246:トラブルなんて、後回しにしたいよなって話
俺の馬に同乗しているマイナが、ポツリと呟く。
「綺麗……」
俺たちの目の前には、巨大な瀑布が、水しぶきを上げていた。
音も凄いのだが、不思議と不快と感じない。むしろ身体を震わす爆音が身体を癒やしてくれるかのようだ。
ノブナの駆る二足鳥に同乗していたエヴァが、周囲を見渡す。
山脈に入ってから荷馬車を牽くのはあきらめ、移動時は全員二人乗りで移動していた。だからこそ、ペルシアの独壇場だったわけだが……。
エヴァが二足鳥から下りて、滝壺周辺の土を手に取る。
「この周囲は少しですが植物がありますね。やはり、この水源にはかなりの栄養素が含まれてると思います。酸素が薄いこの標高で育つレベルですから」
この辺りはすでに、カイルの父ちゃんがワイバーンで近づけなかった地域である。
さらにいえば、その探索地域のほぼ真ん中に位置していた。
そんなところに、栄養素たっぷりの大瀑布があったんだから、目的である錬金術師の隠し里に関係していると考えるべきだろう。
巻き上がる水しぶきで水浸しになりそうな気もするが、平坦な地面があることもあり、ここで一泊することになった。
ペルシアのテバサキ号に同乗して……させられていたジャビール先生がぐったりと、地面にへたり込む。
「ううう……獣騎兵持ちに同乗するのが一番安全だと思っていた、過去の自分を殴り飛ばしに行きたいのじゃ……」
ゆっくりと立ち上がり、幽鬼のようにふらふらと宿泊荷馬車に吸い込まれていった。
そういえば、馬車移動を諦めたとき、先生が真っ先にペルシアとの同乗を志願したんだったよな。普段のポンコツぶりを知ってれば、少しくらい警戒しただろうに……。
先生とは正反対に、元気なのがジタローである。
「うっひょー! 凄いっすね! 上が見えないっすよ!」
瀑布を見上げてはしゃいでいる。たしかにどれだけの高さか良くわからないな。
「ジタローとカミーユ。この辺りに隠し里があると思うか?」
ポニーのスーパージェット号に同乗していた二人に声を掛ける。
「「滝の裏」っすね!」
二人の声が(前半だけ)重なる。
「確かに! 隠された財宝や洞窟はやっぱり滝の裏だよな!」
思わず俺も興奮してしまう。そんな俺に満足げに頷く二人。
「クラフトはわかってる。滝裏はロマン」
「海賊の財宝は定番っすよ!」
「さすがに山奥に海賊はねーんじゃね?」
妙に盛り上がる俺たち三人を、冷静に見つめるなん対かの瞳。
リーファン。
「ジタローさんはともかく、クラフト君もまだまだ子供だよねぇ。食事の支度でもしとこっと」
マリリン。
「男の子のそういうところって、可愛いと思いますよぉ~」
ノブナ。
「ふ、ふん。ま、まだまだ子供なのよ」
チヨメ。
「ノブナ様、無理せずに混ざってきていいナリよ?」
ペルシア。
「マイナ様はこちらで休憩いたしましょう!」
マイナ。
「う……ううー」
リュウコ。
「マイナ様。混ざりたい気持ちはわかりますが、休憩したほうがよろしいかと思います。お茶を煎れましょう」
リリリリー。
「限界でしゅぅぅぅ……。なんでみんな元気なんすか。ううう、クラフト殿にくっついて、惚れさせる計画が……うっぷ……」
若干名、こちらに混ざりたそうなやつもいたが、気づかなかったことにして、俺たち三人は、意気揚々と滝に近づいていった。
どどどどどどどどどど。
俺たちは流された。
いや、滝にわずかに服が触れただけで水流に巻き込まれ、そのまま滝壺の奥深くまで一気に押し込まれるとは思ってなかったよ。
とんでもない水圧で、一瞬で肺が潰れ、中の空気が押し出される。
身体に力が入らず、滝壺の底で攪拌されて続け、意識が朦朧としていくなか、最後に見たのが水着姿のノブナとチヨメだった。
「へっくしょい!」
俺とジタロー。さらにカミーユの三人が盛大にくしゃみをした。
三人とも裸の上に毛布をまとい、たき火に当たっている。
助けてくれたノブナとチヨメも、水着に毛布を被って火に当たっているが、肺に水が入り込んだ俺たちと比べると、体温低下などにはなっていないようだ。
料理をしていて、状況を飲み込めていなかったリーファンが、俺や見ていた人の話を聞いて、呆れたようにため息を吐く。
「つまり、滝に向かって「わー!」って近づいたら、水流に飲み込まれて、そのまま溺れたわけね。それに気づいたノブナさんとチヨメさんが助けてくれたわけだ。……二人ともなんで水着だったのかな?」
ノブナが首をくいっと水だまりに向けた。
「水浴びと水練をするつもりだったのよ」
チヨメが俺たちに視線を寄こす。
「なんか起こる予感がしたナリよ」
はい! はしゃいでいてすみませんでした!
思い返すと、めっちゃガキムーブしてて、赤面しかない。
滝裏に通路があるに違いない! って言いながら、足場も隙間もないのに、脇から滝の隙間に潜り込もうとした俺たちが悪い。
さらにエヴァが追い打ちを掛けてきた。
「考え得る全ての魔法で、周辺を走査してみましたが、隠し通路や空洞などは見つかりませんね。探しているのが錬金術師の里ですから、特殊な方法で隠されている可能性はありますが……」
最後に俺たちをフォローするかのような付け加え!
うん。ここにはなにもないって確信してる人の顔だよそれ!
もちろん、可能性が消えたわけじゃないけど……。
エヴァが申し訳なさそうに続けた。
「なにかあるにしても、滝の上だと思います」
リーファンも頷く。
「だよねぇ」
うん! わかってた! 下になにもなければ、上だよな! 単純なことだよちくしょう!
そもそも世界樹の影すらないしな!
皆、口にしないが、栄養のある水脈と聞いて、そこになにがあるのか想像しているのだろう。俺たちが切望する世界樹があるに違いないと。
しかし現状では都合の良い想像……いや、妄想でしかなく、口にしてしまったら、希望を持ってしまう。なにもなかったときのことを考えると、怖くてとても相談する気にならない。おそらく皆も同じようなものだろう。
だから、むしろこの場所が終点ではないことを喜ぶべきなのかもしれない。
……が。
「どうやって登ろう、この高さ……」
滝の上層は雲がかかっており、どこまで続いてるのか全く見えず、想像も出来ない。
「そもそも、この山脈はいったいどれだけの標高があるんだよ、ちくしょう」
そこにペルシアがやってきた。
「今までどおり、崖際を登っていけばいいだけだろう? 直角には登れぬから、かなり遠回りしながらになるがな!」
それが一番確実だろうことは気づいていた。でも口にしたくなかったんだよ! 確定しちゃうから!
楽に登れる代案求む!
……。
誰もなにもなかった。むしろ錬金術でどうにかしろって詰め寄られてしまう。
残念ながら俺の貧相な想像力では、対応できそうな錬金はなにも思いつかなかった。
最後の休息とばかりに、この場所で二泊ほどゆっくりした。そのあいだ今度は真面目にジタローとカミーユと一緒に、周囲の探索をしたが、特に変わったものは見つからなかった。
そうして、再び地獄の登山を再開するのであった。
いや、基本的にはペルシアの指揮する馬に乗ってるだけなんだけどさ……、果たしてこれが楽なのかキツかったのか判別つきかねるが、旅路自体は順調に進んでいく。
ようやく。とうとう。やっとのことで。
大瀑布の上にたどり着いた。
そこには里があった。
結構広い範囲だろう。よくぞこんな標高の土地に大きな里を作ったと感心したい。
問題があるとすれば「里があった」ことだろう。
つまり。
「廃墟だな」
それも、徹底的に破壊されたと思われる里だった。ところどころに残る土台などで、かろうじて、なにか建っていたのだろうと判別できる。
里の中央に滝の水源となっている深い川が縦断していた。
下流側はもちろん大瀑布につながっているが、滝の水量から考えて、川の水量だけではあの瀑布とはならない。おそらく地下水などが複雑に絡まっているのだと思うが、魔法的なことも考えられる。
そして川の上流側は、里の奥側につながっており、そこには切り立った崖があった。もちろんここも滝になっており、川に落ちているが、水量は常識の範囲である。妙に水しぶきが大きいことが少し気になるが。
また崖かと言いたくなるが、今度は終わりが見えている。二〇〇メートルはないだろう。
言ってしまえば、一〇段重ねのケーキの最上段。一番上の小さな土台だろう。
滝の上部を見上げながら、皆の気持ちは一緒だ。
「……あるな」
「見えないけど、あるね」
「絶対あるっすよ!」
「予感がするのじゃ。この上にあるのじゃと」
「楽しみなのよ!」
「ようやく終わりが見えてきたナリね」
「あのー。まずはこの跡地から調べるばってん……聞いてるんご?」
「また……崖……」
「大丈夫です。今度も安全にお運びいたしますから!」
「普通に考えたら、いると思います」
「これでなにもなかったら笑う。まぁいるだろうけど」
「笑えないですよぉ~」
「食事の支度を始めます」
……。全員同じ思いって言ったら同じなの!
そう!
この先に世界樹があると!
リーファンがくるりと振り向く。
「クラフト君。この辺に宿泊荷馬車を出して。それから食材も」
「あ、はい」
「今日はゆっくり休んで、明日この廃墟を探索でいいよね?」
「いいと思います」
「あ、ジタローさんとカミーユさんとチヨメさんは、安全確認だけお願いね」
「うぃっす!」
「任された」
「了解ナリよ」
旅のあいだに確立したルーティンを、淡々とこなしていくパーティーメンバー。
錬金術師の里(予想)が廃墟だった悲しみや、世界樹を見つけた(見つけてない)喜びより、日常を選んじゃうの?
「えっとね、クラフト君と一緒にいると、大概驚くことばっかりだから、慣れっこになっちゃってるんだよ。色々とはっきりしたら、また違うよ」
「お、おう」
あれー!?
これって俺のせいなの!?
納得いかなくて呆然としていると、滝の方からノブナの大声が届いた。
「やっぱり! これ温泉なのよ! もともと露天風呂だったのよ!」
「微かに硫黄の香りがしたからもしかしてと思ったナリよ」
「破壊されててわかりにくいけど、たぶんもともと温泉施設だったのは間違いなさそうね」
「みんなで入るナリよ!」
ノブナとチヨメの楽しそうな会話を聞きながら、あの滝は温泉だったのかと納得した。
辛うじて山頂っぽいところは確認出来たが、高さの割に妙に煙ってたからなぁ。
みんなマイペースだぜ。
こうして目的地らしきところに到着したわけだが、みんなが各々に好き勝手やってるのには理由がある。
直視したくない問題が二つもあるからだ。
一つは、里らしき場所が廃墟なこと。
これはまぁ、いいさ。そういうこともある。
凄い錬金術師に会ってみたかったが、これはしょうがない。
最大の目的である世界樹が見つかれば、ミッションはクリアーだからな。
問題は、もう一つのほうだ。
滝の上流、最後の土台の奥から、わずかに聞こえる獣の咆哮。
うん。距離を考えると、とんでもない音量。
そして微かに聞こえるだけなのに、そいつの計り知れない力を感じてしまうほどだ。
つまり、なんかいる。やべーのが。
気づいてる奴もいたかもしれないな。いや、一部は絶対に気づいてたって!
みんな! 目を逸らすな!
どうせ絶対に戦うことになるって!
ジタローがテントを組み立てながら背中で語る。
「だから、それまでに休息と探索を終えたいんじゃないっすかぁー」
「な、なるほど」
つまり、俺の所業のせいでみんなが落ち着いてたわけじゃない! 俺、ワルクナイ!
「それはそれじゃないっすか?」
「うるせー!」
こうして、俺たちは、錬金術師の里に到着したのであった。
「魔物からは目を逸らして、休憩から始めるっすよー」
「いいのかなぁ、それで……」




