90:子供の気持ちは、叶えてあげたいって話
湿地討伐隊の準備が佳境になった頃の話だ。
俺とリーファンは色々と一緒に行動することが多くなっている。
生産ギルドを二人で出るとき、新人職員のプラム・フルティアがわざとらしく半目を向けてくる。
えっと、なに?
「いえ、今日もお二人は仲がいいんですねーと」
「喧嘩してるよりいいだろ?」
一方的に正座させられる事は多いが、喧嘩じゃないぞ。
「いえいえ。末永くお幸せに」
「……なんか、こう、引っかかる言い方だなぁ」
「プラムちゃん! 違うんだからね!?」
「はいはい。カイル様が待ってるんですよね? はやく行ってくださいな」
「もう! もう!」
二人の会話はよくわからんが、違うらしい。
……なにが?
謎の会話は疑問に思ったが、それよりも、報告事項を確認しながらリーファンと歩く。
そのまま恒例になっている、カイル邸に二人で報告にやってきたのだが……。
マイナがリーファンを押していた。
何を言っているのかわからないと思うが、両手でうんうんと一生懸命押しているのだ。
「あ、あの、マイナ様?」
リーファンが定位置の椅子。俺のとなりに腰掛けようとしたときのことだ。マイナがリーファンをぐいぐいと押して、俺から一つ離れた席へと移動させたのだ。
マイナの力でリーファンを押すことは無理だが、リーファンは押されるままに移動する。
「マイナ様? 私はここに座ればいいのですか?」
「……ん」
マイナは満足げに頷くと、俺の膝へとよじ登ってくる。
むふーと鼻息を吐いて、とても満足げだ。
別の日、カイルの用事が長引き、リーファンと待っていたのだが、そのときもマイナがやってくる。
それ自体は珍しい話ではないが、この日もリーファンは別の席へと押しやられたのだった。
同じ資料を見てたので、となりの方が楽だったのだが……。
また別の日。
カイルを筆頭に視察に出たときの事だ。
馬を並べてのんびり移動する、安らぎタイムである。
俺はマイナを馬の前に乗せ、カイルと雑談。そのときはマイナも楽しそうだった。
しかし、カイルがペルシアとの雑談に移り、俺も雑談相手をリーファンに変えてから、途端にマイナの機嫌が悪くなったのだ。
「マイナ。尻でも痛いのか?」
「……!!」
ぺちっとほっぺをはたかれた。
「わー。クラフト君サイテー」
「俺は心配しただけだよ! 尻を!」
今度はリーファンから、脳天にチョップを食らった。
いてぇ!? めっちゃいてぇ!
こんな感じで、マイナの行動が最近読めないのだ。
そして極めつけは……。
「……ん!」
早朝、マイナが俺の足にがっしりとしがみついていた。
今日は湿地討伐隊の出立日当日である。
「えっと、マイナ? これから俺たちは出発するんだが……」
「……んん!」
ペルシアも困り顔だ。無理矢理引き剥がすのは簡単だが、できるはずもない。
そこにカイルもやってくる。
「マイナ?」
「……」
カイルは全力でしがみついているマイナと、俺の顔を交互に見やる。
しばらく無言だったが、何かを決心したようだ。
「マイナ。付いてきたいんだね?」
「……ん」
おいおい、そりゃ無茶だろう。
ヒュドラから二人の身を守るくらい、今の俺たちなら楽勝だが、それでもやっぱり何が起こるかわからないのが辺境だ。
あまり連れて行きたくはない。
「マイナ……うん、そうだよね」
カイルが優しくつぶやく。
なにが「そう」なんだ?
「……クラフト兄様。マイナの足手まといは重々承知で、あえてお願いします。ザイード村までで良いので、妹を一緒に連れて行ってください」
「え?」
ちょっと予想外のお願いだった。
「ザイード村についたらどうするんだ?」
「ザイードお兄様のお屋敷に預けます。マイナもそれでいいね?」
「あの村までの移動なら、俺たちだけじゃなくレイドックやエヴァたちも一緒だから、安全は保証されてるようなもんだが、ザイードにマイナを預けるのか?」
「クラフトお兄様がザイードお兄様を信用していないことは理解していますが、さすがにマイナは大丈夫です」
「本当か?」
するとアルファードとペルシアも苦笑気味に断言する。
「ザイード様はあれで案外、マイナ様には甘い。マイナ様が頑なにカイル様についていくとだだをこねたときも、ザイード様はマイナだけは預かろうとおっしゃったのだ」
アルファードの言葉にペルシアも続くが、その表情は苦虫をかみつぶしたかのようだった。
「もっともそれを知ったマイナ様が、むしろ何が何でもカイル様についていくと強情を張って、私が護衛になることでカイル様と一緒に来ることになったのだがな」
ああ、うん。そりゃそんな表情にもなるわな。
「そして、今のマイナ様の態度は、あのときとそっくりで……つまり、テコでも動かん」
だからカイルは妥協案を出したのか。
カイルはさらに続ける。
「どちらにせよ、兄妹揃ってザイード兄様に挨拶に行くにはいい時期でしょう。湿地帯開墾に対する誠意と本気度も伝わります」
それは確かに。
俺はしがみついているマイナに顔を向ける。
「マイナ。そんなに一緒に来たいのか?」
「……ん」
俺は数秒考えて続ける。
「それじゃだめだ。着いてきたいなら、言葉にするんだ」
無口なマイナが、ここで意思を見せるなら……。
「……に」
に?
「クラフト……兄様と……一緒に……いたい」
おおう。
予想以上に長文だった。
こんな長い言葉を聞いたのは初めてか?
俺は両手をあげて降参した。
彼女の決意は本物だからだ。
きっと、ザイードの所にいくカイルから離れたくないのだろう。
「わかった。俺が守ってやる。約束だ」
するとマイナはゆっくりと足から離れ、立ち上がる。
軽くドレスの埃を落としてから、俺のマントをちょんと摘まんだ。
「ん」
マイナは顔を落としていたので、彼女の表情はわからなかった。
あ、そうか。絶対ザイードに預けなくても、ジャビール先生に頼めばいいんじゃいか?
お忙しいと思うけど、現地に着いたら先にお願いしてみよう。うん。
こんな事情で、道中ザイード村まで、マイナも同行することになった。
……。
まさかこの決定が、あんな事態を引き起こすとは思わずに……。
◆
俺の駆る農耕馬、ブラックドラゴン号に、マイナも乗っている。
マイナはご機嫌であった。
キレイな鼻歌がうっすらと馬上に流れる。
……楽器は壊滅的なのに、メロディーは取れるのか。
しかし、相変わらずマイナとは会話にならない。
いつも通訳してくれるペルシアはいないし、カイルも今は離れた場所で隊列を組んでいる。
うん。馬の扱いも良くなってるな。
さて、せっかくだから、マイナとも会話を試みてみるか……。
もちろん普段から、マイナは俺の話を聞いているし、冒険譚を何度も語らせるわけだが、会話のキャッチボールは成り立っていない。
なにか話題になりそうなものはないかなっと。
そうだ。
俺は腰にぶら下げている、ちょっと不気味な人形を手に取る。
「マイナにもらったこの人形、大切にしてるぞ」
鼻歌がピタリと止まる。
マイナがぐるりと身体の向きを変え、こちらを凝視するように見上げてきた。
(じー)
……うん。マイナさん。見つめるだけじゃなくて、言葉も添えて。
「あー、えーと。この人形を持ってたからな。辺境調査の旅のあいだ、さみしくなかったぞ。ありがとうな」
「……(じー)」
なんかしゃべってマイナ!
俺が困り果てていると、ぼそりと、かすかにマイナの声が届いた。
「……大事?」
おお! 朝のお願い以外で、久々にマイナの単語を聞いたぞ!
次は文節にチャレンジだな!
冗談はさておき、ちゃんと返そう。
「おう。大事だぞ!」
「……ん」
マイナが満足そうに頷き、再び前方に向き直った。
え、会話終わり?
再び彼女の鼻歌が聞こえてきたので、まあいいか。
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