87:想定外は、しょうがないって話
第四章開始
そこは辺境、凶悪な魔物が闊歩する、絶望の地。
……のはずなのだが、巨大で広大な城壁に守られたその街は、とても先進的に発展していた。
その手伝いが出来たことは、俺の何よりの自慢である。
ちょうどリザードマン村を救出し、彼らを連れて、話合いが終わった頃の話をしよう。
ようはザイード村に湿地討伐隊が出発するより前の話だな。
では諸君。物語を楽しんでくれたまえ。
なんてな。
◆
その日、俺はいつも通り、メイドのリュウコに見送られ、生産ギルドへと出勤した。
「うーん。何度見ても立派だよなぁ」
生産ギルドは、うぬぼれでなければ俺とリーファンがいることで、カイルからかなりひいきされてると思う。
立地から建物まで、全てが超一流だ。
現在は王国各地の生産ギルドから、応援要員がやってきて、順調に営業出来ている。
ギルドに入ると、カウンターの女の子が声をかけてきた。
「おはようございますクラフトさん」
「よう。ゴールデンドーンは慣れた?」
「はい! ここまでの道のりは、凶悪な魔物の住む地区を横断するとのことで、ずっと震えながら馬車に乗っていましたが、到着したらそこは黄金郷だった気分ですよ!」
新入りのギルド員が笑顔で答えてくれる。そう思ってくれたのなら本望だ。
「ご飯は美味しいし、与えられた部屋は一人部屋だし、お給金は高いし、スタミナポーションも支給してもらえますし、もう実家に帰りたくないです!」
「ははは、ならよかった」
彼女に引きずられるように俺も笑顔を浮かべながら、職員しか立ち入れない地下室へと足を運ぶ。
錬金強化岩で分厚く塗り固められた、巨大な地下室。
廊下を進み、丈夫な扉を開くと、そこには巨大な製鉄炉やフイゴが設置された部屋だ。
製鉄炉から、真っ赤に輝く熱風が吹き出している。
もちろん空調関係は完璧に設計済みだ。
炉の準備をしていたリーファンが、俺に気付いてぱっと振り返る。
「クラフト君遅いよ! 準備完了だよ!」
「おう! 早いな!」
リーファンが今か今かと、待っていたらしく、跳ねるように寄ってきた。
「当然だよ! いよいよオリハルコンが出来るんだからね!?」
「ああ、ここまで本当に大変だった……」
俺とリーファンが全力で取り組んでいるオリハルコン作りだが、紋章のささやきにより、ミスリルとアダマンタイトの合金である事が判明した。
そしてその二つを加工するための製鉄炉の性能がまったく足りておらず、今日まで新たな製鉄炉作りに奔走していたのだ。
そしてとうとう、前人未踏の巨大製鉄炉が完成したのが昨日の事だ。
なぜ昨日作業を始めなかったかは、一日かけて炉の温度を上げる作業が必要だったらしい。
よく見るとリーファンの目の下には薄いクマがあった。
スタミナポーションは飲んでいるはずだが、睡眠を消し去る効果はないからな。
「大丈夫かリーファン?」
「当たり前だよ! むしろ興奮して寝れないもん!」
リーファンは少し血管の浮いた瞳を、ギラギラと輝かせる。
ちょっとだけ怖い。
「落ち着け、製鉄炉もインゴットも逃げない!」
「温度は逃げるよ!」
え? そういうものなの?
なら、すぐに作業を始めた方がよさそうだな。
「じゃあはじめるか。用意する物は……」
「全部準備完了してるよ! あとはクラフト君の準備だけだよ!」
やたらハイテンションなリーファン。
なるほど、合金に必要な錬金薬各種も全て彼女の横に並べられていた。
「俺はどこに立てばいい?」
「この台を挟んで私の反対側に。溶けた金属を引っ張り出したときに、魔法を使ってもらうんだけど、この距離でもかなり熱いから気をつけてね」
「ああ……まだはじめてもいないのに熱いからな。神官ほど効力はないけど〝耐熱付与〟しとこう」
黄昏の錬金術師の紋章といえども、魔術師系、錬金魔法系以外の魔法は威力がかなり制限される。
それでも補助魔法が使えるだけ凄いんだけどな。
オリハルコン精製に必要なのは、高性能の炉、鍛冶師の腕、いくつもの特製錬金薬、それともちろんミスリルとアダマンタイト。
そしてもう一つ、大事なものが必要だ。
それが……。
「まさか二つの金属を混ぜ合わせるときに、錬金魔法をつかわなきゃいけないとはな……」
「うん。今まで誰も作れなかったはずだよ」
リーファンより腕の良い鍛冶師は何人も存在する。もちろん名匠とよばれるような人たちだが。
おそらく彼らのうち何人かは、オリハルコンに触れ、その加工法を知っただろう。
だが、精製は?
それは恐らく無理だったのだ。
なんといっても、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコン全てを知った黄昏の錬金術師の紋章でもない限り、その囁きを聞くことはないのだから。
俺はそっと左手の紋章を撫でる。
紋章の囁きに従って、これだけの準備を整えることができた。だから、これからやることにも迷いはない。
「よしリーファン! 始めてくれ!」
「うん! いくよ!」
ミスリルとアダマンタイトという魔法金属と、特殊な錬金薬が混ぜられ、炉に放り込まれると、炉心から強烈な光が発せられた。
「……うん……うん。ゆっくり……混ざってる!」
「おお!」
炉から伸びる溝に、とろりと熱せられた緋色の金属が流れ出してきた。
これが……。
「これが、オリハルコン」
「違うよクラフト君。今から、君がオリハルコンに錬金するんだよ!」
ゆっくりと溶けた金属が溜まっていく様子に、俺はごくりとツバを飲み込んだ。
耐熱レンガで組まれた容器に、ゆっくりと溜まっていく緋色の金属。
その容器には、あらかじめ必要な錬金魔法陣がみっちりとかき込まれている。
俺は錬金魔法をいつでも発動出来る体勢で、リーファンの合図を待つ。
ジリジリと流れる時間。
まだか? まだなのか?
「……クラフト君、今!」
「よし! 〝錬金術:オリハルコン合成〟!!!」
複雑怪奇な魔法陣が浮かび上がり、容器を包み込む。
発動するだけでも一苦労な魔術式が輝いて踊る。
ずわりと、身体中の魔力が一気に引っこ抜かれた。
まずい!
俺は左手は魔法陣にかざしたまま、慌てて試験管型ポーション瓶を引っこ抜き、慌ててマナポーションを飲み干す。
七割がたの魔力が回復した感触があるのに、その膨大な魔力も、あっというまに紋章から流れ出る。
立て続けに十本のマナポーションをあおりながら、無理矢理魔法を維持してやった。
どうだこのやろう!
大量の魔力を吸った魔法陣が、とうとう完全に発動し、地下室全体を光に包んだ。
「きゃ!」
「まぶしっ!?」
強烈な魔力発光に目がくらむ。ようやく視界が戻ると、そこには……。
「……」
「……」
インゴット型の耐熱レンガの容器が壊れていた。
「……」
「……」
そしてなぜか……。
「ねえクラフト君?」
「……あー、はい」
「私、聞いてないんだけど?」
そこには、十個のオリハルコン・インゴットが並んでいた。
うんまあ、減るよりいいよね?
「そういう問題じゃないからね!?」
俺は久々にリーファンのツッコミを堪能するのだった。
……さて、これだけのオリハルコンか。
ふふふ。
やってみたかった全てが出来そうだな!
「話聞いてる!? クラフト君!」
作りたい物に思案を巡らしていたので聞いてませんでしたぁ!
「クラフト君! 正座!」
「はい!」
俺は元気よく正座したが、頭の中は作りたい物の予定表作りでいっぱいである。
「これは……ダメそう」
なぜかリーファンが深いため息を吐いたのだった。
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