38:折角だから、度肝を抜いてやろうぜって話
新生ゴールデンドーン村が建築されたのは、リーファンが選別した、大河のほとりであった。
ドラゴンと決戦した周辺は穀倉地帯にするとのことだ。
岩のゴロつく土地をわざわざ農地にするというのだ、理由があるのだろう。リーファンが決めたのなら任せておけばよい。あとで理由だけ聞いておこう。
一先ず小麦の畑が作られることになったのだが、そこにはシェルターを点在させる予定である。
数日分の食糧が治められた、分厚い石の小屋で、ドラゴンが相手でもなければ、閉じこもってられるはずだ。
村とは一時間ほどの距離なので、異常があったら、冒険者がすっ飛んでくるのだ。
「いやあ、助かったよアキンドー」
「いえいえ、こちらも久しぶりの大商いで奮い立っておりますよ」
百人単位の大キャラバンを率いてきたのは、初期から村に出入りしていた商人の一人でアキンドーだ。
他の商人と比べると、目先の利益に惑わされず、長期視点を持った優秀な商人だ。
彼が運んできたのは、大量の火山灰と石灰だった。
「しかし、こんな物をどうするのですか? いえ、お代をいただけるのなら、己の魂すら天秤に載せる卑しい商人なので、誠心誠意取引させてもらいますが」
「ああ、別にそんな珍しい話じゃ無い。特殊な石材を作るのに必要なんだよ」
「火山灰と石灰で……石材ですか?」
「ああ、それに錬金術で作った薬剤、それに細かめの砂利、水を混ぜるとな、もったりした液状になるんだが、これが固まると、継ぎ目の無い岩のように硬くなるんだ」
「それは凄い! しかし、硬く継ぎ目が無いと言っても、どのくらいの強さでしょう? 実際の石には敵いませんよね?」
「いや、むしろ岩並みだぞ。ほら、そこにテストがてら作成した、シェルターがあるから、好きに試して見ろよ」
「良いんですか?」
「強度の実験用に作った奴だから、ハンマーとかで殴りまくってるから今さらだ」
「なるほど」
アキンドーが護衛に頼んで、シェルターを武器や魔法で攻撃する。
「これは……想像以上に丈夫ですね」
「だろ? ただ、大量の火山灰と石灰が必要なのがネックでな」
「それにしても、まだまだ必要なのですよね? 一体何を作るんです?」
「世界最大の城塞都市」
「……ほう」
「驚かないんだな?」
「今さらですからね。それで、今後も取引をお任せいただけるので?」
「ああ。その代わり、とにかく完成まではこの話は可能な限り内密で、値段が跳ね上がる前に、かき集めてくれ」
「もちろんですとも。都市が完成したのちは?」
「ああ、ジャビール先生に相談しなきゃだが、薬剤のレシピと共に、公表するつもりだ。まぁ辺境伯の所で止められる可能性もあるんだけどな」
「恐らく、そうなるでしょうな」
「そしたらアキンドーは美味しくないか?」
「いえいえ。たしかに一般家屋にまでこの工法が広がれば、先行で素材をおさえている私はウハウハでしょうが、貴族のこれからの消費だけで、充分濡れ手に粟という物ですよ」
「ならいいんだ。とにかく、大量に必要だからな。頼むぞ」
「お任せください。元々火山から無限に降り注ぐ厄介物ですからね。いくらでもお持ちいたしますとも」
カイルの立てた城塞建築計画では、完成予定が二〇年先になっていた。それじゃあ面白くないと、ジャビール先生の本をひっくり返し、紋章の新たなる囁きを生み出し、ようやく辿り着いたのが”錬金硬化岩”という特別な技術だった。
この錬金硬化岩。
先ほどの説明通り、作りたてはどろっとしているのだが、時間を掛けて固めると、岩盤並みに硬くなるのだ。
しかも、ほぼ真っ白で、非常に高級感がある。
実験を繰り返した結果、王都の城壁より強度があると、リーファンが調べてくれた。
本当にリーファンは優秀だ。
お間抜けが目立つことが多い彼女だが、実際には彼女がいなければ開拓村は回らないほど有能である。生産ギルド長として、経済にも詳しく、オールマイティーに村の発展に貢献してきた。
俺の漠然としたアイディアも、このように彼女の協力が無ければ、実現しないことがほとんどだ。
今回も、巨大城壁を作るのであれば、金属の筋を中に通しておけば、大幅に強度が増すことを発見してくれた。
この工法が広がったら、マウガリア王国の防衛力は三段階くらい上がるだろう。
さらに並行して、大河を渡す、巨大橋が作れないか検証している。
この”鉄筋錬金硬化岩”技術があれば、人類の夢である、大河大橋の建築が可能になるかも知れない。
現在、橋が完成する可能性を前提に、城塞都市の建築が進んでいた。
今までの城壁建築と違って、遠い石切場から、巨大な切り出し岩を大量に馬車で運んでくるという手間が無くなり、普通の城塞建築と比べたら圧倒的に安価で施工期間も比べものにならないほど短くなる。
火山灰の入手と運搬にやや金がかかるが、メリットの方がはるかに大きいのだ。
そもそも、火山灰は一定地域に絶え間なく降り注ぐ厄介物扱いなのだ。値段も安い。経費のほとんどは運搬費用だ。
錬金硬化岩の何が優秀かと言えば、流し込む木枠を作っておけば好きな形に固められるのだ、岩をパズルのように隙間無く組み合わせる職人も必要がない。
まぁ代わりにリーファンと俺が専門家みたいになってるが……。
ゴールデンドーン村に永住する予定でやって来た職人連中には、錬金による薬剤の材料以外、作成方法から運用方法まで、全てを開示しているので、近いうちに錬金硬化岩の専門家は増えるだろう。楽しみだ。
錬金硬化岩で作っている物で便利なものと言えば、他に倉庫と木材乾燥室だ。
倉庫はそのままだが、巨大な物が簡単に作れる上に丈夫。住民にも喜ばれている。
もう一つの木材乾燥室というのは、見た目は倉庫なのだが、その中にはびっしりと木材が詰め込まれている。
錬金術で作り出した、水分を蒸発させる煙で燻しているのだ。
本来数ヶ月かかる木材の乾燥が、一週間くらいで終わる。
錬金硬化岩と木材のおかげで、ゴールデンドーン村……いや、ゴールデンドーン城塞都市は凄まじい勢いで発展を遂げていったのだ。
◆
「えっと……こんなに立派な教会……本当に良いのでしょうか?」
「もちろんでさぁ!」
「おいこらジタロー。なんでお前が答えるんだよ」
「あ、いえ、つい」
「まぁいいけどよ。この都市は見ての通り、超巨大になる予定だ。だから、このくらいの教会は必要なんだよ」
「わ……私につとまるでしょうか?」
「そこは頑張ってくれ」
「俺が手伝いますぜ!」
「ありがとうございます、ジタローさん」
「ふぉうあー!」
いや、意味わかんねぇ叫びはやめろ。あとな、アズールは神官……結婚とかあんまり考えてないと思うぞ? わからんけど。
「クラフト兄ちゃん!」
「よう、エド」
わんぱく大将の狼少年エドが元気よくやってきた。
「魔法教えてくれよ!」
「勉強は?」
「それは……」
「最近、エド達はかなり勉強を頑張っていますよ」
「へえ?」
「だろ!? だろ!?」
「あくまで、今までと比べたらですからね?」
「あうう……」
「ふーむ。よし、週に一度、少し基礎でもやってみるか」
「やったぜ!」
「クラフト君? 良いんですか?」
「ああ、どのみち教えてやろうとは思ってたからな」
「なら良いのですけれど……」
「夕方から夕飯までの間にやるから、全員連れてこいよ?」
「わかったよ! 兄ちゃん!」
元気なのは良いことだね。
いっそ、マナポーションがぶ飲みさせて、超絶スパルタでもやってみるか。
この時、悪戯込みで考えたこの方式だったのだが、俺は結びついていなかったのだ。スタミナポーションを常用した村人がどうなったかを……。




