261:友情があれば、成功を信じられるよなって話
ニーズヘッグを、トリモチで満たした巨大な箱に突っ込ませようとするが、直前でヘビトカゲ野郎は角度を変える。
このままだと、大箱だけが巨体を掠め、破壊されるだけだ。
変更した角度は一度とか二度だが、ニーズヘッグのスピードと距離から換算すると、その程度の進路変更で十分なのだろう。
思考加速してなかったら、どれも一瞬で過ぎ去る刹那の時間だ。
最悪を阻止すべく、レイドック、ペルシア、ノブナ、チヨメが飛び出す。
おいおい! その勢いでお前ら避けられるのか!?
真横に避けるだけでも難しいのに、正対って!
いや、信じろ。あいつらならやる!
最初に突っ込んだのはペルシア。
「私の突撃を止められると思うな! ”乾坤突破”!」
騎乗したまま突進し、敵とすれ違いざま槍で攻撃する技のようだ。馬上試合でランスを持った二人の騎士がすれ違いながら攻撃するあれ。
だけれど、あの角度ですれ違えるのか?
敵がわずかにでも角度を内側に向ければ……あ!
そう。ペルシアの突撃に、ニーズヘッグは突進する角度をわずかに、それこそ0.1度にも満たないような微小な進路変更をしたのだ。
ニーズヘッグにとってはそれで十分。ペルシアは巨体を擦られ、それだけでランスごと片腕が吹っ飛んだ。
「ペルシア!」
だが、ペルシアは残った逆の腕で、ニーズヘッグを殴りつける。
「無手剣技! ”豪腕豪打”!」
剣技を無手で使えた驚きより、放った技の衝撃波でニーズヘッグから距離を取っていたことに安堵する。
テバサキも巻き込まれ大怪我だったが、ペルシアがヒールポーションを取り出したのを確認したので、俺は無理矢理意識から外した。生きていればなんとでもなる!
ペルシアのおかげで、ニーズヘッグの進路がわずかに俺に向いた。
同時に残りの三人。レイドック、ノブナ、チヨメが飛ぶ。
チヨメとノブナが真正面に、レイドックはやや外側。
ミズホ二人組は高く飛んだが、それでもニーズヘッグの頭部あたりまで。あのままだと突進に巻き込まれる!
「ミズホ武士の意地を見せるのよ!」
「了解ナリ。撃滅クナイ!」
「片目をもらうよの! 無限雪月花!」
二人同時の凄まじい攻撃が、ニーズヘッグの片目を吹き飛ばした。
しかし、その代償は大きい。
二人はニーズヘッグの頭を掠め、その背中を転がるように、身体を打ち付けられた。何度も何度も。
ふたりとも全身血だらけで、羽の付根あたりで背中から吹き飛ばされ、地面にさらに叩きつけられる。
ピクリとも動いていない。
くそ! 生きててくれよ!
マリリンから回復魔法が飛んでいるはずだ。それを信じるしかない。
だが、二人はニーズヘッグから大事なものを奪ったのだ。それは距離感。片目になったことで、ヘビトカゲは距離感を掴めなくなったのである。
そこに。
「仲間の思いを乗せ、すべてを砕け! 岩砕鳳凰爪撃!」
レイドックは身体を捻りながら、とてつもない威力の剣技を繰り出した。
ニーズヘッグの顔に、今までで一番大きなダメージが入る。もし、そのままレイドックが同じ場所に攻撃を続けることができれば倒せると思わせるほどだ。しかし、高速移動するヘビトカゲ野郎の顔と、レイドックの位置は一瞬にして離れてしまう。
ノブナたちのように、レイドックも引っかかって大ダメージを負うかと思ったが、ギリギリで身を捻りながら、どうにか爆走から逃れていたが、追撃するほどの余裕はなかった。
だが、確かにレイドックの攻撃で変わったのだ、ペルシアによってわずかに変わった進行角度に合わせて、ニーズヘッグの進行方向が。
そしてとうとう、ニーズヘッグは俺に向かって真っ直ぐ直線となった。
横にいるエヴァが声を漏らす。
「うひっ!」
そりゃ怖いわな。俺もチビリそうなほど怖い。だが、仲間の献身を無駄にはしない!
「大丈夫。お姉は私が守る」
「頼んだぜ」
ニーズヘッグは怒り狂い、手近の……俺たちを噛み砕くことに決めたようだ。残った瞳が完全に俺を睨んでいる。
もはやヘビトカゲ野郎は進路を変えられない。
「今だ!」
俺の叫びと同時に、カミーユがエヴァを抱えて横っ飛び。
そして、俺の背後にいた天狗がヤツデの団扇を振りかぶり、振り下ろした。
「ごわっ!」
身体がばらばらになりそうな衝撃を背中に受け、吹き飛ばされる。これはまごうことなき攻撃なのだ。
まるで巨大な手で、雑巾のように絞り上げられているような激痛の中、吹き飛ばされつつもどうにか視線をヘビトカゲ野郎に向ける。
ジャストミート!
ニーズヘッグはトリモチ入りの巨大立方体のど真ん中に激突。
そのタイミングで、思考加速の効果が切れ、俺は濁流に翻弄される枯れ葉のごとく回転しながら、地面に叩きつけられたようだ。
一瞬意識を失いかけたが、ペルシアたちに比べれば大した怪我じゃない。そう自分に言い聞かせつつ、自らにヒールポーションをぶっかけ、どうにか動けるようにする。
ニーズヘッグはあの勢いのまま突っ走ったので、台地の端まで行っている。
俺は仲間の様子を確認。
進路上から外れていたマリリンとリーファンにジタローとソラルは無事。
エヴァとカミーユもどうにか避けきったようだ。擦り傷や打ち身くらいはしてるだろうが、すでに癒えているようなので問題なし。
一方、ペルシアは利き腕をランスごと失っていた。テバサキも片羽根を失う大怪我である。どちらもかろうじて傷は塞がっているが、戦闘は不可能。
生きてさえいてくれればいい。あとで陛下であらせられるヴァンの野郎を脅してでもエリクサーを分捕ればいいだけだからな。
ノブナとチヨメの怪我も酷い。ニーズヘッグの背中を何度もバウンドするように叩きつけられたのだ、普通の人間なら身体が削り取られて欠片も残らなかっただろうが、さすが上位のミズホ武士である。全身ボロボロではあるが、かろうじて生き残っていた。
しかし、見た目の怪我も酷いが、おそらく内蔵の損傷も激しい。マリリンが駆け寄って治療魔法をかけ続けているが、起き上がることも難しそうだ。
現在、マリリンを中心に、ノブナ、チヨメ、ペルシア、テバサキ、リーファン、ジタローが集まっている。リーファンとジタローがペルシアとテバサキを運んだようだ。とりあえずだが、一安心。
さて、肝心のニーズヘッグはどうなった?
台地の端でUターンしているヘビトカゲ野郎を、”遠見”の魔法で確認する。
トリモチは顔面から翼の付根あたりまでベッタリと引っ付いている。残念ながら飲み込んで喉のつまらせ窒息には至らなかったようだ。少しだけ期待してたんだけどな。
だが、予定通り翼あたりまでトリモチが覆っているにもかかわらず、小さな翼はさして動きを鈍らせることもなく羽ばたいていた。
思ってたより、翼の筋力が高い!
トリモチの粘度では、翼の動きを封じるに至らなかったようだ。
これだけの犠牲を払ってなお!
俺は奥歯を噛みしめる。
考えろ!
俺は元魔術師で、錬金術師だろうが!
……そう、俺は錬金術師なんだ。錬金魔法を使えばいい。
俺が思考している間に、レイドック、エヴァ、カミーユ、ソラルが集まっていた。
レイドックが俺を視線を向ける。
「これからどうする?」
「敵の攻撃をやり過ごしつつ、今度こそあいつの動きを止める」
「なにか思いついたな。だが、動けないやつが多すぎる。どうやってやり過ごすつもりだ?」
「一回だけ、避けるだけなら方法がある」
「そんなのがあるなら、さっきやれば良かっただろ!」
「トリモチぶつけるのに適してなかったんだよ!」
「そ、そうか。とにかく一度、やり過ごすんだな?」
「ああ。……エヴァ」
俺が呼ぶと、こちらにエヴァが顔を向ける。
「はい」
「お前はあっちのグループと一緒にまとまってくれ。それでニーズヘッグがそっちに行ったら――」
俺は作戦を説明した。
「できるだろ?」
「で、できます」
エヴァほどの大魔導師なら、たいして難しい話じゃない。さっきよりタイミングもシビアじゃないしな。
今度は残りのメンバーに作戦を伝える。
それを聞いたレイドックが苦笑した。
「また無茶な作戦を」
カミーユがこちらにジト目を向ける。
「クラフト、死ぬの?」
「死なねぇよ! ……死なねぇようになんとかする」
「……ん」
エヴァが跳ねるように顔を上げた。
「それなら私と貴方の役割を逆にしましょう! 貴方は生き残るべきです!」
「あー、気持ちは嬉しいが、これは錬金術師にしかできないんだ。気持ちだけ受け取っとく」
カイル復活のためにも、錬金術師を生き残らせたいのだろうが、この作戦は俺にしか出来ない役目がある。なら迷うことなどなにもない。
レイドックが俺の肩を叩いた。
「生きて、成功させろ。そしたらあとは全部俺たちに任せとけ」
「ああ。任せた」
お互いの拳をぶつけ合う。
さて、今度こそ、本当に決着だぞ、ニーズヘッグ!




