253:自分のことって、自分が一番わからないよなって話
俺は報告などをリーファンたちに任せ、錬金部屋に閉じこもって何度も日記を読み返していた。
母親と急に言われてもあまり実感はないが、命をかけて俺を生き残らせてくれたのだと思えば、感謝しかない。
時折目から流れる汗を拭きながら、何度も何度も読み返す。
親に捨てられたわけではなかったと知っただけでも嬉しいのに、確かな愛情があったことまで知れて、俺の心は震えていた。
「捨て子なのに名字があったのと、誕生日が明確だったのはそういうわけだったのか」
俺はどこかの川で拾われたらしいのだが、そのとき俺が入っていたゆり籠に、名前と誕生日が刻まれたプレートがついていたらしい。ついでに言うと、そのゆり籠はやたら丈夫だったことから、孤児院でずっと使われていたのも知っている。
俺が育った孤児院は閉鎖してしまったので、きっと今ごろはどこかの教会孤児院で使われているだろう。そりゃ、錬金術師が作ったゆり籠なら丈夫だろうさ。
思わずクスリと笑ってしまう。立ち上がり、ぐいっと涙……いや汗を拭った。
感傷に浸るのはここまで!
父ちゃんや母ちゃんに負けないよう、カイルという家族を助ける番だからな!
日記にあった、ニーズヘッグという魔物。世界樹の呪いでおかしくなっているだろう。
なんとか正気に戻せないだろうかと、いろんな資料を漁ってみるが、ジャビール先生に借りている資料にも、コツコツと買い集めた錬金術の書物にもそれらしい記載はない。そりゃ錬金術師の里でどうにもならなかったんだから、俺がどうにかできる問題ではないのかもしれんが、なんとかしてやりたい。
いや、それは甘いのだろう。
倒すための準備か、救うための準備か悩みながら資料を漁るが、どっちにしろニーズヘッグの情報は皆無で、行き詰まってしまったわけだが。
俺は決意して、倒すための準備を始める。救う方法がない以上、それしか方法はない。幸い攻撃力を上げる方法はいくつもある。
ゴールデンドーンから出ている予算を使って、ポーションの材料をかき集めるべく、一度生産ギルドに戻ることにした。
久しぶりのギルドは相も変わらず賑わっている。
そういえば、俺とジャビール先生がいないあいだのポーション作成はどうなっているのだろうと、ギルド総長に挨拶してから、地下の錬金部屋に顔を出す。
そこは戦場のようだった。
ジャビール先生の弟子の一人であるエルラ・ルイラが目を血走らせて、錬金釜をかき回しながら叫んでいる。
「7番の錬金薬が足りませんよ! どうなっているんですか!?」
それに疲労困憊気味の男がようやっと答えた。
「うう……魔力切れと疲労で生産が追いつきません」
「不甲斐ない! それでも宮廷錬金術師の一人ですか!」
「そういう師匠だって、限界ギリギリじゃーないですかぁ」
「それがなんですか! 久しぶりにジャビール師匠からのお願いなのですよ! 命を賭けてやり遂げるのが弟子というものでしょうに!」
「むしろこの規模の貴族領地の全ポーションを二人で作っていたってほうが信じられないんですが……」
「ジャビール師匠ですから不思議ではありませんね」
ごめん。先生は時々手伝ってくれるけど、ほとんど一人で作ってたわ。
それにしても、王都の優秀な錬金術師が集まって、俺の生産量に追いつかないもんかね?
エルラの弟子が泣きつくように提案する。
「せめて、品質を落としませんか? あと一つ落とせば、ノルマの量は作れますから」
「すでに”伝説”品質から”究極”品質に落としているでしょう!?」
「師匠の感覚も狂い始めてますって! ”究極”品質だって普通にオーバースペックですから! せめてもう一つ下げて”極上”にしてください! それでも十分ですから!」
あーうん。そうだね。ポーションの効果時間だけ確保できれば、”極上”品質でも大抵はこと足りるかもしれない。
一時期、開拓村に出す品質を”極上”まで落としたけど、一部の有能な冒険者くらいしか気づかなかった。
だから、冒険者には”伝説”品質を売って、商人には”極上”のポーションを売ってたんだよな。時期や相手によって品質は変わるけどね。
しかし、ジャビール先生と改良したレシピなら、”伝説”はまだしも”究極”品質なら量産できると思ったんだけどなぁ。
鬼気迫る彼女たちに声を掛けづらく、そっと物陰から見守っていると、上からギルド総長が階段を降りてくる。
「いやー。エルラたちは優秀だなぁ」
「え? いや、優秀だとは思いますが、量産に苦労してるみたいですよ?」
「そりゃそうだろ。普通は”極上”品質の武具やポーションすら出回らないんだ。正直クラフトが留守のあいだは、もっと品質の低いポーションになると思ってたぞ」
「え?」
「うーむ。クラフトは生産ギルドでの常識が足らんのかもしれんなぁ。ちょっと品質の段階を下から言ってみろ」
「えっと、粗悪、最低、低度、普通、上質、最上、極上、究極、伝説だよな」
正確にはそのさらに上に神器とかゴッズとかそんな風に呼ばれる品質もあるが、これは除外していいだろう。なぜ品質に含まれないかといえば、一部の武具やポーションは完成した時点で品質が確定し”神器”となるからだ。
例えばエリクサーはこの品質になる。
”粗悪”品質のエリクサーとか、”普通”品質のエリクサーは存在せず、確実で変化のない効果を発揮するのだ。
なので”神器”品質は例外扱い。
俺がそう説明すると、グリム総長が満足げに頷く。
「さて、お前さんが生産ギルドに来る前に扱ってたポーションの品質はなんだったと思う?」
少し考える。
錬金術師は少なかったらしいからな。”最上”や”上質”はあまり市場に出回らなかったと思う。
「うーん”普通”品質だろ」
グリム総長は大げさに首を振った。
「”最低”か”粗悪”だ」
「え!?」
それはいくらなんでも!
「いいか、大抵の錬金術師は”普通”品質を作るのがやっとなんだ。それも何日もかけ、潤沢な素材を使ってな。そんな量産に向かないポーションは高くなるのに売れない。ギルドとしてもそんなのを仕入れても扱いに困る。これは商業ギルドも一緒だな。だから普段はそれなりの材料で、それなりの量が作れる品質のものを作ってもらってる」
「そ、そうなのか?」
「ああ。ちなみにそれでも生産量は大した量じゃなかった。それを考えれば、エルラがやってるのは凄いぞ。なんてったってゴールデンドーンで必要とされる最低数をなんとか作り続けてるんだからな」
俺は思わず絶句してしまう。
リーファン特製の錬金釜があれば、ばんばん作れるもんだと勘違いしてたらしい。
昔、エルラに魔力量のことで突っ込まれたことがあるが、どうも問題はそれだけではないようだ。改良レシピは魔力をかなり抑えた作りになってるからな。その分素材が高価になってしまったが、その辺はギルド総長がどうにかやりくりしてるはずだし。
「し、知らなかった」
「お前は生産ギルドに入るまで錬金術師の勉強はしてなかったし、生産ギルドに長く勤めてたわけでもないからな。むしろ冒険者の魔術師から、生産ギルドの錬金術師に転職して一年そこらで頑張ってるぞ」
「転職してから勉強はしてるつもりだったんだけどな……」
「お前の勉強は、錬金術師としてより高みになる勉強だろ? それはそれでいいし、これからもそれでいい。細かいことは俺やリーファンに任せておけ」
「うう……今度からもう少し考えてみる」
「わはは! そうしてくれるとありがたいが、陛下なんかも関わってくるからな! 自分を高めることだけ考えとけ!」
「ああ。ありがとう」
ギルド総長が大声を上げたからか、エルラたちがこちらに気づく。
「クラフト殿! た! 助けて!」
俺はこのあと、夜中までポーションを錬金し続けるのであった。
途中、リリリリーが顔を出す。
「浮気?」
「帰れ!」
彼女にそういう気持ちは一切ないわ!
姉弟子として尊敬はしてるけどね。
ちなみにエルラは一〇歳以上年上だが、その辺は口にしなかった。
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