256:決戦直前は、緊張するよなって話
世界樹を確保する日が、七日後に決まる。
軍勢を出すか、パーティーで行くか、かなり話し合ったが、パーティーで向かうことになった。
理由としては秘密保持。
パーティーでどうにもならないときは、王国の兵力を投入することで話が決まる。
俺はそのあいだに、ジャビール先生と研究に没頭中だ。
先生が大量の書物に目を通しつつも、俺に忠告してくれる。
「わかっているとは思うが、当日までにニーズヘッグをどうにかする方法が見つからなかったら諦めるのじゃぞ」
世界樹に巣食った暴走しないニーズヘッグという魔物。錬金術師の里でどうしようもなかったのだから、俺ごときでどうにかなるとは思っていないが、それでも努力しない理由にはならないだろう。
「はい。わかってます。でも、最初から切り捨てる気にはならなくて」
「甘いのじゃ。しかし気持ちがわからなくもないから、こうして手伝っておるのじゃ」
「一〇〇億の味方を得た気分です!」
「お、おう。感謝するのじゃ」
「もちろんです! お礼になんでもしますから!」
「気軽に「なんでも」とか言うのではないのじゃ! まったく……この勘違い製造機め」
「え? 製造機?」
「なんでもない。忘れるのじゃ」
「はぁ」
なにか面白い製造機でも教えてもらえるのかと思ったが、そうではないらしい。もっと先生の信用を獲得しなければならない。
そのためにはなんでもするぜ!
それにしても、貴重な先生の稀覯本を読ませてもらっても、世界樹に関する記述は少ない。
古い資料を見比べていると、なるほど世界各地に世界樹があったのではないかと思わせる文章が散見するが、地上すべての植物が世界樹になる可能性を知らなければ、権威づけの与太話としてしか捉えられなかった。
そう考えると、俺の両親が残したわずかな考察が、どれほど重要だったのかがわかるだろう。
錬金術師の里の資料が見つかれば、研究はもっと進展するだろう。しかし、ヴァン……国王陛下の親衛隊が錬金術師の里を調査しているが、徹底的に破壊された跡しか見つかっていないらしい。
さて、ニーズヘッグの凶暴化を抑える研究が進展していない今、同時進行で倒すための研究も進めている。
トリモチを改造したり、ヴァンに交渉してスラー酒をいくつか融通してもらったりしている。
錬金できれば一番いいのだが、材料がドラゴンクラスなんだよなぁ。
一番改良したいのはマナポーション。おそらく上位の魔力回復薬じゃないと、いくらマナポーションの品質を上げても、俺やエヴァの魔力を回復しきらない。m
今のところ、いろんな素材を手にしたり研究しても、上位の魔力回復薬を紋章が教えてくれることはなかった。
伝説品質であれば副作用はないので、何本も飲むことは可能なのだが、液体をそんなに大量に飲むのは難しいのはわかるだろう。
想像してほしい、鍋いっぱいの水を飲みながら戦闘する状態を。小分けされているから問題ないなんてことはないのだ。
普通にお腹いっぱいになるしな。
もう一つの欠点は、伝説品質マナポーションの材料がエグくて、なかなか本数が作れないのが欠点だったりする。
「あと、なにが必要かな」
今回はヒュドラのときのような不意遭遇戦じゃなく、ドラゴン戦のときのように準備期間があるのが救いだろう。
ニーズヘッグがどんな魔物でどんな状況か、くのいちのチヨメが調べようとしたが、縄張りに入ると、ニーズヘッグが反応しそうとのことで、直接の調査は諦めるしかなかった。
定期的に叫び声が聞こえるので、目標地点である世界樹周辺に居座っているのは間違いなさそうだ。それ以外の情報は不明である。
ジタロー用に魔力爆弾を用意したり、ポーション類を錬金したりして、あっという間に決行日となった。
転移門を隔離している区画に、国王陛下を始めとした面々が揃う。
ミズホ神国と最初に転移門つなげた一角なので、ゴールデンドーンから少し離れているのと、壁に囲まれている関係で、万一のときも安全である。
国王であるヴァンの横にはイケオジの聖騎士とかがいるな。錬金術師の里側にある転移門の防衛もしているらしいのでありがたいことだ。
決戦メンバーは、俺、ペルシア、リーファン、ジタロー、エヴァ、カミーユ、マリリン、ノブナ、チヨメ。
アルファードも参加したがったが、ゴールデンドーン防衛の責任者が留守にするわけにもいかない。
九人で並んで敬礼していると、なんか妙に緊張感が増していくな。
いやまて、普通に考えたら国王陛下の御前に並んでるんだから、普通は緊張しなきゃおかしいか。ヴァンじゃなきゃ。
俺のそんな内心を見抜いたのか、ヴァンが苦笑する。
「あー、固い固い。無理そうなら戻ってくりゃいいんだ。気楽に行け」
「うぉい! こっちゃ気合入れてんだぞ!」
「入れ込みすぎだっつーの。いざってときは後詰も出してやるって言ってんだろ。魔物相手に軍隊は邪魔になるだけだから、最初からは出せんが」
「そんなこたぁーわかってるっつの! 別に戦力を不安視してんじゃねーよ! 仰々しくて緊張してるだけだわ!」
反射的にヴァンへ声を荒げると、周りの奴らが頭を抱える。
アルファードが苦い顔を横に振った。
「簡易とはいえ、陛下が参列する出立式なのだぞ。もう少しなんとかならんのか」
「空気を壊したのはその国王陛下なんですけどね!?」
「わかってる。わかってはいる。それでももう少しだな……」
そもそも、出立式なんて頼んだ覚えはない!
だが、カイルのことがゴールデンドーン中に噂になっており、情報封鎖も限界なこともあり、住民に知らせる意味でも、薬を取りに行きますよという状況を、公式に作っておきたいらしい。
「適当にやったことにしときゃよかったんじゃね?」
「この出立式に、一般市民は参加できないが、そこに至る人の流れや物の流れは見られている。……いや、それこそを見せるためにやっているのだ」
「めんどくせえ」
「それほどカイル様が愛されていると考えてくれ」
「なるほど。もう少し頑張ろう」
せっかく俺が真面目になろうとしたのだが、ヴァンの野郎がお立ち台から降りて、俺の首に腕を回しやがった。
「心意気は買ってやろう」
「邪魔してんじゃねぇー!」
俺の雲を裂くような叫びに、周囲の大半がしゃがみ込んで頭を抱えるのであった。
◆
式典のお硬い状態が終わると、マイナがアルファードと一緒にやってきた。
マイナが鼻をフンスと鳴らして激励してくれる。
「クラフト兄様……頑張って」
どうやら、気弱で引っ込み思案だった儚い少女は消えてしまったようだ。ここにいるのは、兄を心配しつつも、仲間を送り出せる強い子である。
俺はニヤリと笑いつつ、腰に結びつけておいた人形を取り出す。
「おう! マイナが作ってくれた呪い……格好いい人形も一緒だから安心――」
「むぅ!」
つい「呪いの人形」と言いかけたのがバレて、マイナにげっしげしと蹴られてしまう。
ツギハギだらけのウサギもどきな外見なんだから、言い間違いくらい許せ!
それよりも、マイナの蹴りが痛いだと!?
最近、だんだんと威力が上がってるとは思っていたが、ここ数ヶ月の冒険でめっちゃ強くなってない!?
俺はマイナの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわしてから、逃げるように転移門をくぐるのであった。
そこにひょいっとジタローがやってくる。
「なんか浮気がバレた旦那みたいな逃げ方っすね」
「そんな要素は一つもなかったよな!?」
ほら!
なぜか、リーファンとかエヴァとかの女性陣に半目で睨まれちゃったじゃん!
「たぶん、おいらのせいじゃないっすよ」
「俺、なにもしてないよね!?」
真面目な空気が消え去って良かった!
無理にそう思うことにしたのであった。




