259:信頼してるほど、心の声が聞こえるよなって話
ニーズヘッグの巨体が俺たちの横を猛スピードで突っ切っていく。
煙幕による目眩ましが上手くいったからだ。
それにしても、突然視界が真っ暗になったのは怖かった。
俺の心の声が漏れてしまったのか、ペルシアが怒鳴る。
「貴様はそれを説明なしで先に使ったんだぞ! 忘れないからな!」
「使ったのはチヨメだけどな」
「常識外の煙幕弾を作ったのは貴様で! それを説明しなかったのも貴様だ!」
「は、反省します」
それよりも、作戦だ。通り過ぎていったニーズヘッグがUターンして戻ってくるまで時間がない。
あの巨体を一撃で倒す? 無理無理! 違う、考える方向性はそっちじゃない。
いかに動きを止めるか鈍らすかを考えるんだ!
俺が今まで錬金してきたものを思い出せ!
考えながらテバサキから降りて、仲間と距離をとる。まとまってると一網打尽にされるからな。
燃焼薬……だからダメージを与える方向で考えるな。あの巨体を少々燃やしたところで意味がない。
硬化岩……ここで悠長に砦でも作れってか? 特製の蒸発薬と魔力を使えば、一瞬で固まらせることもできるが、それでも家くらいの大きさが限度だし、あの速度の突撃に耐えられるわけもない。
トリモチ……これが一番使えそうではあるが、ちまちまぶつけたところで意味はない。やるなら大量のトリモチを一気にぶつける必要があるが、方法がない。
汎用魔物毒……効くとは思うが、おそらく致死量が半端ない量になる。さらに密閉してないと凄い勢いで気体になってしまうから、確実にテバサキを巻き込む。二足鳥にも効くからな。この毒。
うん! すぐに思いつかない! 手が足りない!
俺は通信の魔導具を、待機しているジャビール先生につなげた。
「至急増援求む!」
「うむ。わかったのじゃ!」
一言ですべてを察してくれる。さすが先生!
「レイドックが来る! しばらく時間稼ぎに徹するぞ!」
俺が全員に伝えると、ノブナがニヤリと笑う。
「それまでに倒してしまってもいいのよ!」
さすがに強がりが過ぎる! だが、その軽口で少し落ち着き、気持ちの余裕ができた。
「ちっとは弱らせておこうぜ!」
俺も軽口で答え、少しでも士気を上げる。
このあと四回の突進を避けることに成功した。
こう書くと、ニーズヘッグの直線上から少し避けるだけだろと思う人もいるかもしれないが、ことはそう簡単ではない。
相手だって馬鹿じゃない。俺たちが横に逃げれば、それに合わせて進行方向を変えるのだ。速度と質量がでかいのでわずかな角度だが、そもそもニーズヘッグの巨体からすれば、そのわずかな角度変化で何メートルも横に進路が変わる。
避けるのが早ければ角度変更で押しつぶされるし、遅ければ避けられずやっぱりミンチだ。
つまり、ギリギリまで引き付けてから、間一髪で躱すしかない。
それを四回! 死ぬかと思った!
しかもそのうち二回は俺を狙ってきたからな!
残りの二回はエヴァが狙われていた。テバサキが助けてくれなかったら確実に死んでただろう。
「そこは私の助けと言うところだろう!」
「なんでどいつもこいつも、俺の心の声を聞き取ってんだよ!」
「貴様は顔に出すぎだ!」
そんなに細かくわかるもんなの!?
足の遅い俺たちを狙ってくるのだから、やはり頭がいいなこいつ。マリリンが狙われなかったのは、彼女は補助と回復に専念してるから、脅威と感じなかったのだろう。
しかし回避を重ねるごとに、ニーズヘッグもタイミングを変えてきている。これ以上避けるのは難しいぞ!
すれ違いざまに、魔法や技を叩き込んでるが、大技を当てられていない。やはりどうにか動きを封じる必要があるだろう。
最初の煙幕のときにはエヴァの凶悪魔法が効いていたからな。しかしそれ以降、煙幕はあまり役にたってない。煙幕を出すと、むしろ速度を上げて突っ切る動きに変わってしまって、カミーユも迂闊に飛び込めなくなったのだ。
くそっ! やはりトリモチ! 大量のトリモチを一度にぶつけるしかない!
だが、どうやって?
トリモチは大量に用意してあるが、大樽に保存されている。樽は何百も用意してあるが、どうやって使う?
樽を積み上げてそこに突っ込ませる……だめだ。全部の樽が同時に壊れるならいいが、樽のまま弾き飛ばされる量のほうが多いだろう。
それでも少しは動きが鈍るか?
いや、失敗したら樽が広範囲に散らばって回収不可能になる。そうなったらトリモチ作戦は二度と使えなくなる。それは避けたい。
だが、トリモチの山にニーズヘッグを突っ込ませるのは悪くないアイディアかもしれん。
でも、どうやって!?
やるなら手持ち全部を確実にぶつけなきゃならないんだぞ!
俺が少ない脳みそをフル回転させていると、ペルシアの叫び声が響き渡った。
「クラフト!」
「え?」
いつの間にかUターンしていたニーズヘッグが、俺に向かって突進してきていたのだ。
「やべっ」
ペルシアとテバサキが俺を拾おうと動いているが、俺の初動が遅すぎた。俺の回避行動がなければ、ペルシアのフォローが追いつかない。
死んだ。
そう思った瞬間、世界がスローモーションになる。
巨大な牙が俺を噛み砕こうと迫りくる。
遠くから、俺の名を叫ぶ仲間の声が届いた気がする。
終わった。
諦めかけた時だった、俺の頬をなにかが掠める。
魔法で強化された視力が、そのなにかを辛うじて捉える。俺の背後から飛んできたそれは、美しい矢であった。
ニーズヘッグも気づいたのだろう、直撃しないようにわずかに進路をずらす。
だが、まるでそれを予想していたように輝く矢は角度を変え、ニーズヘッグの眉間に突き刺さったのだ。
さらに、俺の真横から人影が飛び出し、強烈な技を放つ。
「”波動衝撃斬打”!」
ニーズヘッグが避けた方向に、横から追い打ちする強力な一撃が加わり、さらに角度がついたことで、ギリギリでニーズヘッグの突進を避けることができた。
鼻っ面を猛スピードで通り過ぎていく巨体に震え上がりそう。
「待たせたな」
「レイドック!」
俺に背を向けつつ、横目でこちらに不敵な笑みを送るレイドック。
男だけど惚れそう!
「ソラルも来てるぜ」
振り向けば、こちらに走ってきているソラルの姿も見えた。
あの矢は彼女が放ったものだろう。
近くに走り寄ってきたソラルが愚痴る。
「まさか、いきなり切り札を使うことになるなんてね」
「切り札?」
「リーファンに作ってもらった、オリハルコンの鏃とドラゴン硬ミスリルの矢柄、コカトリスの矢羽で作った特製の矢よ」
「そ、それは凄いな」
オリハルコンまで使ったのか。
そうか。武具を作るほど使うわけにはいかないが、鏃に使うくらいならどうにかなる。
「あと一本しかないからね。簡単にピンチにならないで」
「ご、ごめん」
謝っていると、レイドックが肩を竦める。
「なんであれ、間に合ってよかったぜ」
「ああ。助かった。それにしてもなんだよあのカッコいい技名はよ」
「ミズホ語を使ってみた。悪くないだろ」
どうもミズホ語は、古代魔法文明の言語が元になっているらしく、魔術師的にテンションが上がるんだよね。
「それより、クラフト。どうにかしろ。同じ手はたぶん通じないぞ」
「わかってはいるんだが……」
俺だってどうにかしたいが、方法が思いつかないのだ。
そこにリーファンがやってくる。
「クラフト君! なんでも手伝うからね!」
戦鎚と巨大な盾を持つ彼女は、主にマリリンを守っている。本職でもないのに戦わせているのだ。これ以上負担はかけたくない。
……本職?
リーファンは優秀な鍛冶師で、建築家でもある。
そうか。そうだよな。本職がここにいるんだよな。
「レイドック! 一〇分だ! 一〇分だけ時間を稼いでくれ!」
「なんか思いついたな?」
「リーファン! エヴァ! チヨメ! 手伝ってくれ! 残りはレイドックに!」
「「「おう!!!」」」
なにをするのか説明もしていないのに、全員が即答だ。絶対に成功させる!




