36:新たな旅立ちは、気分良くって話
その日の夜。
辺境伯邸に戻って、カイルに相談すると、教会と孤児院建設の件を快諾してくれた。
ルインセント教はここマウガリア王国の国教であり、この国においてほぼ唯一の宗教である。
当然、国との繋がりは強い。
「教会の誘致は、いずれ絶対に必要でしたから、全く問題ありません。それにクラフト兄様の知り合いが神官として派遣されるのであれば、心強いですね」
「悪いが、アズールの推薦状を書いてくれ。現時点では見習いらしいからな。獣人だが、カイルは差別しないよな?」
「僕は療養ということで、ガンダールから離れた地域で暮らしていましたから。亞人に対して忌避感はありませんよ」
「なら良かった」
「折角なので、孤児院も教会も、大きなものを作ってしまいましょう」
「そうだな」
「あ、クラフト兄様。父上が、褒美に何が欲しいか聞いていましたよ」
「褒美? ザイードを殴らせろとか?」
「兄様……」
「冗談だ。そうだな、ドラゴンの素材を少しでももらえたらありがたい」
「わかりました。伝えておきますね」
こんな感じで、誘致と推薦状をしたためてもらい、次の朝、ペルシアと一緒に孤児院へと戻った。
「ひぇ!? カイル様からの推薦状と誘致願い!?」
まず、孤児院を直接経営する、教会へと向かい、一番偉い枢機卿とかいう役職の人に会わせてもらう。
さすがベイルロード辺境伯が治めるガンダールの教会だ。とてもデカくて立派な建物だった。
「ええ。カイル……様からの直接の書状になります。ぜひアズールを神官として派遣いただきたいのです」
「わかりました。今すぐ手続きをいたしましょう!」
「ありがとうございます」
随分とすんなり話が通ったな。少しは揉めると思ったのだが。
「教会は、亞人も人間と同じだとずっと主張しておりました。ですが、人間社会に根付く亞人差別は根強く……、今回の件、こちらにとっても渡りに船なのです」
「ああ、なるほど。辺境伯肝いりって事になりますもんね」
「ええ!」
こうしてあっさり、アズールは亞人初のルインセント教神官となった。
そのまま、枢機卿と一緒に、孤児院へと向かう。
「え!? 私が神官に!?」
「はい。今まで良く頑張ってきたのは、教区長からも聞いておりますよ」
「あ、ありがとうございます! これからも教会の為にこの身を尽くしたいと思います!」
「はい。よろしくお願いします」
一通り、儀式が終わると、孤児の四人が目を輝かせてやってきた。
「すげー! アズ姉ぇすっげええええええ!」
「おめでとう! アズ姉ぇ!」
「ありがとう、みんな!」
「クラフト兄ちゃんありがとうな!」
「お兄ちゃん凄いんだね!」
子供達がきゃいきゃいと、俺とアズールの足下を走り回っていた。
「じゃあ、数日中に迎えにくるから、準備をしておいてくれ」
「はい!」
「またな! 兄ちゃん!」
「おう、アズールを手伝ってやれよ」
こんな感じで、俺はミッションを無事に終えた。
◆
それから、数日が過ぎた。
久しぶりに街を堪能したり、素材を購入したり、ペルシアとデートしたり(嘘だが)、アズールの荷造りを手伝ったり、忙しくも充実した日々だった。
カイルは新しい開拓村の手続きに追われているようで、夜に少し話す程度だが、精力的に活動しているようだった。
「うー、眠い」
「大丈夫? クラフト君」
「ああ、ジャビール先生の本を徹夜で読んでただけだ。仮眠はとったから、スタミナポーションを飲めば問題無い」
「ならいいんだけど」
一口だけポーションを飲むと、スッキリと頭が冴えるが、流石のスタミナポーションも、睡眠不足が続けば、効かなくなってくるので気をつけないとな。
先生の本が素晴らしくて、何度も読み返してしまったのだ。
「さて、いよいよガンダールともお別れだな」
「うん。準備はほとんど終わってるよ。後はクラフト君が荷物を収納するだけだよ」
「そうか。アズール達は?」
「もう庭で待ってるよ」
「わかった」
ベイルロード辺境伯に挨拶を申し込んであったのだが、忙しいということで会えなかった。むしろ、当事者の一人とは言え、直接面会出来たこと自体が異例なのだ。
外に出ると、木箱に詰められた荷物が山積みになっていた。
孤児院の子供達とアズールが、身体を寄せて固まっていた。
「よう、来たな」
「は、はい。でも本当にここに入って良かったのでしょうか?」
「別に屋敷の中に入ったわけでも無いし、ちゃんと門番も通してくれただろ?」
「そ、それは枢機卿猊下が一緒に来てくださったので」
「ああ、あの偉い坊さんも来てくれたんだな」
「クラフト君、言い方……」
「わりぃ、悪意があったわけじゃないんだ」
教会経営の孤児院で暮らしていたが、正直教会組織の事はよくわからん。基本、育ててくれた神官の顔くらいしか覚えてない。
同じ環境だったのに、アズールは良く神官になれたものだ。
「なに、辺境伯も出てこないらしいから、気楽に行こうぜ」
「出来ませんよ……」
「兄ちゃん……すげぇな」
「お前達でも緊張するんだな」
「み! 見くびるなよ! アズ姉ぇに恥をかかせるような事はしない!」
「なるほど。立派だ」
「ふふん。そうだろう!」
うん、子供なんだから、この程度の気遣いが出来れば十分だ。
俺が木箱をひょいひょいと空間収納していくと、子供達が目を輝かせた。
「すっげー!!!!! なぁ兄ちゃん! 俺にも魔法教えてくれよ!」
「私も!」
「僕も!」
「そうだな……、ちゃんと読み書き計算出来るようになったら、それもいいな」
魔法に適性があるかどうかはわからないが、この年齢から魔法を習えば、紋章が刻めなくとも、基本的な魔法くらい使えるようになるかもしれない。
「やった! 約束だかんな!」
「お前も約束守れよ」
「ああ!」
「調子いい返事をしてるけど、エドはもっと頑張らないと、まだかけ算出来ないでしょ?」
「うへぇ……」
どのみち、魔法に読み書き計算は必須だからな。俺を育ててくれた神官は、とても厳しい人で、きっちりと仕込まれたからな。もっとも今では感謝している。
「なぁなぁ! それより兄ちゃんがあのドラゴンを倒したんだよな!?」
「一人じゃねーよ。沢山の冒険者と、ペルシアと一緒に倒したんだ」
ドラゴンの首は一般公開が終わり、今は庭の端に移動させられている(もちろん俺が移動させた)。端と言っても元が巨大なので、正門と屋敷を結ぶ空間が空いただけで、圧迫感は凄いのだが。
昨夜から解体が始まったらしく、何十人もの職人が丁寧に素材をはぎ取っていた。
初めはこのまま王都へ持って行く案もあったらしいのだが、運ぶ方法が思いつかず解体することになったらしい。
「すっげー! 俺も魔法覚えたら、ドラゴン倒せるかな?」
「一人じゃ無理だが、お前が仲間を沢山作れたら、倒せると思うぞ」
「マジか! よーし! 俺冒険者になる! みんなもなろうぜ!」
孤児のリーダー格であるエドが他の孤児に熱く語る。ちなみにカイは狼の獣人だ。ただ、かなり人間よりで、犬歯と耳以外はほとんど人間だ。これはアズールを含め、孤児全員同じ特徴である。
「僕はイヤだよ……あんな恐ろしいドラゴンと戦うなんて……ううう」
「カイは本当に臆病だな!」
「エドが無鉄砲なだけよ」
「私はやってもいいかなー。楽しそー」
「ワミカ……」
楽しそうで何より。
準備は終わり、カイルを待つ間、子供達にペルシアの武勇伝を聞かせてやる。
「ってわけでな、魔法を妨害していた角を叩き切ったわけだよ」
「すげー! ペルシア姉ちゃんすげー!」
「ううう……私もやっぱり冒険者目指そうかな」
「サイカちゃん、ペルシアさんは騎士だよ」
「あ、そうか」
ま、現在の所属は違うんだけどな。夢を壊すことも無い。
なんであれ、立派に育ってくれれば良い。
子供達がドラゴンの首を解体している現場を見学に移動したタイミングで、ジタローがそそっとやって来た。
「クラフトさん、あのべっぴん神官さんは誰ですかい!?」
「ん? 開拓村に誘致した、教会の神官で、建設予定の孤児院の院長でもあるアズールだ」
「じゃあ、一緒に暮らすことになるんでさ!?」
「ああ、子供達と一緒に守ってやってくれ」
「もちろんでさ! お任せくだせぇ! アズールさーん! このジタローが村までずっと護衛いたしやすぜー!」
ずだだだだと、アズールに走り寄るジタロー。
うん、まぁ、頑張れ。
「お待たせしました、クラフト兄様」
「おう」
(みんな! カイル様に失礼の無いように気をつけてね!)
(ああ!)
急に借りてきた猫みたいな態度に変わる子供達。
「それでは行きましょう!」
「「「おう!!!」」」
外で待っていた冒険者達と合流し、一路開拓地へと歩みを進めた。
もちろん。
全員がスタミナポーションで、尋常で無い日程で帰り着いたことは言うまでも無い。
◆
それから、二週間ほどが過ぎた頃だった。
「これはどういう事だ!?」
開拓村に到着したザイードと、その兵士三〇〇名は困惑していた。
短期間で建設されたとは思えない規模に発達した村は、たった一人の人間を除いて、誰もいなくなっていたのだ。
「お待ちしておりました、ザイード様」
「お前は?」
「私はこの村の冒険者ギルド長です。正確には支部長ですが」
「細かい事はいい! どうして……どうして村に誰も残っていないのだ!?」
「それは、皆がカイル様に付いて行きましたので」
「なんだとぅ!? まさかカイルの奴、私が渡した触れを開示しなかったのか!?」
「それはもしかして、村に残った者には一年間、毎月金貨五枚を支給するというものでしょうか?」
「知っているのか!?」
「もちろんです。カイル様は口頭だけで無く、あそこに立て札も出して周知しておりましたので」
「毎月金貨五枚だぞ!? 貧乏人の月給と変わらぬだろう!? それを一年だぞ!?」
「そうですね」
自ら進んで貧乏くじを引いた、冒険者ギルド支部長は、同意するように頷く。
だが、内心では「カイル様の統治する村では、収入以上に幸せな暮らしが出来ているのだから当然でしょう」と呟いていた。
「ぐっ……ぬっ! ま、まぁいい! 人はまた募集すればいいのだ! それで! この村の資材はちゃんと残されているのだろうな!?」
「はい。カイル様に依頼され、私が管理しております。こちらが村の倉庫です」
「……ほう! これはミスリル鉱石! 樽で五樽とは凄いではないか!」
「こちらが、スタミナポーションです」
「これも樽で一〇樽か。しかしポーションが樽詰めされているというのは、落ち着かんな」
「まったく劣化しませんもので」
「らしいな。しかもひと匙で効果があるとか。こっちのはヒールポーションが一樽か? こっちはキュアポーションか。これも一樽。うむ。当面兵士用として使えるな」
きっと、使ったらその効果に仰天するのだろうなぁと、ギルド支部長は無表情の下でほくそ笑んだ。
「ミスリルもポーションも一樽を残して、後は売り払え! その金で開拓希望者を集めるのだ!」
「はっ!」
ザイードの部下が返答する。
それを見て、ギルド長は内心ため息を吐いた。
(スタミナポーションを使わずに売り払うとは……この村の先も見えたな)
苦労人、冒険者ギルド支部長はやれやれと、肩をすくめるのだった。
ザイード「ぐぬぬ……」




