237:初めての土地って、いろいろ食べたいよなって話
とりあえず、今夜はゆっくり休んで欲しいと、椰子の木で作られたバンガローを二つあてがわれ、そこで宿泊することになった。
だが、俺たちが来たことでお祭り騒ぎになっている状態の里を無視できるわけもなく、俺たちは屋台の並ぶ大通りに繰り出している。
ちなみにパラディオ老とは、明日会うことにし、別れていた。
俺はマイナと手を繋いで歩く。迷子にならないようにそうするべきだとリュウコが意見してくれたからだ。
マイナの反対側には、道案内を買って出てくれたエヴァが並んでいる。
そしてペルシアが数歩後ろをついていた。ご機嫌なマイナを見て、こいつもご機嫌のようである。
もちろん影のようにリュウコも付き従っていた。
ジャビール先生はお疲れで、すでにご就寝である。一人にするのは心配だったが、結界を張ったらしいので大丈夫だろう。
「あれ? そういえばカミーユとマリリンは?」
「二人は友達に会いに行きましたよ」
「ああ、そりゃあ友達くらいいるよな。エヴァはいいのか?」
そっと目をそらすエヴァ。
「私は魔術師としての修行が忙しかったもので……」
「お、おう」
「それに! 貴方たちを放逐したら、なにがあるかわからないではないですか!」
「そんなに信用ないかな?」
「あれを見てもそう言えますか?」
彼女が指さした先に、屋台で買いあさっては大声を上げているジタローと、それを止めようと追いかけるリーファンがいた。
「……サーセン」
「わかってくれればいいんです」
問題起こす大半はジタローだと思うんだよね。俺はとばっちりじゃね?
「貴方も大概ですからね?」
「心を読んだ!?」
「魔術師系列なんですから、もう少し感情を読まれないように訓練してください」
「それ、いろんなところで言われるんだが、そんなに顔に出てる?」
「とても」
「おおう……」
「あちらは問題なさそうですね」
視線の先には、落ち着いて屋台を回ったり、道行く人と話すノブナとチヨメ。
なんと通貨は王国のものだった。
「いずれ、外の世界とつながりを持つのであれば、マウガリア王国を想定していたのでしょう。かなり前から王国通貨を使っているそうです。……通貨の製造は大変だと聞きますから、単純に手間を惜しんだだけかもしれませんが」
「外とのつながりがないのに、硬貨はあるのか?」
「秘密裏に貿易部隊があったと考えるべきでしょうね。魔術師の教育課程で、外の文化も学んでいましたが、情報は割と更新されていましたし」
「なるほど」
エヴァが世界の秘密を探しにいく候補者だからという理由もあるんだろうが、外の情報は重要だったろうしな。
通貨が使えることもわかり、マイナの赴くまま、屋台を巡ると、いろんな人から声を掛けられた。
「あんたたちが外からの客だな! 秘密主義の隠者たちが珍しく来客を公表したんだ! 楽しんでってくれよ!」
「なあ! 外の世界ってどんな感じなんだ? 知識では知ってるけど、本当にこの里の何倍も住む場所があるって本当か?」
「初めて戻ってきた探求者か……あとで俺とも話をしてくれるかな」
「世界の秘密とか本当にあったのかね?」
「外の食べ物と、このココナッツを交換しないか!?」
「島を出ると、強い魔物ばかりらしいが、あんたら強いのか?」
「あの魔術師可愛いな」
「うしろの騎士も凜々しくて素敵!」
「あっちを歩いてた、猫獣人も凄かったぞ! ロリで巨乳とか神だろ」
「ばっか! それならあの間抜けな魔術師と一緒にいるお嬢様だろうが!?」
「変態どもは引っ込んでろ! 猫獣人と一緒にいた剣士っぽい娘の良さがわからんとは!」
「メイド……いい……」
うん。変態が近づいてきたら撃退しよう。
あと、だれかリーファンも話題にしてあげて。
俺たちは半ば囲まれるように交流をしつつ、食べ物を堪能していく。リュウコやリーファンの料理に慣れすぎたせいで、物足りないものが多いが、冒険者時代に食べていたレベルは超えているだろう。
マイナは味よりも雰囲気で楽しんでいるようだし、俺も同じである。
「土産物屋はないんだな」
俺の呟きに、エヴァが答えてくれる。
「閉じた世界ですからね。知り合いに差し入れするときは食料と相場が決まっていましたし」
「そりゃそうか」
そんな感じで楽しく散策していると、奥から空気の違う一団が現れた。
魔術師装束の集団が慌てて走り回っていたので、少し耳を傾けてみる。
「おい! 見つかったか!?」
「ダメだ! クソッ! 普段は部屋から出てこないくせに!」
「時間がない。なんとしても見つけ出せ!」
「そもそもなんであの引きこもりが逃げたんだ?」
「外の人間と会うのが怖いって……」
「……絶対にひっ捕まえろ! あのワガママ女め!」
だいたいそんな感じである。
俺たちに会わせようって話から逃げてる奴がいるんだよな、これ。なんか嫌な予感がするなぁ。
とりあえず聞かなかったことにして、俺たちは祭りを楽しむことにしたのであった。
◆
お祭り騒ぎとはいえ、さして規模の大きいものでもない。半日かそこらで準備した屋台も多いだろう。
十分堪能した俺たちは、バンガローに戻ることにした。
エヴァの案内で、人の多い道は避け、少々薄暗い裏道を進む。
バンガローに近づいたところで、マイナが足を止め、俺の腕を引っ張る。
「クラフト兄様。結界」
「ん?」
一瞬意味がわからなかったが、ジャビール先生が寝るために張っている結界に引っかかるんじゃないかという質問だろう。
「それなら大丈夫だ。俺たちには影響がないようにしているらしい」
「凄い」
マイナが少し興奮気味に驚く。
そりゃ、人物指定で出入り自由な結界を寝てるあいだも維持できるのだから、その技術力には驚くほかない。
男子用のバンガローに、俺とジタローが足を向けると、マイナとリュウコが当たり前の顔をしてついてきた。
「いやいや。二人とも女性用に行きなさいね」
「メイドですから」
「それなら……妹……ですから」
リュウコに乗って、マイナが変なこと言い出したじゃないか!
最近のマイナは面白可愛いんだけど、少し困る。
「ダメ」
「しかしお一人では少々危険かと」
「一人じゃねーし」
ジタローが自分もいるよと猛アピール。
「おいらは大歓迎っすよ!」
おいおい、リュウコはリーファンが形を作ってくれたから、美人さんだとは思うが、ホムンクルスと竜牙兵とゴーレム技術の産物だぞ? 恋愛とかなりたつの?
ちなみにリュウコの姿形は、素材となったドラゴンのイデアが色濃く反映されているので、リーファンはそれをうまく引き出した形になる。
あの容姿は、俺の趣味の産物じゃないからな!
……余計なこと考えてる場合じゃねぇわ。
「先生の結界があるから大丈夫だよ。二人とも戻りなさい」
「……ご命令とあれば」
「ぶーぶー」
ぶーたれないの。
俺は二人を女性用のバンガローに押し込んでから、男性用に戻る。
このバンガロー、いちおう来客用らしい。
宿なんて存在しないので、緊急時用のもので、普段は使われていないそうだ。
もっとも客と言ったところで、別の村からたまに人が来る程度らしいが。
かなり大きな島なので、集落レベルの村がいくつか点在しているなどを、パラディオ老に教えてもらっていた。
「それにしても先生の結界は凄いな。全然感知できねーや」
「そうなんすか?」
「人物指定されてるとは言え、普通は結界の境目くらい感知できるんだけどな」
「ふーん? そんなもんなんすね」
「隠蔽術式が組み込まれてるんだろうな」
「そういうのはよくわかねっす」
「ま、そうだろうな」
ジタローも、学園でやっている、住民向けの魔術教室にいったら、ちょっとした魔法くらい使えるようになると思うんだよな。こいつ、意外と頭いいし。
「まあいいや。寝室はたくさんあるから、適当に寝ようぜ。俺は疲れた」
「そうっすね。じゃあおいらは一番奥にするっす!」
「俺は一番手前の部屋でいいや」
「え? 奥の方が少し広いっすよ?」
「寝るだけだからなんでもいいんだよ」
あと、カイルにもらった屋敷の部屋は広くて快適なんだが、たまにはこう、狭い場所が懐かしくなるんだよ。
「んじゃ、明日っすね」
「おう。おやすみ」
俺は部屋に入ると、適当に服を脱ぎ散らして、下着になる。
……リュウコがいるのに慣れて、服の扱いとか適当になってるな。
畳もうかと思ったが、面倒でやめた。うーん、ダメ人間。
俺はあくびしながら、ベッドに潜り込んだのだが、先客がいた。
なんで、半裸の女の子が寝てるのん?
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