252:気持ちを切り替えるには、行動あるのみって話
リュウコが日記をゆっくりと閉じる。全てを読み上げたということだろう。
日記は俺の母親が書いたもので、始めは普通の日記だった。そこには俺を妊娠したことや、日常が綴られていた。
そして、俺が生まれてすぐ、ここ隠し里に魔族と魔物が攻め込んでくる。それも因縁のあるルーカスと、その上司らしきグロウティスという名の魔族た。
結果、錬金術師の隠し里は滅ぶ。
日記の最後には、わずかだが彼らの調べた重要な研究結果が記されていた。世界樹が世界に三本あること。その三本全てが呪われると、魔物は人間を見つけるたびにスタンピードするようになるという。
そして、黄昏の錬金術師に関することも。昔に理論だけがあり、人類を救う紋章として待ち望まれていたらしい。
俺は左手の紋章をじっと見つめる。
「黄昏の錬金術師」の紋章。俺の人生を変え、ずっと助けてくれている心強い相棒だ。だが、急にどっしりと重く感じてしまう。
世界を救う? そんなことができるのか?
このときの俺はどんな顔をしていたのだろう、ローブの裾をくいくいと引っ張られ、はっと顔を上げる。
マイナが心配そうに俺を見上げていた。
……そうだな。悩むのなんて俺らしくない。ここは気持ちを入れ替えねば!
俺はマイナの頭をくしゃくしゃと撫で回す。
「大丈夫だ! それにしても俺が錬金術師の里出身だなんてびっくりだな!」
大げさな身振りをすると、マイナはパッと表情を明るくし、鼻息を粗くする。
「クラフト兄様、やっぱり凄い!」
「うーん。俺が凄いかどうかはわからねーけど、そう言われるように頑張らないとな!」
マイナがコクコクと何度も頷いた。
俺は気合を入れ直して、全員を見渡す。
「よし。この先に世界樹があるのは確定だ。準備を万全にして行こう」
すると、すぐにエヴァが反応する。
「ニーズヘッグという未知の巨大生物がいるそうですが、こちらの対処はどうしますか?」
「どんな敵かわからんし、呪われて可哀想だとは思うが、敵対するなら倒す」
今度はジャビール先生が小さく唸る。
「そうじゃな、一流の錬金術師たちが長年かけて呪いの解除法がわからなかったのじゃ。クラフトといえど、解決する方法を見つけるには時間がかかるのじゃ」
「ああ。最優先はカイルの復活。これが絶対だ」
「うむ。目的を見失ってなくて一安心したのじゃ」
「リーファン! ちょうどいいから、この地下室をある程度綺麗にしてから、転移門を設置しよう。ゴールデンドーンの城壁外につながってるやつがいいだろう」
「うん。わかったよ!」
ミズホ神国と最初に転移門でつなげた場所だな。
万が一を考え、錬金硬化岩でがちがちに囲ってある貿易所だが、その後、結局市壁内に大型の転移門を設置したことで、使われなくなった施設だが、今回はちょうどいいので、転移門の一つをそこに設置してある。
「ヴァンに相談しないとだが、マイナとジャビール先生を安全なゴールデンドーンに戻してから、世界樹を確保しに向かおう」
ジタローが人懐っこい笑顔を向ける。
「おいらも手伝うっすよ!」
「おう。期待してるぜ!」
マタギの紋章を手に入れたジタローは、色付き紋章持ちに匹敵するほど強いからな。当然戦力として当てにしている。
通信の魔導具で、ヴァンに連絡をし、現状の報告と転移門を繋げる許可をもらってから動き出す。
俺とリーファンとジャビール先生の三人で転移門を設置、残りのメンバーは再度周辺探索。リリリリーはマイナと一緒に俺達の作業を見学であるが、リリリリーだけ妙に興奮していて鼻息が怖いが、無視することにする。
したのだが、リリリリーの方から絡んできやがった。
「クラフト殿、拙者も手伝うでござるから、手取り足取り腰取り耳取り顎クイ取りで教えて欲しいでゴンスよ、ぬふふふ」
作業していた俺に、にゅるりとスライムのようにへばりついてくるリリリリー。ああ! 耳元で囁かないで!
俺が彼女を引き剥がそうとするより先に、マイナがリリリリーを引っ張り始めた。意外なことに、結構力強く、リリリリーがだんだん俺から離れていく。
良く考えると、カイル学園では伝説スタミナポーションを飲みながらの体育……運動の時間があるんだよな。運動の成績はドベみたいだが、ケンダール兄弟たちが異常すぎるだけで、一般的には十分な体力になっているのだろう。病弱だった頃を思い出すと感慨深い。
あ、よく見たら残念騎士のペルシアも泣いてるわ。
「……ダメ。邪魔しちゃ」
「ぬふふ。マイナ様安心するけん。拙者は二番でも三番でも四番でもいいんでござんすよ。それより一番になるにはアピールが大事でござそうろう」
「!」
リリリリーの意味不明な発言に、なぜかマイナがハッとする。そんなに手伝いがしたいのか!?
マイナまで俺にしがみついてくる。
「クラフト兄様、手伝う」
気持ちはありがたいが、転移門の設置でマイナに手伝えることはないんだ。それにしてもそんなに一番最初に手伝いたかったのだろうか?
俺が困っていると、地下室の残留物を調べていたエヴァが、ため息交じりに二人を俺から引き剥がしてくれた。
「マイナ様、さすがに邪魔になりますよ。あの変態の言う事を真に受けないでください」
「ぬう……」
「それでリリリリー。今度マイナ様に変なことを吹き込んだら殺しますよ」
「ふぁっ!? 怖いんじゃが!?」
「脅しじゃなくて、割と本心ですから悪しからず」
「余計怖い!」
マイナはしぶしぶ、リリリリーは震えながら離れてくれる。さすがエヴァだぜ!
俺はお礼の代わりに軽くウィンクをしておいた。
真っ赤になっていたので、善行を恥ずかしいと思うタイプなのかもしれないな。
マイナがまん丸にした瞳で、エヴァのことを穴が空くほど見つめていたのは不思議だったが。
そして、一緒に作業をしているリーファンとジャビール先生がつぶやく。
「ほんと、いつか刺されなきゃいいんだけど」
「天然とはさも恐ろしいものと学んだのじゃ」
ああ、俺もリリリリーの天然さは心配だな。それにしてもリーファンは本気でエヴァが刺すと思ってるんだろうか?
「この顔はわかってない顔だよ」
「うむ。この朴念仁にはなにを言っても無駄じゃろうの」
あれ? 微妙に俺のことのようにも聞こえるんだけど?
「はい、クラフト君! 黙って手を動かす!」
「お、おう」
なんか釈然としないが、俺は作業を再開する。
転移門の設置は手慣れたもので、半日もしないうちに完成。連絡していたからだろう、転移先の元貿易区画にはアルファードを筆頭に聖騎士隊が待機していた。
「よく戻ったなクラフト。マイナ様もご無事で安心しました」
「ん」
「てっきり国王陛下もいるかと思ったぜ」
「あー。陛下はお前たちが世界樹の確保に向かうタイミングでいらっしゃるそうだ。ここに精鋭を集めておくとおっしゃられていた」
アルファードは疲れた表情を見せる。たぶん反対したけど押し切られたんだろうな。
「あのおっさん、大人しくするってことが出来ないのかよ」
「概ね同意するが、言葉遣いには注意しろ」
小声だったので、それ以上怒られることはなかったが、気持ちは一緒なのだろう。
「アルファード。もう少し錬金術師の里を調査したら、全員で一度戻る。陛下を交えて世界樹確保の日付を決定するつもりだ」
「ああ、そう聞いている」
アルファードが俺からマイナに視線を移す。
「マイナ様だけでも先に戻りませんか?」
「……あとで戻る」
「わかりました」
すでに転移門はつながっているからな。アルファードは素直にマイナに従った。なにかあればすぐ戻せばいいだけだからな。
戻って里の調査を再開したが、徹底的に破壊されたのを確認しただけで、日記以外の収穫はなかった。
全員でゴールデンドーンに戻り、久々にのんびりすることにする。山岳移動はペルシアのせいで散々だったからなぁ。
「それじゃあみんなお疲れさん。明日は城で打ち合わせだから、それまではゆっくり休んでくれ」
俺がそう言っていったん解散すると、ジタローが真っ先に走り出した。
「シールラさんに顔を出してくるっすよ!」
ジタローはいつも元気だねぇ。
クビ錬金8巻
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