250:情報量が多すぎると、逆に考えられなくなるよなって話
一部改定して、再録です。
ストーリー上の変化はありませんが、一部時間軸の修正が入っています。
リュウコが日記を読み上げる。
ここまでの内容は、俺が錬金術師の里で生まれたという衝撃の事実だった。
そして、ここからの内容は一変する。
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魔族率いる魔物の大軍に里が襲われた。
突然のことだった。
今からそのとき起こったことを全て記す。
◆
その日は久しぶりに里の住人がすべて集まっている日だった。
空気が薄く、世界樹以外にまともな植生もない土地ゆえに、このあたりに巣食う魔物はほとんどいないが、それでも年に数回は魔物がやってくるので、常に見張り役はいる。
その見張り役の一人が、血だらけで里に転がり込んできた。
「ま! 魔物の大軍勢に里が囲まれてる!」
ヒールポーションを使うのも忘れ、見張り役が声を張り上げる。咄嗟にスタンピードが起きたと全員が思ったが、里の総力をあげれば大変ではあってもどうにかなるだろうと、その瞬間は思った。だけれど次の一言で事態は一変する。
「しかも魔族と思われる個体がいる! 現場に残った奴らで時間を稼いでいるが、恐らく長くは保たない! |里長<さとおさ>! 今すぐどうするか決めてくれ!」
広場に飛び出してきた里長が声を荒げた。
「ま、魔族じゃと!? 見間違いではないのか!?」
「ゼブが一瞬で殺されたんだぞ! それにあの異形は魔物なんかじゃない!」
その言葉に全員が絶句する。
ゼブは魔法や錬金術は里でも実力は下の方だったが、そのぶん剣技に長け、里の警備隊長をしていた。そのゼブが一瞬で殺されたなど、にわかには信じがたい。
しかし、彼の必死の表情が冗談などではないことを物語っている。
里長が震える声を押し出した。
「里からの脱出は可能か?」
「無理だろう。完全に囲まれてる。全員で滝に飛び込めばあるいはだが」
「魔物……いや、敵がここまで来るのにどのくらいかかる?」
「どういう訳か、魔物は統制されてる。じっくりと包囲網を押し上げてる感じだった。だからこそギリギリまで気づかなかったんだが……いや、今それを言ってもしかたないな。咎はあとでいくらでも受ける! とにかく敵は三〇分もしないうちに来ると思う」
「時間がなさすぎる。滝側から逃げ出すにも準備が間に合わぬぞ!」
それきり里長が黙り込む。広場で聞いていた里の皆も同じだ。
魔物が統制されている時点で、魔族がいるのは確実だろう。信じられないことだけれど。
余裕があれば後述するが、魔族は滅んだと私たちは結論づけていた。現実はそんなに甘くなかったと、このとき心底思い知らされたが。
沈黙の中、最初に声を上げたのは夫であるメンブアット……ブットだった。
「里長! 老人と女性を隠し研究所に! あそこならわずかにだが食料もある! 残った男たちで魔族を迎え撃つ!」
「なんじゃと!?」
「私たちが敵を打ち破れればそれでよし、例え無理でも生き残った者たちは息を潜めて隠れていれば、奴らもいずれ引くだろう。それまでなんとしても生き延びるんだ!」
私は一緒に戦おうとしたが、抱えている籠で眠る息子を見て、唇を噛みしめるしかなかった。
里長とブットはしばらく言い争っていたが、すでに男たちは覚悟を決めたように、急いで戦支度を始めていく。
私はブットに近寄った。
「ブット……」
「安心しろイェンザ。必ず敵を壊滅させて戻って来る。だが、万が一のときは――」
ブットの言葉を遮って、里長が彼の肩を叩く。
「メンブアット。貴様も一緒に隠れるのだ」
「は!? なにを言っている!? 私はこの里で一番の――!」
「だからこそ、貴様は女どもを守らねばならぬ。皆、それで良いな?」
里長が男衆に視線を巡らせると、彼らは当然だと笑顔で頷いた。
「最初からそのつもりだったぜ」
「里長が言わなかったら、俺から進言してたとこさ」
「里の宝を守る奴はブットしかいねぇだろ」
「うちの女たちはみんな強いが、護衛の一人くらいはいないと困るだろ?」
「それにブットがいれば、地下暮らしが長くなってもなんとかしてくれんだろ」
「女房は任せたぞ、ブット」
彼らは口々にブットが残ることに賛成する。
「だ、だが!」
「これは里長としての命令じゃ。皆の気持ちを酌まぬか!」
「ぐ……」
「それに、どんなことがあってもクラフトだけは守らねばならぬ。それは父親であるお主にしか出来ぬことじゃ」
「そ、それは……」
里長は有無を言わせず、男衆に号令を出した。
「皆! 儂らのことは心配せずに、思いっきり暴れてこられよ!」
「「「おう!!!」」」
私たちが隠し研究所に入ってすぐ、地上で激しい争いが始まった。
そして、地上の争いはすぐに収まる。
里の敗北だった。
◆
ここからは、未来のために記していく。
願わくばこの日記を、私の可愛いクラフトに見つけて欲しい。
もし、これを手に取ったのがクラフト以外の誰かであれば、人類に魔族の警告をしたあと、日記をクラフト・ウォーケンに渡して欲しいと願っています。
以下、伝声管から聞こえた魔族の会話を、後世のため可能な限り正確に記す。
Gがグロウティスと呼ばれていた魔族。Lがルーカス(ルガンドル)と呼ばれていた魔族とする。
言語を使っていたのもこの二人……二匹だけだった。
◆
G「ルガンドル、人間はあと何人いる?」
L「二十一人だな」
G「間違いないのだな?」
L「おう。何十日ここを観察したと思ってるんだよ。それより俺の名前はルーカスに変えたって言ったろ?」
G「人間風の名前に変えるとはな。偽名と別にしておけばいいものを」
L「普段から慣れてないと間違えるんだよ。名前に思い入れなんてねーしな。人間社会に潜り込んでるときに言い間違えたら面倒だろ? あんたも言いやすい名前に変えたらどうだ、グロウティス」
G「人間を見ると、グズグズに潰したくなるから潜入などせん」
L「俺だって似たようなもんだぞ。手足を毟りたくなるぜ」
G「貴様は上手く潜り込んでいる。ベラとか言う女も上手く使っているのだろう?」
L「ありゃあ、やりやすい人間だからな。若返って美しいまま長生きできるなら、魔族でもかまわないんだとよ」
G「人間が我ら魔族となるのか……」
L「魔族の生き残りがほとんどいないんだ。魔族適性があったことに喜べよ。滅多にいないんだぞ」
G「貴様は魔族でもっとも若いからか、柔軟性がある」
L「それ、褒めてる?」
G「さあな、それより早く生き残りを探し出せ。世界樹の呪いに気づいたものを生かしておく訳にはいかんぞ」
L「わーってるって。里を出てないのは確実だから、隠れてるのは間違いねぇよ」
G「本当に人間は狡猾だな。素直に家畜として生きればいいものを」
L「そうやって人間を過小評価しすぎたから、魔術を紋章って形で盗まれて魔族が滅びかけたんだろ?」
G「……ああ。だから今度は時間をかけて人間どもを再び家畜に戻すのだ。ベラを使った計画はどうなっている?」
L「今聞くことかよ……。予定より遅れてる」
G「なんだと?」
L「帝国側の計画に邪魔だから追い出したジャビールが、王国側でも厄介なんだよ。あいつ病気とか薬にやたら詳しいから、時間をかけて隠蔽した呪いくらいしか使えねーんだよ」
G「厄介な」
L「ベラはすでにベイルロード辺境伯の子を二人生んでる。男は9歳くらいだったかな。女は1歳だったか2歳だったか、まだ赤子だな」
G「それがどうした」
L「次代の辺境伯をベラの子に継がせる計画があるだろ。ベラの子……ザイードつったかな、こいつが優秀だからうまくいきそうだぜ」
G「人族は長男に跡を継がせるのではなかったか?」
L「基本的にはな。長男のフラッテンも優秀だがザイードのほうが能力は上だ、フラッテンのほうはそのうち隙を見て呪いを掛けておくさ」
G「ジャビールに見つからぬか?」
L「ベラがジャビールに若返り薬を研究させている。かなり無茶をさせてるから、そのうち隙も生まれるさ。気長に待てよ」
G「本当に厄介なメスだな」
L「どうも辺境伯は能力主義らしいのと、帝国との政治の関係で、なにもしなくてもザイードが跡取りになる可能性は高そうだけどな。だから呪いの方はしばらく様子見するさ。ジャビールに見つかりたくねぇからな」
G「ふむ……ジャビールだけを引き離せないのか?」
L「あー、下手な動きは王国を刺激すると思うぜ。まだ魔族が生き残ってることを人間に知られたくはねーんだろ?」
G「戦力が整うまでは、時期尚早か」
L「そーいうこと。あんたは魔族の中で一番用心深いからな。理解してくれると思ったぜ」
G「ふん。脳筋ばかりで俺だけが苦労する」
L「とにかく、ジャビールをベラのそばから引き剥がすのは無理だな。もっともベラとセットだったからこそ帝国から追い出せた訳だけどよ」
G「では、帝国の方は順調だと?」
L「おう! そっちは任せてくれ! 一〇年ぐらいで国家間戦争を起こしてやるぜ」
G「貴様の一〇年は信用できぬ……」
L「はっはっは! そこは俺も信用できねー!」
G「まあいい。本命が順調であれば、ベラの方は適当にやっておけ」
L「本命の方にもベラは使うんだけどな。ま、最低限ベラを魔族にするのだけはやっておくぜ」
G「うむ。気に食わぬが、魔族不足はいかんともし難い」
L「へいへい」
◆
伝声管から聞こえてきた魔族二匹の会話はここで終わる。
内容は良くわからないが、だいそれた計画を立てているのは明白だった。
この日記がいつ発見されるかわからないけれど、少しでも役に立つことを望む。
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リュウコがそこで読み上げを止める。
全員が言葉一つ発せられない。
要約すれば錬金術師の隠し里に、魔族と魔物が襲撃してきたということだ。
だが、この会話には俺たちにも関係ある内容ばかり。まず、魔族の一人がゴールデンドーンに攻め込んできた帝国を操っていたルーカスである。
これだけでも驚愕だが、二十年も前から計画されていたらしい。魔族の計画どおり進んでたら、一〇年前に戦争が起きていたかもしれないと考えると、震えが止まらなくなる。
怒涛の情報量に、思考がどうやっても追いつかない。
だが、俺は知らなくてはならない。この里が……両親がどうなったかを。
「リュウコ。続きを頼む」
「よろしいのですか?」
「ああ」
「……わかりました。それでは続きを読み上げます」
そして、読み上げは日記の最後まで一気に進んでいくのであった。
8月30日
新刊出ます




