240:突然伝説の品を出されても、混乱するよなって話
コミカライズ版「冒険者をクビになったので、錬金術師として出直します!」6巻
本日発売!
俺たちは、魔術師の隠し里、隠者たちに今までの経緯を語った。
魔族に騙され、帝国が攻めてきたこと。領主であるカイル仮死状態であること。
その復活に世界樹の葉(健康)が必要なことを。
隠者たちが黙りこくる中、変態……もとい、リリリリーが叫ぶ。
「なら、錬金術師の隠し里を探すんごよ!」
「え?」
「小生が興味を持ったのは二つあるけん。一つは希代の錬金術師ジャビール・ハルヤンなのじゃ! 三大国の壁をぶち壊すように提案した学会! 農業技術! 奇跡のような治療薬! 最近王国では新たな技術を発表されたときいておじゃるが、なかなか手に入らないなりよ……」
話が脱線し始めたところで、パラディオが遮るように咳払い。うん。扱い方を良くわかってらっしゃる。
もっとも、俺たちといえば、全員でジャビール先生に顔を向けていたわけだが。
あ、わりとまんざらでもない表情してるや。
リリリリーのことはただの変態だと思っていたが、意外と優秀なのかもしれない。
「げふんげふん。小生が興味を持ったもう一つは、当然世界樹さー。隠者しか読めない文献を忍び込んで調べたり、王国にいるわずかな工作員に、限界まで調べさせたりした結果!」
おい、凄いこと口走ってるぞ。
パラディオが額を押さえているところを見ると、すでに周知の問題なのだろう。彼らからしたら羞恥の問題かもしれんが。
うん。細かいことは聞き流したほうが良さそうだ。
「世界樹は存在するんご」
「本当か!?」
「どうも、この里は大昔、錬金術師の里と交流があったっぽいのじゃよ。まだ人類が滅びかけてた頃の話やねんけどな」
すると、今度はジャビール先生が机に身を乗り出した。
「なんじゃと!? ではやはり本当に錬金術師の里はあったのじゃな!?」
「あった……のか、今も存在してるのかはわからないんご。でも、この魔術師の里も生き残ってるんだから、錬金術師の里が残っても不思議じゃなかろ?」
「その通りじゃな。しかし、それと世界樹がどうつながるのじゃ?」
「どうも、錬金術師の里で世界樹の研究をしていたらしき文献があるけん。暗号と古い文字で正確にはわからないなりが」
「私に見せて欲しいのじゃ!」
「ははは、いくらエヴァの連れてきた人でも、隠者でもない人間に、里の宝を見せるわけないっしょ。それこそジャビール様でもない限りはね」
そこで先生が「あー……」とバツが悪そうに頭を掻き始める。
「自己紹介が遅れたのじゃ。私はジャビール・ハルヤン。そこのバカ弟子クラフトの師匠なのじゃ」
「今すぐ資料をお持ちいたしまする!」
弾けたみたいに立ち上がったリリリリーに、パラディオが一喝。
「少しは落ち着かぬかぁ!」
……。
とりあえず、資料は見せてもらえそうだな。うん。結果オーライってことで。
◆
話し合っていた部屋の隅に、大量の資料をリリリリーが積み上げた。
ジャビール先生が飛びついて、さっそく読みあさるあたり、研究畑の人間なんだよな。
そして、リリリリーが忠実な助手のように付き添っている。
エヴァが疲れたように、パラディオに確認する。
「放っておいていいんですか?」
「しばらく好きにさせておこう、リリリリーの研究成果はだいたい把握している」
そりゃそうか。
どうやら隠者の顧問研究員みたいな立場っぽいからな、あの変態。
エヴァが頷く。
「それで、錬金術師の里に世界樹があるんですね?」
「リリリリーは断言していたが、可能性の話だな。元々魔術師たちと錬金術師たちは同じ場所か近くで活動していた可能性が高い」
「では、錬金術師の里も近いと?」
「いや、どうもなんらかの事情で離れたようだ。あのヘンタ……リリリリーは、錬金術師は世界樹を見つけてそこに移り住んだと断言しているが……、思い込みの激しい娘だからな」
ああ、うん。出会ってそんなに経ってないけど、凄くわかるよ。
エヴァが変態からパラディオに顔を向き直す。
「師匠側で探していないのですか?」
「何度か探索チームを出したが、成果はない」
「場所に関する情報はないのですか?」
「ない。古い資料の暗号解析が進めば……」
パラディオがチラリと資料の山に目をやると、ジャビール先生が食い入るように資料を読みあさり、リリリリーが阿吽の呼吸で本を渡していた。
先生の読みたい物を先読みできるんだから、優秀なのはわかったが……なんだろう。モヤモヤする。
俺がちょっとした嫉妬を覚えていると、先生が勢いよく立ち上がった。
「北じゃ! いや、北西じゃ! 北西にある前人未踏の山脈に向かったと書いてあるのじゃ!」
リリリリーが恍惚の表情を浮かべ、両手を合わせてジャビール先生を崇める。
「もう解読できたんご!?」
「昔見つけた、農業技術の載った古文書に使われていた暗号と似ていたのじゃよ」」
北西にある前人未踏の山脈?
「それって、王国と帝国を分断している山脈なんじゃありませんか? 基本的にワイバーンでもない限り、山越えもできないですし」
いちおう、王国と帝国を結ぶ道もあるらしいが、恐ろしいほどの難所らしいからな。山脈の広さを考えたら、ほとんどは誰も踏み入ったことはないだろうし。たしかにあの山脈のどこかに村や町があっても、誰にも見つけられないだろう。
ん? ワイバーン?
俺は先生に耳打ちする。
「もしかして、カイルの父親、ベイルロード辺境伯ならなにか知ってないですかね?」
「ふむ。望みは薄いが可能性はあるのじゃ」
よし。
「えっと、隠者の皆さんでいいのかな? 提案があります」
パラディオが片眉を上げて、先を促す。
「ここ、隠者の庭園とゴールデンドーンを転移門でつなぎませんか!」
阿鼻叫喚の大騒ぎになった。
◆
「クラフト君。正座」
「はい……」
割り当てられた宿泊施設に戻ると、リーファンによって、真っ先に正座をさせられた。
そしてナチュラルに膝に載るマイナ。
うん。とても足が辛い……。
「なんで相談もなく、あんな爆弾発言するのかな?」
「あー……転移門は俺たちの判断で設置していいって、ヴァンに言われてたから。ここは孤島だし、色々便利かなーって」
「うんうん。確かに便利だと思うよ? でもね。そういう話じゃないってわかってる?」
リーファン様が静かに怒ってらっしゃる。
「私たちの判断で設置していいだったよね? クラフト君がリーダーだから、独断しても文句はないんだけどさ、せめて相談くらいして欲しかったかなぁ?」
「ごめんなさい」
確かに思いつきをそのままポロッと口に出したのは良くなかったな。反省。
「それはそれとして、みんなは反対か?」
リーファンが腕を組んでうーんと唸る。
「隠者の庭園がどういう反応するかが懸念かな。隠し里に提案するには刺激的すぎると思うかな」
武士装束のノブナが、興味なさげにソファーに身を投げた。
「こそこそ生きるより、堂々と生きた方がいいに決まってるのよ」
さすがミズホのサムライの意見だな。チヨメも似たような感じだ。
ジャビール先生にも確認したいところだが、彼女は資料の山から離れない。ちなみにリリリリーは引き離されている。
ジタローに目を向ける。
「おいらは賛成っすよ。南国フルーツ美味しいっすから」
賛成理由が酷すぎる!
まぁいいか。
「ペルシアはどう思う?」
壁にもたれ掛かって腕を組んでいたペルシア。
「政治的にはもう少し議論すべきところだろうが、陛下が一任くださっているのだ。我らの判断で問題ないとは思う。そもそも陛下は最初から魔術師の隠し里は候補に入っていたのではないか?」
なるほど。言われてみればその通りだ。意外と抜け目のないヴァンがその程度を予想してないわけがない。
鋭いな、ペルシア! 普段はポンコツなのに!
「なんぞ失礼なことを考えてないか?」
「滅相もありません! とても参考になります!」
お願いだから、カチンカチンと鍔を鳴らさないで!
とっとと話を逸らさねば。
「カミーユとマリリンはどうだ?」
飲み物を飲んでいた二人がこちらに顔を向ける。
「私は賛成」
「私もです~。いつでも里帰りできるのは悪くないですよねぇ~」
「マリリンは里を気に入ってたの?」
「男性の目は慣れませんが~、友達はいますから~」
ふむ。二人は賛成か。
多数決ならすでに過半数だが。
俺は一番大事な人間に確認する。
「エヴァはどう考える?」
それまで無言でみんなの意見を聞いていたエヴァが、改めてイスに座り直した。
「里の出方次第というリーファンさんの意見に賛成ですが、おそらく向こうから頼んでくると思いますよ」
「その心は?」
「私たち姉妹がいないあいだに、ずいぶんと情報開示がされているようです。外の情報が増えれば住民の意見なんて予想できますよ。むしろ安全に外の世界に行ける手段が確立できるのですから、最終的には転移門の設置に意見は傾くと思いますよ。それに……」
「他にもあるのか?」
「単純に研究畑の魔術師という生き物が、転移門なんて出されたら、断れるわけがありません。今頃むこうも大荒れでしょうが、結論は見えています」
「好奇心が勝ると」
「はい。私個人も、王国というか、ゴールデンドーンと共同研究するほうがいいと思いますし」
これでほぼ全員賛成か。リュウコは俺に従うだろうし、念のためマイナにも聞いておくか。
「マイナはどう思う?」
「お魚美味しい」
賛成のようだ。
……ジタローから悪影響を受けてないか?
まぁいいや。
俺はリーファンに再び顔を向けた。
「事後確認になっちまったが、全員賛成のようだ」
「うん。それはわかったけど……せめてパラディオさんとかに個別で相談したかったよ」
「悪かったって。でも話は早く進みそうだろ?」
「里の人に大混乱を巻き起こしておいて言う言葉じゃないかな?」
「う……」
こうして全員の意思確認が終わり、さらに次の日。
パラディオがバンガローに訪れた。
「こちらの話し合いが終わった。改めて全員で集まりたい」




