254:仲がいいのも、時と場所を選べよなって話
俺の名前はバーダック。魔術師だ。
なに? そんなやつは知らないって?
ああ、そんなもんだろうな。だがレイドックの名前なら知っているだろう?
そう、ゴールデンドーン最高の冒険者のレイドックのことだ。
俺たちはここゴールデンドーンに来る前から、同じパーティーを組んでいたんだぞ。
剣士のレイドックに、気の強い女弓士のソラルと、真面目神官のベップの三人が昔からの仲間で、そこに俺と、無口な戦士のモーダが加わった形だ。
俺は当時、魔術師を名乗りながらも紋章を持っていなかったのだが、猛勉強の末、なんとか冒険者としてなりたつレベルの魔法を使えていた。
”魔術師”の紋章持ちと比べると、魔力効率の問題で使える数は劣るが、魔法の質は負けていなかったと思う。
そのあとはこのパーティーでドラゴン討伐なんかもやりとげた。多数の冒険者に、クラフトやリーファン、ペルシアなんかが一緒に戦ってくれたからだがな。
他にも巨大な八ツ首ヒュドラとの死闘も思い出す。
あのときに、自分の実力不足を痛感させられた。レイドックとソラルの足手まといになっている。俺だけじゃなく、モーダも同じ思いだったようだ。
そしてもう一人、神官のベップも同じように考えていたらしい。俺とモーダは紋章を持たないからわかるが、紋章を持つベップが実力不足なんてことはありえない。むしろ、ゴールデンドーンでもかなり上位の実力と言えるだろう。
そもそも回復や支援魔法の使い手は、冒険者に少ないのだから、胸を張って良い。
そう問いただすとベップは穏やかな笑みで答えた。
「そうですね。たしかに私はギリギリでレイドックとソラルと連携を取れるでしょう。ですが……」
ベップはそこで一度言葉を切って、少しだけさみしげな笑みとなる。
「彼らはまだまだ伸びます。王国に名を残すほどに強くなるでしょう。私も努力は続けますが、二人の伸びにはついていけません。友のことを思えば、今ここでレイドックとソラルのパーティーから抜けなければなりません」
「だが……」
「もう一つ言えば、キャスパー三姉妹の伸びも凄まじいものがあります。彼女たちならレイドックたちの横を歩けるのではないですか?」
それは俺も感じていた。
あの姉妹の実力は本物で、ゴールデンドーンのポーションや装備を使えばすぐにレイドックたちの高みに並べるだろう。
ベップが今度は満面の笑みを俺とモーダに向ける。
「バーダックとモーダが抜けるのであれば、パーティーに神官が必要でしょう?」
「なに? それは俺達について来るという意味か?」
「はい。友のことを思う行動とは、レイドックたちだけのことを指す言葉ではありませんよ。友の全てが幸せにならなければなりませんから」
「ベップ……」
こうして俺たちは二つのパーティーに別れ、それぞれの道を行くことになる。
なに、同じ街に住んでいるのだ。いつでも会える。永遠の別れじゃない。
このあと、カイル様のはからいで、高額な紋章適性と紋章書き換えを無償で受けさせてもらい、俺とモーダは紋章を得ることが出来た。
これからは三人パーティーで活躍していくことを決意したのである。
さて、少し前置きが長くなったが、俺達のパーティーは久しぶりにレイドックとソラルと臨時パーティーを組むことになった。キャスパー三姉妹は別行動らしく、懐かしいメンバーでの冒険である。
内容は、マウガリア王国使節団の護衛で、無事にデュバッテン帝国の首都まで送り届けること。
もちろん王国の騎士団もいるが、彼らは使節団に張り付いているので、俺たちは道中の魔物を減らすことに集中できる。
最初は楽しかったのだが、今はゲップが出る思いになっていた。
それは、ソラルを見てもらえればわかる。
彼女は先頭を歩くレイドックの腕に絡みつき、熱のこもった視線で奴を見上げていた。
「んふふ。あの邪魔者魔術師がいない旅は久しぶりね」
「あまりパーティーメンバーのことを悪く言うもんじゃない」
レイドックはそう諭しているが、その表情はまんざらでもなさそうなのがまたな。
「能力は認めてるわ。エヴァほどの魔術師はいないし、頼りになる仲間だと思っているわ。でもね、レイドックにまとわりつくのだけは許せない」
「そう言うな。彼女は今までいい男に会う機会がなかっただけで、勘違いしてるだけさ」
「あなた以上にいい男なんていないと思うけど、勘違いしてるのは同意するわ」
「今頃は、俺よりもっといい男に対する気持ちに気がついてる頃さ」
ソラルが少し拗ねたように、レイドックの腕をつつく。
「あのバカ錬金術師もたいがい鈍感だけど、エヴァも相当なもんよ? 変な暴走をしたあげく、結局あなたに戻ってきそうな気がするわ」
「う……嫌なことを言うなよ。俺にはお前がいれば十分だ」
「ふふ。それは嬉しいけど、自分の気持に素直になれない女は厄介なのよ」
「エヴァはいい女だからな、必ず似合いの男が見つかるさ」
「似合ってるかどうかで言えば、レイドックとあいつもお似合いではあるのだけれど……」
「なにか言ったか?」
「なんでもないわ。それより魔物よ。オーガの集団みたいね」
「さすがにこの辺りは魔物のランクが高いな」
「でも、あなたの敵じゃないでしょ?」
「まぁな。だが油断は禁物だ。まずは俺が突っ込む! モーダ! 俺が取りこぼしたら止めろ! ソラルは援護! バーダックとベップは周囲を警戒しつつ待機だ!」
「「「「おう!!!!」」」」
指示されたから動くが、案の定レイドック一人でオーガの群れを殲滅。さすが”剣聖”だな。
魔石だけ採ってきたレイドックが戻ると、すぐさまソラルが飛びつく。
「格好良かったわよ!」
「当然だろ?」
甘ったるい空気がこっちにまで流れてくる。勘弁して欲しい。心の底から勘弁して欲しい。
隙をついてはチュッチュチュッチュと、本人たちは隠れてるつもりだろうが、そういうのは雰囲気で伝わるんだよ!
それに気づかない二人でもあるまいに――あ、ダメだこいつら、マジで気づいてねぇ。恋愛脳ってのはここまでアホになるものなのか。幸い魔物に対する警戒は怠っていないのが救いではあるが。
ちなみにこれは嫉妬じゃないぞ。俺はモテるからな。街に戻れば彼女なんて両手の指でも数えられん。
だからこれは嫉妬じゃないが、やたらイライラする。
ソラルの紋章は弓女神とか言う、弓の最上位なのだが、レンジャーの能力が消えたわけじゃない。むしろ強化されているから、あんな腑抜けた状態でも敵を見落とすようなことはない。
……それはわかってる。わかってるが、油断してるようにしか見えない。マジでどうにかならんのかあれは。
王国と帝国を陸路で移動するのは冒険者のAランク試験級の難易度だろうが!
イチャイチャしながら遂行する難度の任務じゃない!
俺がイライラしていると、外交官を乗せた馬車を守る、王国の精鋭兵が俺の肩を叩く。
「なあ、出発してから何度も聞くが、お前らおかしいだろ」
精鋭兵が指を指すのは、ソラルが甘い雰囲気でレイドックの腕に抱きついていながら、レイドックが前も見ずにサイクロプスの集団を細切れにしている状況である。
「あの二人と一緒にしないでくれ。俺は普通の優秀な冒険者だが、あいつらは化け物、人外なんだ」
「あんたも大概すごい魔術師だと思うぞ。軍にスカウトしたいくらいだ」
「評価はありがたく思うが、気楽な冒険者が性に合っている」
「残念だよ」
「ダメ元であの人外二人を誘ってみたらどうだ?」
精鋭兵は「ハッ!」と鼻で笑う。
「あんなのは持て余すだけだな。強さが突出しすぎて軍では使えないさ」
「俺なら持て余さないのか?」
「王国にも優秀な魔術師の軍ってもんがあるんだ。あんたならすぐに隊長格だな」
「なるほどな」
俺程度の魔術師ならたくさんいると言われたのか、王国の魔術師軍団でも活躍できる腕があると言われたのか、どちらかは判別できなかったが、きっと優秀だと褒められたんだと思うことにした。
「それよりも、あの二人がいると、私たちが戦えないのだが」
「楽でいいだろ?」
「陛下に鍛えてこいと言われているのだが……」
「あー。レイドックに適当な数をこっちに回すように言ってくる」
「頼む」
まさか俺の冒険者人生において、護衛任務中に敵を倒さないでくれと頼まれる日が来るとはな。
それにしても――。
イチャイチャとくっつき合いながら、迫ってくる魔物の群れを近寄らせもせずに瞬殺していく二人。
イラつくな!
そんな感じで順調に帝国に向かっているのだが、定期的にクラフトを経由して王国と連絡を取り合っている。
オリハルコンを使った通信の魔導具による通信。始めてみたときはその能力に驚愕したものだ。
タイムロスなしに、通信者同士の視覚と聴覚を同期するなど反則過ぎる。世界がひっくり返るほどの凶悪な魔導具だというのに、あの阿呆錬金術師は知り合いにバラ撒いたのだ。
頭が痛くなったが、いざこうしてパーティーメンバーの一人がそれを持っていると、その利便性に感謝しかない。
クラフトたちはお眠りになったカイル様を目覚めさせるための冒険を順調に進めているようだ。
しかし、魔術師の里を見つけたとか、錬金術師の里を見つけたとか、意味がわからん。冒険者より冒険してやがるなあいつは。
こちらの旅路は順調だ。
なんといっても、帝国軍と魔物の大群が進軍してきた進路は、ちょっとした道のようになっているからな。迷う心配がない。
それでも魔物の数は相当な数だし、強個体が多い。王国の兵士だけだと対処できなかっただろう。
帝国軍が進行中に脱落した魔物群かもしれない。
レイドックや俺たちを護衛につけた国王陛下は流石だな。
さて、順調に思われた日々だが、ある日、クラフトから連絡が入る。
定期連絡以外の通信だった。