70:パーティーは、連携が大事って話
三体のオーガが短時間の攻防で、地面に転がる。
俺から見ていても、キャスパー三姉妹の連携は完璧だろう。これなら手を出す必要も無さそうだと、わずかに気を抜いてしまった瞬間だった。
「あっ!?」
次の魔法を放とうとしていたエヴァが突然バランスを崩した。
「ごがああああああ!!」
身体に致命傷を受けて地面に転がっていたオーガが、エヴァの足を掴んだのだ。
「エヴァ!」
マリリンが思わず叫ぶも、すでに無事だったオーガがエヴァに駆け寄り、棍棒を振り下ろすところだった。
やべぇ! 魔法じゃ間に合わねぇ!
巨大な棍棒が、エヴァの頭に大きな影を落とすほど迫っていた。姉妹の全員が、ザクロのように砕ける想像をしてしまったことだろう。
だが、俺と違って、一瞬すら気を抜かなかった、俺たちの頼れる仲間がいる。
「”旋風鳳斬”!」
蒼い稲妻が走ったと錯覚した。
「”神速反斬”!! オマケだ”真空飛翔斬”!!」
稲妻の正体は、もちろんレイドックである。
目に物とまらぬ速度で、エヴァに棍棒を振り下ろしていたオーガを粉みじんにしたかと思ったら、次の瞬間には足を掴んでいたオーガが真っ二つになっていた。
ついでとばかりに、カミーユが対峙していたオーガも瞬殺する。
死なずに転がっていた二体は、いつの間にやらジタローとソラルに弓でとどめを刺されていた。
へたり込んでいたエヴァが、ゆっくりと顔を上げると、ちょうど逆光で蒼く輝くレイドックが爽やかな笑みを浮かべて立っていた。
「大丈夫か?」
レイドックが優しく手を差し伸べ、それをそっとつかみ返すと、ぐっと身体を引き起こされる。
その反動で、エヴァがレイドックに抱きついてしまった。
「あ……」
「おっと悪い。ちょっと強かったか」
「いえ……大丈夫です」
エヴァはいつの間にやら潤んだ瞳でレイドックをじっと見つめ、その手はちゃっかりキザ野郎の胸にそっと当てられていた。
「ちょ! ちょっと! もう大丈夫でしょ!? ほら! 私が変わるから!」
「ああ、頼んだソラル。俺は魔石を回収してくる」
ソラルが慌てて飛び出して、熱に浮かされたエヴァをレイドックから引き離した。
「そりゃないっすよ……そりゃないっすよレイドックさん……」
「お前はカミーユ狙いじゃなかったのか」
「それはそれっすよ! あああ……英雄譚の主人公っすか! 羨ましいっす!」
「あー」
なるほど、ジタローの言うとおり、レイドックの野郎、ちょっと吟遊詩人の歌うサーガの主人公みたいだな。
ちくしょう、もげろ!
エヴァもエヴァでチョロインかよ!
さっきまでのシリアスはどこへやら、上の空のエヴァをレイドックから引き剥がすソラルに苦笑しか出ない。
「ねぇねぇクラフト君。これは面白くなってきたよ! 三角!」
なぜか妙に嬉しそうに手で三角を形作るリーファンに、再び苦笑するしか無かった。
うん。
早く進もうぜ!
◆
「レイドック様。そろそろ野営の準備をしなくていいのですか?」
エヴァがいつの間にやらレイドックに様付けするようになり、ソラルが鬼の形相を浮かべていたのだが、エヴァ本人はそれに気付かないくらい、レイドックに釘付けになっていた。
「ん? そうだな……少し早いが初日だしな。ジタロー。広い場所があったら教えてくれ」
「了解でさぁ! さあさあカミーユさん! 一緒に探しに行きやしょうぜ!」
カミーユは特に嫌がる様子も無くジタローについていく。
これは少しは脈が……わからん。
二人はすぐに小さな池に面したひらけた場所を見つけてきてくれた。
「クラフト、頼む」
「おうよ」
俺は空間収納から、巨大な荷物を二つ取り出した。
「ふぁっ!?」
「凄いですー」
それを見て、エヴァとマリリンが驚愕の声を上げた。その気持ちはわかる。
俺が取り出したのは、馬車の荷車を改造した、簡易コテージだったのだから。
「な、なんですかこれ!?」
「これはリーファンに荷車を改造してもらった、小型の移動宿泊施設だ」
「えっへん! 凄いでしょ!」
「え、ええ凄いです」
「まぁ、荷車にベッドを固定しただけなんだが、屋根もあるし便利だろ? 女性と男性にわけよう」
「む……無茶苦茶ですね」
呆れ顔のエヴァを横目に、俺たちはさくさくと簡易カマドを設置していった。どれも空間収納から取り出すだけなので、楽ちんだ。もちろん薪も水も調理器具も材料も全て揃っている。
リーファンがセッティングを終えて、顔を上げた。
「みんな、何が食べたい?」
「肉がいいっす! 肉!」
「ジタローさんは狩人なんだから、肉は飽きてるんじゃ無い?」
「そんな事はないっす! 肉は正義っす!」
「そっか、じゃあ鶏もものディアボラ風ピリ辛クルミソースがけにでもしようか?」
「いいっすね! よろしくお願いするっす!」
リーファンの飯は美味いからな。なんでも歓迎だ。
「でぃ……でぃあぼらふう、くるみそーすがけ……野営で……」
なんかエヴァが固まっていたが、毎日乾し肉ばっかり囓ってたら飽きるだろ?
「さすがにダンジョンなんかだと、無理だからな。外で食べられるときはいつもこうしてるんだ」
「そ……そうですか。……クラフトさんが凄いのか、ゴールデンドーンの冒険者が凄いのか判別つかないですね……」
ゴールデンドーンの冒険者は、みんな努力家だからな!
みんな凄いのだ。
俺が褒められているみたいで気分が良くなる。うんうん。エヴァはいい娘だな! 年上だけど!
なぜかマイナの人形に引っ張られた気がした。
こんな感じで数日が過ぎていくのであった。
◆
「それは、ダウジングですか?」
「うんそうだよ! クラフト君が作ってくれたんだ! エヴァさんよく知ってるね」
ほとんど人が足を踏み入れていないほど森の奥に進むと、リーファンが鉱石を探すために、ダウジングティアドロップを取り出した。
希少金属全般を探しているため、明確なイメージがないことから、精度は低くなるのだが、大まかな方向くらいはわかるらしい。
「専門では無いので、聞いたことがあるだけです。リーファンさんは何でも出来るんですね」
「えへへ」
子供のように照れるリーファン。年齢相応に見える不思議。
しばらくぐるぐると歩き回って、進む方向が決まった。
「微弱だけど、希少金属の反応があるみたい。鉱脈かアイテムかまではわからないけど」
「どっちにしても調査する理由には充分だろう」
レイドックは迷わずに方針を決める。
森の中とは思えない速度で進む。道中で魔物にも遭遇したが、エヴァがレイドックの指示を素直に聞いてくれるため、連携も問題無く、さくさくと倒していく。
俺とリーファンで魔物の種類をメモしたり、ソラルがむくれるなどしたが、特に問題無くばく進するのであった。
そうして、俺たちはそれを発見したのである。
「これは……」
レイドックがそれを遠巻きに確認する。
「ああ。間違い無いだろう。ダンジョンだ。わずかだが魔力の歪みを感じる。恐らく異空間になってるな」
「ふむ」
アゴに手を当て考え込むレイドック。
大きくわけて、二種類のダンジョンが存在する。一つは自然の洞窟や廃墟に魔物が住み着いたりしたもの。
もう一つが、中が異空間化してしまったものだ。
「リーファン」
「うん。ダウジングの反応はやっぱりこのダンジョンみたい」
「なるほど。鉱脈じゃなくて、アイテムの方だったか」
「どうするレイドック?」
「カンでもかまわない。クラフト、このダンジョンは大規模なものだと思うか?」
「……いや。恐らくだが、そこまで大規模な物ではないと思う。エヴァとバーダックはどう思う?」
バーダックはレイドックパーティーの魔術師だ。紋章は無いが聞いておいた方がいいだろう。
「すまぬ。わからん。だが、凶悪な感じはしない……と思う」
「そうですね。危険度まではわかりませんが、魔力の感じからは良く見つかるタイプだと思います」
エヴァの言う「良く見つかるタイプ」とは、古代の魔法文明に残されたものだ。
複数の階層に分かれていて、各階層をつなぐ部屋には必ずそれなりのボスが配置され、一番奥の部屋に大ボスがいる。
そしてほとんどの場合、その奥には宝が安置されているのだ。
なんでこんなダンジョンが必要なのかわからないが、とにかく大陸中で沢山見つかる。
有力な説では、昔の金庫的なものだったのではないかと言われているが、費用対効果を考えると、いまいち納得いかないものらしい。
だが、俺たち冒険者……いや違う。レイドックなど冒険者にとって、細かい事はどうでもいいのだ。中に魔物がいて、宝がある。その事実が重要なのだから。
「よし、今日は野営して、朝一から潜ろう」
ダンジョンは危険である。
だから初めて発見されたダンジョンの場合、冒険者ギルドに報告して、報酬をもらうことが一般的になっている。
「レイドック。俺は構わんが、バックアップ無しで潜るのか?」
「こんな奥地のダンジョンだぞ。結局俺たちのパーティーに依頼がくるだけだ」
「それもそうだな」
ゴールデンドーン冒険者ギルド最強のBランク冒険者なのだ。結局調査依頼を受けるのはレイドックたちになるだろう。
「他のパーティーと来るくらいなら、クラフトやリーファン、キャスパーたちが一緒にいてくれたほうがよっぽど間違いないだろ」
「はい! 頑張ります! レイドック様!」
「ちょっと! エヴァさん! 張り切るのはいいけど、くっつく必要は無いでしょ!?」
「いいえ! 私の気合いを知ってもらうには最適な……」
「いいから離れなさーい!」
「羨ましいっす! 羨ましいっす!」
「お前ら……」
ダンジョン前で大騒ぎを始める俺たち。
「三角!」
楽しそうだな、リーファン。
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