264:感動の再会なんて、そんなもんだよなって話
ユグドラシル=ソーマ。
世界の法則を捻じ曲げ、死者すら復活させる奇跡の薬。
その薬を錬金するために、一度自宅に戻ってきている。物が物なので、生産ギルドの錬金部屋は避けた。
手伝ってくれていたリーファンが、ジト目をこちらに向けてくる。
「ねぇ、クラフト君」
「わかってる。なにも言うな」
俺たちの前に積み上がるポーション瓶。
うん。
一〇〇瓶を超えるユグドラシル=ソーマはやりすぎたと思う。でも、ソーマにしか使えない中間薬とかあってさ。全部使い切らないともったいないじゃん?
聖女の涙がめっちゃ強力じゃん?
でも、事あるごとにマイナを泣かせるとか嫌じゃん?
「まぁ、ヴァンがなんとかしてくれるだろ」
「あとで叱られると思うんだよ」
「俺もそう思う。とりあえず、俺とリーファンだけの秘密な」
正確には、ヴァンとカイルとジャビール先生には伝えるが、現時点では二人だけの秘密である。
素材にマイナの涙が必要なので、レシピはおろか存在すら秘匿しなければならない。変なやつに知られたら、マイナを泣かすやつが出てくるとも限らないからな。
世間にはカイルは病気と言ってあるしな。
もちろん、信頼できる仲間や、すでに知っている人間は除外する。
とりあえず、ヴァンに薬が完成したことを通信の魔導具で連絡すると、すぐに関係者全員を集めて、王城に来いと指示が帰ってきた。
邪神すら封印する魔法を、マリリンがカイルに使って、氷漬けとなったカイルは王城の一室に保管してあるからな。
まだこっちに残ってるレイドックたちに、キャスパー三姉妹。マイナやジャビール先生。他にも事情を知ってるミズホ組なんかもすぐに集まってくる。リザードマンの二人も飛んできてくれた。
ジタローは言うまでもない。ハブると拗ねるからな。
全員が揃ったのを確認して、秘密の転移門を使って王城に。
到着すると真っ先にヴァンが出迎えてくれる。
「遅かったな!」
「お前は王様の自覚がないのかよ」
アポなしで即会える立場じゃないだろ!
ヴァンの横にいたザイードも額を押さえる。
「そこの錬金術師に言われるのは業腹な部分もありますが、お立場というものをもう少し考慮していただきたいものです」
ザイードの言葉に、マイナが睨みつけるが、ヴァンは難しい顔をしているザードにニヤリと笑う。
「なんだ、貴様は可愛い弟に少しでも早く目覚めて欲しいとずっと零していたではないか」
「そっ、それは!」
二人のやり取りに、全員が思わずほっこりしてしまう。
マイナも目を丸くするが、クスリと小さく笑みを零した。
昔のザイードの印象が強かったが、今は優秀な文官の印象が強くなってきた。呪いが解けたあとは、兄妹を大事にするお兄ちゃんだからな。マイナとの関係も徐々に良くなっていくだろう。
兄妹といえば、カイルの父親でガンダール辺境伯のオルトロスと、マイナと腹違いの姉である黒バラ姫レイラと、カイルのもう一人の兄、フラッテンもいた。
そりゃ、心配だよな。
そういえば、オルトロス父ちゃんは王命で若い嫁を娶らされるって言ってたがどうなったんだろう。いや、今考えることじゃないか。
ヴァンに急かされたので、ぞろぞろとカイルが保管されている部屋に行く。
薄暗い部屋の中央に、氷漬けとなったカイルがいた。
待たせたな。今、起こしてやるからな。
俺がユグドラシル=ソーマを取り出すと、ジャビール先生と魔術師の里のリリリリーと、宮廷錬金術師筆頭バティスタ爺さんが興味深げに覗き込んできた。
あとでじっくり見せますから、今はどいて!
なかば押しのけるように三人をどかす。
ソーマを取り出して、マリリンに頷くと、彼女はゆっくりと封印魔法を解除していく。
強力な封印なのだろう、かなりの時間をかけて、ようやく氷が溶け始めた。
全員が息を呑んで見守るなか、とうとう、全ての封印が解かれる。
アルファードがカイルを抱え、俺の前に立つ。
「頼む」
俺は頷くと、ゆっくりと、ユグドラシル=ソーマを振りかけた。カイルの全身が一度淡く輝くが、なにも起きない。
全員がただじっと、無言で見つめる。内心では「起きろ!」と何度も叫んでいたが、きっと全員同じようなものだろう。
数秒だったのか、数時間だったのか、無限とも思える静寂の時間が、とうとう終わる。
「ぅん……」
カイルの口がピクリと動いたあと、ゆるゆると瞳が開かれていった。
「……あれ? ここは――」
「兄様!」
真っ先に飛びついたのは、もちろんマイナだ。
「マイナ? えっと、僕はたしか戦場で?」
「「カイル!」」
次に飛び出したのはフラッテンとザイード。
「良かった! 良かった!」
「ふ、ふん。心配などしておらんかったが、まぁ、目覚めて良かったな」
フラッテンは素直に喜び、ザイードはハスに構えるが、抱きついて涙を流してたら意味がないだろう。
「カイル。良くぞ目覚めた」
カイルの父親、オルトロスが近づき、カイルの頭に大きな手を乗せる。
「ち、父上」
カイルは状況が飲み込めないのか、目を丸くしてオルトロスを見返している。
次に近づいたのは腹違いの姉レイラ。
「カイル……」
「レイラお姉様?」
レイラは母親のベラが恐ろしく、一緒になってカイルに敵対しているような態度を取っていたが、実はずっと兄妹を思う良い姉であった。
そのレイラがようやくといった風に、そっとカイルを抱きしめる。
ああ。
この家族は大丈夫だ。カイルを中心に新たな絆で結ばれるだろう。
そこに大声を上げて突っ込んで来たのは、護衛のペルシアだった。
「カイル様ぁ! カイル様ぁ! し、心配しておりました! よ……よくぞお目覚めになってくださいましたぁあああぁぁぁぁ!」
号泣しながらペルシアもカイルに抱きつく。
すると、もともとカイルを抱えていたアルファードも、その手に力が入る。
「今回は、少々お寝坊でしたね。カイル様」
涙しながらも笑みを浮かべるアルファードたちの顔を見て、カイルは状況を理解したようだ。
「はい。おはようございます。皆様」
その言葉に、それまで家族の邪魔をしないよう、我慢していたまわりの全員が「わあああ!」と声を上げ、カイルたちを取り囲むように歓喜の言葉を紡いでいく。
俺も、そろそろいいかな。
俺だってカイルに抱きつき、喜び、号泣したいのを我慢していたのだ。なんてったってカイルの兄ちゃんなんだからな!
カイルを取り囲む人垣を蹴散らそうとしたとき、怒りの怒鳴り声が響き渡る。
「ええい貴様ら! まずはカイル様の診察が先なのじゃ! 全員離れるのじゃあああああ!」
それはジャビール先生の怒声であった。
馬鹿騒ぎがピタリと止まり、ささっと散っていく。
唯一カイルを抱えていたアルファードだけが残り、ジャビール先生の指示で別の部屋へと移動してしまった。
俺は広げた両腕で、手をわきわきと動かしたまま立ちすくむ。
「あれ? 感動の再会は?」
呆ける俺の肩に、ジタローがぽんと手をおいた。
「うちらギャグ要員なんて、こんなもんっすよ」
「ぶっ飛ばすぞ、このヤロー」
こうして、カイルは生き返ったのである。
なんか少しだけ、釈然としなかったが。
次回、最終回




