260:無茶だって、仲間がいればどうにかなるよなって話
俺はその場にトリモチ入りの大樽をすべて取り出す。
荷馬車一〇〇台分くらいはありそうだ。
「リーファン! このトリモチ全部が入る立方体を計算して、地面にその正方形を描いてくれ!」
「わかったよ!」
目測でそれができるのはリーファンだけだ。彼女は大樽の山をチラ見しただけで、すぐに地面に正方形を描いていく。
広い! カイルの屋敷くらいありそうだ。
「エヴァ! その正方形に合わせて”土壁”を立方体に出してくれ!」
つまり、リーファンが描いた正方形に合わせて、巨大なサイコロ型の土を出すということだ。
「”土壁”ですか!? ”土隆盾”でも”万里土城壁”でもなく?」
「ああ、防御力は必要ない」
エヴァの言った二つの呪文はどちらも防御魔法だ。しかし指示した土壁は好きな形に土を生み出すだけの魔法である。当然強度はほとんどない。
彼女が”土壁”を出しているあいだに、俺は別の樽を取り出していく。
「リーファンとチヨメはこっちの蓋を開けておいてくれ!」
「うん!」
「了解ナリよ!」
立ち上がった巨大な土壁……というか土のブロックだな。凄い迫力である。
おっと、感心してる場合じゃなかった。
俺は土ブロックから拳ひとつ分隙間をあけて、土ブロックの四面を囲うように四枚の土壁を作り出した。
それを見て、リーファンはすぐに理解したらしい。
「その隙間にこれを流し込めばいいんだね!」
「ああ! 全員で流し込むぞ!」
俺が出したのは錬金硬化岩と専用の乾燥薬である。
チヨメが蓋を開け、俺とエヴァが魔法で硬化岩をどんどんと流し込み、リーファンが最適量の乾燥薬を追加していくと、あっという間に硬化岩が隙間に満たされた。
さすがリーファン。目分量なのに最高の比率だぜ!
止めとばかりに、俺は錬金術……錬金魔法で強引にまだ柔らかい錬金硬化岩を乾燥させ、固めていく。
「よし! 土壁を消してくれ!」
「はい!」
俺とエヴァが同時に土壁を消すと、そこには薄い硬化岩で作られた巨大な箱が完成していた。蓋のない箱型である。
「箱の中にトリモチを入れるぞ! 間違って落ちるなよ!」
リーファンとチヨメはすぐさま行動に移ったが、エヴァがこちらにジト目を向けてくる。
「土壁を消したら足場がなくなったんですけど」
「あ」
「まったく……私がやります」
エヴァは硬化岩の箱に沿って、足場になる厚さの土壁を生み出し、ついでに階段も作ってくれた。
「助かる」
「あと、全員にトリモチ溶薬を配ってください。貴方が落ちたら全滅しますよ」
「は、はい」
「はぁ。頼りになるのかならないのか……」
「ううう、面目ない」
「さっきまではカッコよかったのに」
「え?」
「な、なんでもないです!」
エヴァは誤魔化したが、今、俺のことをカッコいいって言った?
すっげぇ嬉しいんだけど!
「よっしゃ! 気合い入れて行くぞ!」
「なんで急に元気になってるんですか!」
もしかして、ちょっとは脈があったりするのだろうか?
いやでも、エヴァはレイドックにベタ惚れだからなぁ。さっきだって「レイドックしゃまぁー!」って……。
あれ?
言ってなかったような?
「クラフト君! ぼーっとしてないで急いで!」
「お、おう!」
一瞬呆けていたらしい。
俺は自分の頬を叩いて気合を入れ直す。
「とにかく、トリモチで箱を満たすんだ!」
「もうみんなやってますよ!」
「お、俺もやる!」
なんでこう、肝心なところで間抜けなんだろうな、俺は!
汚名を返上するべく、全力でトリモチを投げ入れるのであった。
◆
魔法も併用しつつ、どうにか巨大な箱をトリモチで満たして合図を出す。
すぐにレイドック、ソラル、ペルシア、ジタロー、カミーユ、マリリンがやってきた。
六人ともすでにぼろぼろである。よく耐えきったものだ。
「首尾は!?」
「この巨大な箱にとりもちを満たした。ニーズヘッグを突っ込ませたい」
「なるほどな。動きが鈍くなれば、ただのでかいヘビトカゲって訳だ」
「問題は、どうやってニーズヘッグをこいつに突っ込ませるかだが」
「その心配はなさそうだぞ!」
「え?」
全員が硬化岩の箱に集まったからか、ニーズヘッグは問答無用でこっちに突っ込んできていた。
「早い早い! 作戦もなにもねぇ!」
「ギリギリまで引き付けて避けろ!」
「嘘だろ!?」
それって、箱の前で留まれってことだよな、全員で!
お互いにフォローし合って、どうにか避けてたんだぞ。固まった状態じゃ、避けきれない……いや、泣き言を言うな。考えろ!
「マリリンとリーファンは離れるんだ! おそらく狙われない!」
「う、うん。でも……」
「時間がないんだ!」
「わかったよ」
「ジタローとソラルも一緒に行け!」
「了解っす!」
「わかったわ」
おそらく狙われるのは俺かエヴァ。一緒にいればこっちに来る公算が高い。
問題はどうやってあの突撃を避けるか。
「カミーユ、敵をギリギリまで引き付けたうえで、エヴァも一緒に避けられるか?」
「……なんとか、する」
「任せた!」
問題は俺か。レイドックがこちらをチラ見する。
「俺が抱えて飛べばなんとかなるぞ」
「だめだ。レイドック、ペルシア、ノブナ、チヨメはニーズヘッグが確実にここに突っ込んでくるよう、攻撃でも煙幕でも使って絶対にトリモチに突っ込ませろ」
一番最悪なのは、ニーズヘッグがギリギリで角度を変え、硬化岩の箱を掠ることだ。そうなると、箱の一部だけが壊れてトリモチが流れ出す。
絶対に正面から突っ込ませるためには、これだけの戦力が必要だ。
それに、俺は毎回ペルシアとテバサキに助けられて避けていたから、ペルシアが攻撃に参加すれば、ニーズヘッグは俺を狙う確率が高くなるだろう。
だから俺は、箱のど真ん中で待つ必要がある。
同じ理由でテバサキだけ借りて乗って待つのも却下だ。
「そうだノブナ。なにか物を投げるのとか、吹き飛ばすのが得意なやつを召喚できないか?」
「それなら突風を出せる妖怪がいるのよ」
「よし! 俺の背中に召喚してくれ、少しでもニーズヘッグに気づかれないようにな!」
「わかったのよ!」
作戦は決まった! 個々の能力を信じて丸投げする最低の作戦だけどな!
「我は願い奉る。冥府よりおいでませ! 天狗童子!」
ノブナが召喚したのは人型で、赤い顔に長い鼻。片手に長い棒、片手に扇子のような大きな葉を持っていた。
「天狗の突風は攻撃だから、着地は気をつけるのよ」
「死ななきゃいい」
「クラフトは武士の魂を持っているのよ」
「そりゃどうも」
凄まじい勢いでこちらに突っ込んでくるニーズヘッグは、さながら山脈が超高速で飛んできているような恐怖感を煽る。
全神経を集中。さらにマリリンから”思考加速”付与の補助魔法が飛んでくる。
持続時間が数秒しかない使い勝手の悪い付与魔法だが、何度もニーズヘッグの突進を避けて来られたのは、この魔法のお陰も大きい。
先ほど死んだと思ったときのスローモーションも、この魔法のお陰である。……少々、走馬灯も混じってたとは思うが。
まっすぐにこちらに向かっているニーズヘッグだが、俺たちの背後にそそり立つ巨大な正方形の岩に気づかないはずもない。
きっとニーズヘッグは考えたであろう、ただの巨石であれば、なんら脅威ではない。だが、突然現れた巨石は怪しいことこの上ない。しかし、やっかいな魔法使いが二人との並んで巨石の前に立っている。まとめてなぎ倒すチャンスだ……と。
もし、このままニーズヘッグが直進してくれれば、ペルシアとテバサキが今まで通り俺を引っ掴んで逃がしてくれる。
(真っ直ぐ来い! ヘビトカゲ野郎!)
だが、俺の心の叫びも虚しく、ニーズヘッグは限界ギリギリで、わずかに角度を変えた。
最悪だ! ブロックを掠めるだけの角度!
レイドックが即座に反応。
「突っ込むぞ!」
レイドック、ペルシア、ノブナ、チヨメが、弾けるように突っ込んでいった。
全てはこの四人に託されたのである。
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