243:頭の良さと、性格って一致しないんだなって話
ヴァンの視線が、だらしない格好の女に向く。
「ぐふふふふふ。小生、憧れのジャビール殿と一緒にいられる機会を逃すわけがないでごんすよ」
実は先ほどから、ジャビール先生にひっついている奴がいる。変態魔術師のリリリリーだ。なんでこいつが一緒にいるかと言えば、世界樹の研究者であり、錬金術師の隠し里を調べていた研究者でもあるからだ。
パラディオ老にぜひ連れて行って欲しいと頼まれたのだが、厄介払いじゃないよね?
親切だと思いたい。
そんなわけで、現在リリリリーはパーティーメンバーとして一緒に行動している。
最初はお断りしようかとも思ったのだが。
「小生を連れて行くとお得なりよ! なんでもするから連れて行って欲しいんご!」
と駄々をこねられたのでしかたなく連れてきている。
ヴァンが胡散臭そうな視線をリリリリーに向けるが、俺たちの諦め顔に気づき、一人納得していた。
「まぁいい。お前たちが必要だと思えば連れて行け。問題はマイナだが……」
そう。
ここからは旅路の難度が大幅に上がる。置いていきたいのが本音なのだが、本人は絶対に認めないだろうな。
「転移門はもう一つ用意してあるんだろ? やばそうなら即座に設置して、マイナだけで戻せ。こちら側の門には精鋭を置いておこう」
「それしかないか」
普通に考えたら子供を連れて行くような旅じゃないんだけどな。それでも今までの旅路は、一応王国の主張する領土内であり、ある程度の地形は把握できていた。
巨大な森があるとか、海があるとか、火山があるとか、その程度ではあるが、少しは危険が予測できる状態だったからな。
今度は歩くのすら困難になる可能性が高い。
早々に根を上げてくれれば、逆に送り返せるかもしれない。冒険者すら根を上げる山脈だからな。馬車を使うのも無理だ。
俺はヴァンに向かって、両手を肩の高さまで持ち上げて見せる。
「馬車も使えない旅になる。しばらくしたらマイナだけ戻ることになるだろうさ」
「それもそうか」
いくら学園で鍛え始めたとはいえ、所詮は貴族のお嬢様なのだ。断崖絶壁のいつ崩れるかもわからぬ、細い足場を進むなど無理だろう。
俺とヴァンはそう判断して、マイナも連れて行くことにしたのだが、まさかポンコツがやらかすとはこの時点で想像もしてなかったよ!
そんな感じでメンバーや、ルートを煮詰めていたのだが、そこにリリリリーが割り込んできた。
「ワイバーンも近寄らない地域に行くのは賛成なりよ。可能性が高いと思うじゃけん」
ヴァンが目を細める。
「どうしてそう思う?」
「錬金術師が隠し里に選んだ場所なら、ほぼ確実に世界樹があると推測できるでごんす。つまり、洞窟などを住処にしていないと思うんご」
「ふむ……なるほど、正論だな」
「険しい山脈の中央部なら、地上からはよほど近づかないと見つけられないことを考えると、空から見つけられなかった地点は第一候補なりよ」
なるほど、鋭い指摘だ。性格も服装もあれだが、パラディオが推薦する程度に頭はいいらしい。
「仮に世界樹以外の住居が洞窟だと仮定したとするばい、山脈の標高を考えたら、ほとんどの植生はないはずじゃけん、世界樹だけがポツンと存在している可能性が高いニャー」
……唐突の猫語尾に、内容が頭に入りにくいが、山脈の大部分は空気が薄いから、植物は生えていないわけで、そんなところに植物があれば目立つだろうって話のようだ。
今まで見つけた変質した世界樹は、それなりの大きさだったらしいから、リリリリーの探し方なら見つかる可能性が高い。
少し気になるのは、湿地帯で見た黒い植物なんだよな。
ヒュドラの主を倒したあと、レイドックや冒険者が探しに行ったが、綺麗さっぱり消えていたあれ。
レイドック曰く、コカトリス、ヒュドラ、探索で見つけて採取した三つの黒い植物に、統一性がないという。
鑑定できたのは、レイドックが探索で見つけてきたものだけ。
そしてそれが、変質した世界樹であった。
……そう、他の黒い植物も変質した世界樹だとしたら。
この件に関しては、ジャビール先生と何度か議論したが、答えは出ていない。
俺は先生が夢中で読んでいる資料を引っぺがし、睨まれるのを我慢して質問した。
「先生は変質した世界樹と、他の場所で見つかった黒い植物は同質のものだと思いますか?」
ジャビール先生が片眉を持ち上げる。
「断言はできぬ。もし黒い植物が世界樹……の変質したものだとすると、厄介な想像しかできなくなるのじゃ」
「ですよねぇ」
俺と先生が向き合って、深いため息を吐いていると、リリリリーが無理矢理割り込んできた。
「質問質問質問! 黒い植物ってなんじゃらほい!」
そういや、手持ちの黒世界樹は見せたが、その話はしてなかった。
「簡単にいうと、変質した世界樹以外に、真っ黒な植物を見たことがある。残念ながら、採取も鑑定もできてない」
リリリリーが大げさにアゴに手をやる。
「ほほう!?」
オーバーリアクションな奴だぜ。
「問題は、その黒い植物に、植生的な共通点がなかったんだよ。一つなんてマングローブがそのまま黒くなってたし」
そこでリリリリーの動きが止まる。
「それ……もしかして超厄介な仮説が立ったりするんごよ」
さすがだ。この厄介さに一瞬で気づくあたり、やはり優秀なのだろう。人格と能力は比例しないもんなのかね?
リリリリーが震える声で絞り出す。
「もし、世界樹という草木はなく、”世界樹”という”属性”を持っている植物を指すのだとしたらべっちゃら」
そうなのだ。
世界樹属性を持ったとき、光るとか黒くなるとかの特徴があれば、まだ探しやすいのだが、黒くなってるのはどう考えても変質してるからだろうしなぁ。正常のときは、他の植物と見分けがつかなかったら……。
そこで先生がなにかに気がつく。
「ふむ……もしかしたら、過去の錬金術師たちが世界樹に気づいたのは、まわりに植生がなかったからかもしれんのじゃ」
リリリリーが即座に食いつく。
「ああ! 本来その場所に芽吹く訳のない植物を見つけて調べたと!」
「うむ。どちらにせよ、植物の変質であろうと、採取したサンプルと同じ形であっても、山岳に植物があれば、片っ端から調べていけば良かろう」
「さすがじゃけん! ジャビール大先生!」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
満足げに頷いている先生を見て、なんかこう、リリリリーを睨みたくなった。
不思議だね。
そんなやりとりを面白そうにニヤニヤと眺めていたヴァンが軽く手を振る。
「貴様らの考察はわかった。山脈に世界樹があれば、見つけられる可能性が高いのだな」
先生とリリリリーはそのまま研究資料をひっくり返していて、ヴァンに気づく様子がなかったので、代わりに俺が答える。
「そういうことになるな。ついでに錬金術師の里も見つかれば、色々と話が聞けそうだ」
「ふん。お前たちのことだからな。里と無駄に揉めそうな気がするぞ」
「ジタローじゃないんだから、変なフラグを立てないでくれ」
変なフラグを立てられつつ、俺たちは出立した。




