248:想定外を見つけると、思考停止するよなって話
温泉は素晴らしかったが、目的は秘湯探しではない。
とはいえ、スタミナポーションでも抜けきらない疲労が貯まっていたのだろう。この日は結局のんびりしてしまった。時折遠くから聞こえる咆哮は気になったが、こちらに来る様子もないので、素直に宿泊荷馬車で休むことに。
深夜、寝ているところにリリリリーがやって来たのにはびっくりした。
本人曰く夜這いだったらしいが、もったりしたスウェットの上下で来られてもな。正直最初のときの方がよっぽど色っぽかったと思うぞ。
あと、同じ馬車にジタローもいるんだが、問題ないのか?
みたいなことを忠告したら、ショックを受けてフラフラと帰って行ったので、この出来事は俺の中でなかったことになった。
うん。なにもなかったから、リーファンもマイナもエヴァも寝なさい。
なんとか女性陣を追い出し、ようやく眠りにつくことに成功した。
そんなわけで、なにも起きなかったし、問題のなかった一夜が明けた。
朝食を済ませた俺たちは、改めて廃墟となっている集落を探索すること。
土台の跡などから、一〇〇世帯はなかっただろうと予想出来る。
ジタロー、カミーユ、チヨメの三人が構造的なものを徹底的に調べ、俺とジャビール先生、それにエヴァとリーファンの四人が、物質的なものを徹底的に調べることになった。
ペルシアとノブナの二人は、マイナを護衛しつつ交代で周辺警戒。リュウコもさりげなくマイナの近くで雑用をしてくれている。もっともマイナは俺にくっついて来てるけど。
リリリリーは……あっちに行っては叫び、こっちに行っては叫んでるので、自主性に任せることにした。
放置してるだけだとか言うな。自覚はある。
さて、廃墟とは言ったが普通の廃墟とはかなり様子が違う。
良く見る廃村などで例を出すと、半壊した建物が植物で覆われ、草や枝が絡み合い、落ち葉が土となって半ば埋まった状態になっていたりする。
だが、ここは違う。
まず、半壊どころか全壊の建物すらない。あるのは土台のあとくらい。ところどころ残る壁の跡も、執拗に壊されたのか、足首程度の高さしか残っていなかったりする。
そもそも植物がまともに育つ土地ではないので、動植物に荒らされることもない。
雲海よりも標高が高いことを考えると、雨も少ないだろう。主な風化は強風と経年劣化くらいか。
年月が経っているからだろう、燃え跡などはほとんど見つからない。
俺は瓦礫を手に取り、”鑑定”してみると、予想通りの結果が出た。
「錬金硬化岩、だな」
エヴァも鑑定を続けて頷く。
「やはり。これで錬金術師の里だったのはほぼ確定ですね」
「ああ。そして頑丈な硬化岩を使った建物だ。自然災害じゃこうは壊れない」
「魔物の襲撃――」
「とは思っていないんだろ?」
「可能性は限りなく低いと思います」
状況から、自然災害も魔物の襲撃……スタンピードの可能性もないだろう。
ヒントが欲しい。切実に。
「なにを考えたら、ここまで徹底的に破壊するんだ?」
「里に恨みがある人の犯行?」
なるほど、それならつじつまが合うな。里の人間で仲間割れ?
困ったことに三つの中では一番可能性が高い。例えば錬金術師が非道な人体実験をしていたとかだと、被験者がなんらかの方法で里を滅ぼしただけでは飽き足らず、人も建物も研究資料も……。
「あ」
エヴァが俺に向かって片眉を上げた。
「なにか気づきましたか?」
「いや、普通に考えたら、錬金術師の里なんだから、資料とかそういうのがたくさんあるんじゃなかって」
「そうですね。特別な方法で保管していた可能性もありますが」
「死体もないし、単純にここを捨てて移住したんじゃないか?」
「それはありえると思います」
俺の股下を潜って、にゅるっとリリリリーが現れた。
登場のしかた!
「残念ながらその可能性は限りなくナッシング~。世界樹から離れるとは思わんばってん、仮に里を捨てたとして、何人かは魔術師の隠し里に向かうと思うにゃるよ」
「なんで?」
「隠者たちだって、世界樹の研究をしてたんだなもし、もともと仲違いして別れたわけじゃなし、一人も来てない時点で、里を捨てたとは思わんさぁ」
少し弱い気もするが、仮説としては納得できる部分があるな。
「それよりリリリリー」
「なんだっちゃ? ダーリン?」
「エヴァにめっちゃ睨まれてるから、抱きつくのやめて。それにお前、だいぶ無理してるだろ」
「ふぁっ!?」
どうしてわかった!? みたいな顔してるが、顔が真っ赤だからね? 無理してるの丸わかりだから。
エヴァがリリリリーを引っぺがしながら、言葉で一刀両断。
「引きこもりの陰キャが、無理してどうするんですか」
「な、ちょ!? むむむ無理なんてしてにゃーぎゃ!」
「アプローチのしかたが雑なんですよ、全体的に」
「アプローチが雑!? そんな……世界樹研究の権限を最大まで私的利用して、王国中からかき集めた薄い本には……」
「貴女が言ってるのは、古代魔法時代の、個人的創作物のことでしょう? 重要な文献に混ざって出てくる」
「知っているのか、エヴァ!?」
「私も隠者の庭園出身だって忘れてません? 当時は個人で創作するのも普通だったみたいですからね。豊かな時代があったことがわかる貴重な資料ですが……、あれは男性、女性がそれぞれの妄想する願望を怨念レベルで書き連ねてるだけでしょうに」
「妄……想?」
「当然でしょう。今の貴女は創作物を本気にして、実行している痛い人になってるんですよ」
「な……な!?」
「多感なる十四歳病って奴ですね。紋章もないのに「俺の左腕に眠る邪竜が目覚める!」とか「我が右目を開いたとき、貴様は呪われるのだ! この忌々しい邪眼によってな!」とか騒いでる子供と一緒ですよ」
「にょわあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
あ、リリリリーが全力で走り去っていった。気持ちはわかるが。
俺にもちょっぴりそういう時期があったのを思い出して、胸がクッソ痛いんだが。多感なる十四歳病って言うのか……。
俺が飛び火で戦慄していると、エヴァが冷ややかな視線を向けてくる。
「あれは、単純にパトロンが欲しいだけですから。勘違いしないでくださいね」
「お、おう」
なるほど。結婚したいじゃなくて、パトロンが欲しいってことだったのか。素直にそう言えばいいのに。
「それよりも、瓦礫を見てください。かなり徹底的に焼かれたのだと思います」
「そうだな。木材がほとんど使われていなかったみたいだから、焦げ跡は少ないが、所々にその痕跡がある」
「当時どのような生活をしていたのかはわかりませんが、環境的に木材の入手は難しかったと思います。事故による火災で里が全損した可能性はないでしょう」
「ああ。そしてそんな里が炎に包まれたということは……」
「はい。強力な魔法としか考えられません。炎系の魔物という可能性は残りますが」
「里の破壊具合から、その可能性は限りなく低いだろうな」
「はい」
錬金術師を敵視する勢力がある。
やはりそれが一番可能性が高そうだな。
「そうなると、ある程度でここの探索は切り上げて、世界樹を探すのを優先したほうが良さそうだな」
「そうですね。滝の上……山頂になにかあるのは確実でしょうし」
「世界樹があるのか、魔物がいるのか、はたまたその両方か」
「魔物は確実でしょう」
時折聞こえる咆哮は山頂方面から聞こえてくるからな。
「それより、ここらで丈夫な部屋を作って、転移門を設置するべきかもしれない」
「ああ、マイナ様だけでも王国に戻すべきですものね」
さすがに、ヤバそうな魔物がいるのがわかっている場所にマイナは連れて行けないからな。
状況によっては、ヴァンに援軍を頼める。
まぁ、このメンバーで倒せない魔物とか考えたくもないが。
熱心に調べ物に集中していたジャビール先生が顔を上げた。
「それならば、私も一緒に戻りたいんじゃがのう」
「先生がいてくれるだけで、百人力なんですが」
「私は戦闘ではなんの役にもたっておらんかったのじゃ!」
「たってますよ! 立ってるだけで!」
「それを役立たずと言うのじゃあ!」
「クラフトさんは、ジャビール先生のことになると、ときどきおかしくなりますね」
「まったくなのじゃ。役立たずなだけならまだしも、どう考えても足手まといじゃろうに」
「そんなことはないと思いますよ? 錬金薬を持って、うしろで控えてくれている安心感はとても大きいですから」
「だよな!」
「クラフトさんは黙っていてください」
「あ、はい」
「さすがにこれは大げさですが、普段の戦闘では心強いですよ」
「そ、そうかの?」
もじもじと照れる先生が可愛い。
「とはいえ、強敵と戦う可能性が高いですからね。避難していただくのはありだと思います。こちらとしては、離れた場所で待機してもらったら嬉しいのですが」
「ふむ、離れた場所で待機か。考えておくのじゃ」
「ありがとうございます」
さすがエヴァ! 先生の偉大さを良くわかってる!
「とりあえず、どこに転移門を設置するか決めないと――」
辺りを見渡そうとしたタイミングで、ジタローが飛び上がりながら叫んだ。
「地下室を見つけたっすよ! 隠し部屋っす!」
「なんだと!?」
俺たちは慌てて集まる。
残った土台跡から、大きめな建物の地下のようだ。錬金硬化岩で作られた床に、同じく錬金硬化岩で作られた蓋。間違いなく隠し部屋だ。
これはなにか残っているかもと期待して、蓋をどかしたのだが……。
「あー。ここも焼かれてるっすね」
ジタローが頭を掻く横で、チヨメが慎重に中を確認していく。
「罠とかはなさそうナリよ。結構広いナリね」
「お宝があると聞いて!」
ダンジョンに潜るような動きをしていた俺たちを無視して、リリリリーが地下室に飛び込んでしまった。
「のっぉおおおおお! 全部焼けてるじゃけん! 絶対資料があったはずばってん!」
リリリリーのおかげで、中に危険な物はないことがわかったので、俺たちも中に足を踏み入れる。
「ふむ。ここも徹底的に焼かれておるが、風雨にされされてなかったから、ある程度残留物があるようなのじゃ」
「これは……ガラスが溶けた塊かな?」
「錬金術の実験道具じゃろうな」
俺と先生が焼け残っている物体を丁寧に確認していく。外と違って、ある程度形がわかるものが散乱しているおかげで、ここがどんな場所なのか予想がつきそうだ。
エヴァが残念そうに、なにかの切れ端を手に取る。
「これは焼け残った紙のようですね。おそらく分厚い本だったのでしょう」
「大量の本があったみたいだな」
「ええ。おそらく貴重な本を集めていた隠し部屋かなにかだったのでしょうね」
「うむ。さらに錬金術の研究もしていたようなのじゃ。貴重な研究をしていた場所じゃろうな」
「錬金術師の里で、さらに隠されていた研究室か……さぞかし凄い研究をしていたんだろうな」
「それが焼けているとは……まったくもって残念なのじゃ」
隠し部屋まで焼かれていることから、魔物の仕業という可能性は消えたな。どう考えても悪意しか感じない。
俺たちは、なんとか焼け残っている物がないかと、時間を掛けて探してみたが、炭と灰しか見つからなかった。
そんな中、壁や床などを調べていたリーファンが、目を見開いて声を震わせる。
「え? なにこれ?」
「どうした、リーファン?」
「ここ……え? なんで?」
驚愕の表情を浮かべ、混乱しているリーファンの言葉は支離滅裂だ。どうやら床の一箇所を注目しているらしい。
「なにがあるんだ?」
俺もそこを覗き込んでみる。
「……え?」
床のブロックに小さく小さく文字が刻まれていた。よほど注意していなければ気づかないほど小さな文字だ。おそらく針かなにかで削るように書いたのだろう。
問題はその方法ではなく、文字そのもの。
他のメンバーも覗き込んで、目を見開く。
「これ、どういうことっすか?」
「ちょっと待ってください。これって……」
「驚いたナリよ」
「こんなことがありえるのか? いや、可能性としてはありえるのじゃ……」
全員が呆然としながらも、俺に顔を向ける。それはそうだろう。
俺はそこに書かれていた文字を、もう一度ゆっくりと読み直す。
「クラフト……ウォーケン」
俺の名前だった。
―― 第八章完 ――
第八章完結!
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