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251/259

251:確固たる決意は、必ず届くよなって話

ほぼ、再録です


 リュウコによる日記の読み上げが続く。

 そして日記の最後までが一気に語られる。


==========================

 魔族の会話から、少数と思われるが魔族が生き残っていたことが判明。この地下室もいつ見つかるかわからない。

 里の人数まで把握されているから、魔族は私たち全員を殺し尽くすまで諦めないと思われる。

 隠し研究所が発見されるのも時間の問題だろう。


 ここに逃げ込んだ全員で、今後の動きを決めた。

 それは、全員が囮となって、私一人を逃がすというものである。

 反対したかった。同意したくなかった。

 でも、あまりにも時間がない。

 それになにより、魔族の間違い(・・・)をつけるのは今しかないだろう。


 その間違いとは、里に住む人の数。私の可愛いクラフトが数えられていないことだ。

 全員が犠牲になれば、たった一人、クラフトだけは生き残らせられる。

 もちろん、死にものぐるいで魔族と戦うつもりだが、戦力を考えるに勝つことは無理だろう。

 そもそも錬金術師はサポートを得意とするのだから、前衛すらいないこの状況で勝てるわけもない。


 だから、戦いの目的は私とクラフトを逃がす時間稼ぎ。正確にはクラフト一人を生き残らせること。

 クラフトの寝ているゆり籠に、防御魔法と隠蔽魔法を重ねれば、滝に落とすことも可能だろう。あとは運に任せるしかない。


 作戦はこうだ。

 まず、私以外の全員が一斉に飛び出し、ありったけの魔法や錬金薬で魔族と魔物を攻撃、一時的に血路を開いて、その隙に私がクラフトと一緒に脱出。

 あとはどんな犠牲を払ってでも、滝まで走り抜け、クラフトの入った籠を滝に落とすだけ。

 そのあとは……私の自由にさせてもらうつもりだ。仲間を、夫のブットを助け、魔族を滅ぼし、クラフトを探しにいく。

 絶対に。

 ……。


 そんな作戦とも言えない作戦が決まる。

 もう一度言うけれど、やめさせたかった。止めたかった。私も一緒に戦いたかった。

 でも。

 里のみんなが、私に笑顔を向けたとき、彼らの決意を理解してしまう。

 だから、作戦に対して「はい」としか言えなかった。


 ここまでが魔族に里を襲われてからの顛末だ。

 作戦を実行したあとどうなるかはわからない。

 もし、この日記を誰かが見つけているのであれば、そういうことなのだろう。


 作戦実行までの時間で、簡潔に私たちの仮説を記す。

 空きページが残っているノートが私の日記しかなかったことと、見つけるのがクラフトだった場合を考え、日記の後ろに記している。

 とにかく、錬金術の里が調べ上げた仮説を、後世のために残そうと思います。


 この日記は隠し研究所の床に、無理やり隠すつもりです。音を立てずに隠すのでこの日記一冊分のスペースを作るので限界でしょう。他の貴重な資料を残せず、無念に思います。

 目印として、小さくクラフトの名前を彫っておく予定です。

 もっとも、これを読んでいる時点で日記は見つかっているはずですが。


 ◆


 遥か太古に人類を支配し残虐非道の限りを尽くした魔族。

 だが、人類は長く続く魔族の支配を打ち破る。それは魔族の生まれつき持つ魔術を密かに研究し、紋章として発現させたことが大きい。

 紋章を手に入れた人類は長き戦いの末、魔族を全滅させ、魔術を中核とした新たな大魔法文明時代を築き上げたという。しかし、その大魔法文明も終わりを迎え、人類の大半が死に絶えることになる。


 それでもしぶとく生き残った僅かな人類が、時間をかけて今の人類生存圏を作り上げていったのだ。


 大魔法文明が終焉した理由は、世界樹の呪い。

 私達は魔族が滅びる前に、世界樹を呪っていたと考えていたけれど、どうやら魔族は生き残っていたようだ。


 世界樹は一つ植物ではなく、龍脈を伝ってつながる世界全ての植物そのもの。

 この世の全ての植物が世界樹と言ってもいい。ただ、物理的につながっているわけではないので、そのつながりは弱い。

 そして、中核となる巨木がおそらくこの世界に三本あると、研究の結果導き出している。最初はその一本だけが呪われていたはずだ。


 その後、長い年月をかけて呪いが残り二本の巨木にまで影響を与え、呪いが伝播することで、世界中のあちらこちらで、呪いを振りまく植物が生まれてしまう。

 三本の巨木が呪いの増幅装置として機能してしまうのだ。

 いえ、すでに小さな呪いはすでにほぼ世界中に伝播しているはず。だからこそ魔物は人間や亜人に対して、執拗なまでの敵対心を見せるのだから。そうでなければ魔法文明が滅ぶことはなかっただろう。もっとも、政治的に腐っていたという前提もある。

 狡猾なことに、人間に呪いが気づかれないよう、呪いは人間や亜人に効果を及ぼさないようデザインされていた。


 三本全ての巨木……世界樹が完全に呪われたとき、ブースターの役目となって効力が加速度的に高まり、人類以外の全ての生物の呪いが完了。魔物は人類を見つけるだけでスタンピード状態となってしまうだろう。

 そうなれば、人類は終わってしまう。世界樹が呪われきっていない今ならまだ間に合う。なんとしても呪いを止めなければならない。


 世界樹が呪われていることに気づいた錬金術師の先祖は、巨木を探し出す。それがこの場所。

 見つけた世界樹の根本には小さな泉があり、そこにはまだ呪われていない大きな生物がいた。

 先祖はこの場所に移住することを決める。

 山頂であることから世界樹の周囲は暮らすのに向いた土地が少なく、里は一段下がった滝の上に作られた。

 先祖の文献にはそのような理由が並べられていたが、実際は適温の温泉溜まりがあるこの場所を選んだと思われる。


 とにかく、世界樹の根本に湧く小さな泉……熱湯の湧く源泉を「フヴェルゲルミルの泉」。そしてそこに住む魔物になる前の巨大生物に「ニーズヘッグ」と名付けた。


 はじめは温厚だったニーズヘッグだが、世界樹の呪いが強まるにつれ、少しずつ凶暴化していく姿がとても辛かった。世界のためにも、ニーズヘッグのためにも、世界樹の呪いを解明したかったが、私たちの持つ「錬金術師」の紋章は解決法を囁いてはくれない。

 だからこそ、私たちは「黄昏の錬金術師」を待ちわびていたのだ。きっと黄昏なら、解呪の方法を紋章が囁いてくれるに違いないからと。


 もちろん、発現するかどうかもわからないものを当てにして気楽に暮らしていたわけではない。日々、研究に明け暮れていた。

 その結果、すでにこの世界にいる魔物と呼ばれるほとんどの種は呪われていることがわかった。

 動物と魔物の差は魔石であることも判明している。呪いは魔石に働きかけていたのだ。

 呪いは魔石のない人や亜人の人類全般に影響がないため、人類はまず気づかない。姑息なまでに狡猾なシステムを持つ呪いである。つくづく魔族は厄介だ。


 私たちは世界樹の巨木が呪われないよう、あらゆる手を尽くしてきた。

 しかし、呪いが浸透するのを遅らせることはできたが、それを阻止することも解呪することも出来なかった。


 魔族がこの里の存在に気づいたのは、呪いの進行を遅らせていたからだろう。そのことから魔族の本拠地に三本のうちの一本があると考えられる。

 世界樹の伝達システムを解明できれば、魔族の本拠地も判明するが、そこまで研究は至っていない。悔しい。


 ◆


 ここからは「黄昏の錬金術師」の話をしよう。

 この紋章は大魔法文明に理論だけが完成されていた。だが発現するものはいなかったという。なにかしらの条件が足りなかったのか理由はわからないが、黄昏の名称だけは受け継がれていた。

 この錬金術師の里に伝わる「黄昏の錬金術師」の名称も、下界……人類の生存圏にそれとなく流している。下界とまったく交流がないわけではないからだ。

 里以外で「黄昏」が生まれる可能性もあるのだから、紋章官に情報をうまいこと流しておいたわけである。


 |誰そ彼<たそかれ>。

 もともとは夕暮れ時、相手の顔がよく見えず、あなたは誰ですかと問うた文言である。

 日が沈みゆく、どこかさみしげな印象を持つ単語をあえて使ったのには、理由があるそうだ。


「人類は沈みゆく運命にある。だがそれを終わらせる希望を託して。金色の夕暮れのように、輝くものとなるように。黄昏時を終わらせる者となるように」


 里に伝わる伝承はこのようなものだ。

 下界では黄金の意味合いで広がってしまったらしい。たぶん、錬金術師は金を作り出すという噂とごっちゃになってしまったのだろう。

 大魔法文明は謎が多い。どうやって紋章を生み出したのかなど、未だに解明されていないことが多い。

 また、時系列的に「黄昏」を予見していたタイミングも腑に落ちない。

 魔族との戦争時代だったのか、その後の繁栄時代だったのかでも解釈が変わるからだ。


 ただ、どの時代においても「黄昏の錬金術師」は熱望されていたことは間違いない。

 この日記を読んでいる方よ。

 黄昏を探してください。

 魔族を滅ぼしてください。

 世界を救ってください。


 そして……。願わくば、クラフト・ウォーケンを探して、この日記を渡してください。

 これが私に残せる唯一のものだから。


 クラフト。

 愛しています。


 イェンザ・ウォーケン。

 メンブアット・ウォーケン。

==========================




8月30日発売

冒険者をクビになったので、錬金術師として出直します! 「8巻」


発売日:2024.08.30

予価:1,595円 (本体1,450円)

判型:四六判

ISBN:9784575247619

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[一言] この先どうなるのか楽しみ 20年越しの反撃のターン
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