイルの正面に立ち、優雅に礼をする。
「お久しぶりなのじゃ、カイル様」
「はい。お久しぶりです。クラフトさんを通じて、色々とお話を聞いております。お元気そうで安心しました」
「こちらこそ、カイル様のご病気一つ治せぬ、非才の身なれど、ここに完治お祝い申しますのじゃ」
「とんでもありません。ジャビールさんの尽力がなければ、僕はとっくに天へと召されていたでしょう。改めてお礼申し上げます」
「もったいないお言葉なのじゃ……」
おお!
なんという美しい光景!
ペルシアがいたら号泣してたかもしれん!
「ほう、お前がカイルか……でかくなったな」
その感動的な光景に、割り込む不粋があったよ!
おっさん! あんただ!
しかもカイルに対して馴れ馴れしい!
「あの……申し訳ありません。面識がありましたでしょうか?」
おっさんがカイルの頭に手を伸ばした瞬間、抜き身の刀身がそれを遮った。
「貴様! 何者だ……なに!?」
瞬速で剣を抜いたのは、もちろんアルファードである。俺にはまるで見えなかったけどな!
カイルとおっさんの間に、割って立ち、切っ先をおっさんに向けた。
向けたはずだった。
「え?」
「へ?」
そこにいるはずのおっさんの姿が消えていたのだ。
瞬動とかいうレベルじゃない。マジで、存在ごと消えた。
いや、正確にはそう見えていた。
「あ」
「わははは! でかくなったな!」
「バカな!?」
おっさんは、カイルの背後にいつの間にか回り込んでいて、彼の頭をぐじゃぐしゃと乱暴になで回していたのだ。
俺だけでなく、アルファードも、ジタローも、リーファンも、戦慄に身を震わせる。
レイドックを討伐隊の本隊に置いてきたのは失敗だった!
このおっさん、間違いなくレイドックレベルだぞ!?
下手すりゃそれ以上だ!
この場にいる、カイルの関係者全員が、同時に武器を抜き放った。
「貴様! カイル様から離れろ!」
「てめぇ! 俺のカイルから手を離さないと、溶かし尽くすぞ!」
「だめ……二人の距離が近すぎる……!」
緊張が怒濤のごとく走る中、当のおっさんだけがのんびりだった。
「あー、なんもしないっての。久しぶりなんで懐かしくてな」
「あの……僕の事を知ってるんですか?」
知り合い……?
「おう。お前がちんまいときだから、覚えちゃいないだろうがな。ジャビール! なんとかしろ!」
ザンバラ赤毛のおっさんが、困った様子で頭の後ろを掻きながら、ジャビールに助けを求める。
「あー! まったく! まったくもうなのじゃ! カイル様! クラフト! それに護衛たちよ! この方は安全なのじゃ! 武器を納めるのじゃ!」
尊敬する先生の言葉だが、さすがにそれは……。
「先生、こいつ、何者なんですか?」
「あー、このお方はのう……」
言いよどむ先生の言葉を遮って、おっさんが吠えた。
「俺の名前はヴァン! 冒険者のヴァン・ヴァインだ!」
冒険者?
実力的にも、見た目にも、納得のいく答えではある。
あるのだが……。
「冒険者……ですか?」
「おう! そうだ!」
でも、胡散臭ぇえええええええ!
カイルも困惑顔だ。
「あの、冒険者の方が、僕を知っているのですか?」
すると赤毛のおっさんは、不敵な笑みを浮かべる。
「おう! オルトロス辺境伯の護衛をしてやったこともあるぞ! ……うん、そうだ。今はジャビールの護衛をやってる。そうだな!? ジャビール!」
「う……うむ。そ、そうなのじゃ」
なんか先生がすっごい表情を歪めているー!
それ、絶対思いつきだろ!
「あの、先生。困ってるなら、全力でこのおっさんを排除しますが?」
一人じゃ無理だが、アルファードもリーファンもジタローもいるのだ。力を合わせればなんとかなるだろう。
「排除!? い! いかん! 絶対手を出してはならんのじゃ、クラフト!」
「へ? 先生がそれでいいなら……」
「うむ! よいか!? カイル様も絶対に攻撃を命令してはならんからの!?」
「は、はい」
敵意は感じないけど、本当に大丈夫なのか?
でも、先生がここまで必死だからなぁ。
アルファードの表情も渋い。
「ジャビール殿。本当に、その御仁は安全なのだろうか?」
「うむ。それは保証するのじゃ」
なんか事情がありそうだから、これ以上ツッコむのはやめておこう。
「カイル。それでいいのか?」
「そ、そうですね。大丈夫そうですし……」
さっきからこのおっさん、ずっとカイルの頭をわしゃわしゃしてるからな。
敵意があるなら、とっくに殺してるだろう。
「それで、お前たちは兵を引き連れているようだが、とうとうザイードを討伐しに来たのか?」
「違いますよ!?」
めずらしくカイルが慌てている。
さっきからおっさんに、ずっとペースを握られっぱなしだ。
「僕たちは、湿地帯の魔物を殲滅するために来たのです。それでザイードお兄様へ確認しにきたのですが、その、湿地帯に向かったと聞きまして」
やっと本題に戻ったな!
すると、ジャビール先生は眉をしかめ、赤毛の偉丈夫は不敵な笑みを見せる。
「うむ。正直、なかなか戻らんので心配しておった所なのじゃ」
「あの、ザイードお兄様の戦力は……大丈夫なのでしょうか?」
先生が平らな胸の前で腕を組む。
「正直……厳しいじゃろうな」
「やはり……! クラフト兄様! 全戦力で救出に向かいます!」
俺は頷こうとしたが、それよりはやく、ヴァンが面白そうに口を挟む。
「救出? 放っておけばいいだろう? カイル、貴様にとってザイードは邪魔なだけだろう? 辺境伯の後継順位も上がるだろうに」
こいつ……。
見た目や実力から冒険者なのは間違いなさそうだが、元貴族とか言われても不思議じゃないな。事情に詳しすぎる。
「ヴァンさん。誤解があるようなので、断言しておきます。僕は父上……辺境伯のあとを継ぐ気はありません。父上からも、あとを継ぐのはフラッテンお兄様か、ザイードお兄様だとはっきりと伝えられています。ですので地位を目当てに家族を見捨てるようなことはありません」
毅然たる態度で明言するカイル。
ああ、お前はそういうやつだよな。ペルシアがいたら号泣しそうなほど立派な態度だぞ!
すると、ヴァンのおっさんが、激しく笑い出した。
このやろう。ぶん殴るぞ。
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