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234/265

234:観察力って、大事だよなって話


 火山地帯を抜けた海岸で出会った商人二人も、せっかくなので食事に誘った。

 そりゃ俺たちの食事に釘付けで、涎を垂らして見続けられたらな。

 もともとリーファンは誘うつもりだったのだろう、食事の量は普段より多めだったのもある。


「うーまーいーぞぉぉぉぉ!」

「こ、これが同じ魚なのか!?」


 二人とも大騒ぎである。彼らは誘われるだけなのも悪いからと、ちょうどたき火で焼いていた魚を差し入れてくれたが、表面は焦げ、皮の付近はパサパサなのに、骨付近は生っぽい状態で、食べられるけど正直に美味くはなかった。


「私たちとなにが違うんだ!? 味付けか!?」

「調味料がすごいのは間違いないが、かまどが素晴らしいからじゃないか?」


 リーファンが一瞬で作り上げた簡易かまどを指さす商人。

 最上位紋章持ちのノームが作ったのだから、王城でそのまま使われても不思議でない出来なので、負け惜しみ気味に言ったとは思うが、実はその指摘は当たらずとも遠からずな部分がある。


 俺は照れているリーファンに顔を向けた。


「リーファン、教えてやったらいいんじゃないか?」


 別に秘匿する技術でもないと思う。すでにゴールデンドーンでは広く普及しはじめた技術だし。

 リーファンは頷いて、商人二人に説明を始める。


「そうだね。えっと、料理で一番大事なのは火加減なんです。火までの距離や煮炊きする時間、食材の特徴を理解して、最適な熱を適切な量と時間で与えるのが大事なんです」


 商人は不思議そうに首をかしげる。


「火加減?」


 疑問に思うのは良くわかる。俺だってそうだった。

 冒険者時代は、商人たちと同じように、たき火で適当に食材を焼いていたからな。かまどを使う時だって似たようなもんだ。適当に薪をくべたら、食材を放り込んだ鍋を放置するだけ。


 俺の知る限り、この王国民の大半が同じような調理法だろう。貴族は別だが。

 そもそも、薪を使うかまどで火加減など、考えもつかない。商人たちの態度は至極まっとうだった。

 だから、リーファンに火加減で味が大きく変わると教えてもらったときは、目から鱗が落ちまくったものである。


 リーファンが、小さな切り身を、二つのフライパンで焼き比べてみせた。片方は薪を調整し、熾火に近い状態にするが、もう片方はフライパンを包むほど火が立っている。


 当然、片方は身がふっくらと焼き上がり、片方は表面は焦げているのに中央は生っぽい。差し入れてもらった魚と同じような状態だな。

 商人たちは、その二つを食べ比べ、衝撃を受けていた。


 うん。気持ちはわかる。俺もそうだった。

 こういうのは、気づくか気づかないかが大きい。


 一部の美味しい料理屋などは、火加減での料理を知っていたが、店の秘伝としていた所が大半で、世間に広まらなかったという事情もある。

 ゴールデンドーンでは、リーファンが開拓初期からその腕を遺憾なく発揮していたこともあり、広く広まっていったのは余談かな。


 ちなみに、ミズホ神国では当然の技術だったらしく、ノブナがドヤ顔をしていた。

 いや、あんたそんなに料理は得意じゃなかっただろ。


 あと、スープの隠し味はスタミナポーションだ。

 なぜか出汁っぽいんだよな。

 ゴールデンドーンでは、効果を最小まで薄めた一番安いスタミナポーションを料理に入れるのがデフォルトになっていたりする。


 そんな風にわいわいと騒いでいると、少し離れていたエヴァたち姉妹も戻ってきた。

 テーブルに着いて食事をしつつ、状況を教えてくれる。


「何カ所かで確認してきましたが、沖合の島が目的地で間違いありません」

「やっぱりそうか。お疲れ。ゆっくり休んでくれ」


 エヴァはダウジングティアドロップを海岸沿いに複数箇所で実行することで、場所を確定させていたのだ。


 この場所からだと、水平線に隠れて島は見えないが、間違いないだろう。

 俺たちの会話を聞いていた商人が顔を見合わせたあと、島の方角に視線を一度向けた。


「沖合の島だって?」

「なんの用があるか知らないがやめておけ。あそこは魔物の巣窟ともっぱらの噂だ」

「ああ、生きて返って来た奴はいない」


 俺たちを心配してくれているのだろう、いかに危険な島かを教えてくれる。なぜかマイナがそんな二人を不思議そうに見つめていた。

 そういえば、勉強してるときもそんな顔で二人を見ていたよな。


 さすがに気になり、マイナに疑問をぶつける。


「なあマイナ。さっきから気になることがあるみたいだが、なにかあるなら言ってくれ」


 これで「二人の顔が面白い」とか返って来たら大変だが、マイナはそんな娘じゃないだろう。

 彼女は少し悩んだ後に告げる。


「ん……どうして二人は、島の方角がわかったの?」


 しばらく、マイナが言っている意味がわからなかったが、彼女が島の方角を指さして気づいた。

 その方向は、商人が正確に振り向いた方角である。もちろんここから島は見えない。


 俺だけでなく、仲間たちも一緒に衝撃を受けていると、さらにマイナが続ける。


「さっき、ジャビール先生の魔術式、見えてた」


 どういうことだと思ったが、確かに商人たちは「魔術式が美しい」言っていた。


 あのとき先生は、マイナでも感知しやすいよう、通常より魔力を込め、丁寧に魔術式を展開していたが、あくまでそれは魔法の教養があるのが前提となる。


 ゴールデンドーンであれば、学園に通う生徒は魔術の基礎知識があるから、魔術式を読めるものは多い。日常になっていたせいで、この異常性に気づくのが遅れたわけだ。


 つまり、魔術式を読み解けたということは、この二人が魔法使いということである。


 俺たちは一瞬で戦闘態勢をとり、商人たちと正対。

 マイナはペルシアが抱え上げ後方に、ジャビール先生はリュウコが同じように抱えて運ぶ。

 先生が食べていた魚が宙を舞い「のじゃあああ!?」と言う叫びが聞こえるが、今は無視である。


 商人の二人も反射的に戦闘態勢を取ろうとしたが、すぐさま両手を上げた。


「まてまて! 魔術師なのを黙っていたのは事実だが、敵対する気はない!」

「落ち着いてくれ! 事情を話す! だから剣をしまってくれ!」


 いつでも斬りかかれる態勢になっていた、ノブナとカミーユに懇願するように両手を上げて見せている。

 一瞬で誰が一番危険か見極めるあたり、素人じゃない。


 油断せず、俺は質問をする。


「あんたらは何者だ? なんの目的でこんな場所にいる?」


 まさか、また魔族じゃないだろうな?

 また騙されるのは勘弁だぞ。


「私たちは、島の人間なんだ!」


 なん、だと!?


「いろいろ事情があって、あの島に誰も近づけさせない役割なんだ!」

「閉鎖的な島なんだ! よそ者に魔物がいる島と噂を流しているんだよ!」


 え?

 つまりこの二人は……。

 同じ結論に至ったエヴァが、二人の前に出る。


「なるほど。”隠者の庭園”の住人でしたか」


 マイナが勉強しているとき、エヴァは測量でいなかったからな。いたらそのとき気づいていたかもしれない。


「なぜそれを!?」

「まさか……あんたは!」


 驚愕する二人に、エヴァは静かに告げる。


「世界の秘密の一端に近づくためのヒントを得るため、隠者に会いに来ました」


 呆然とする二人だったが、しばらくして意を決したように頷く。


「島に案内しましょう。合図を出し島から迎えを来させます」


 こうして俺たちは、魔術師の隠し里へ向かうことになったのである。


 ◆


 食事を再開した俺たち。

 エヴァが二人の魔術師に色々と話を聞いている。


 そのあいだに、俺はマイナを褒めまくっていた。


「良く気づいたな! お手柄だぞマイナ!」

「ん!」


 上機嫌で俺の膝に乗ってくるマイナ。うんうん。好きなだけ座れ。


「すごい?」

「おう! 大活躍だったぞ!」


 わしゃわしゃと頭を撫でてやると、マイナはすこぶる嬉しそうだった。

 なぜかその様子を見たエヴァが不機嫌になる。


「私も活躍したと思うのですが」

「え? ああそうだな。助かったよ!」


 そもそもエヴァのおかげでここまで来られたのだ。感謝しかない。

 俺は極上の感謝を伝えたつもりだが、エヴァの機嫌は直らなかった。

 彼女はやたらと髪の毛を弄り、不機嫌である。


 枝毛かな?


 そんな解釈をしていると、リーファンがジト目をこちらに向けた。


「クラフト君……いずれ刺されると思うよ?」

「なんで!?」


 とにもかくにも、俺たちはようやく魔術師の隠し里へと向かったのであった。


 ◆


 魔術師の隠し里からやってきた船は、思っていたよりも大きな帆船だった。

 岩場に隠されていた桟橋に停泊すると、陰鬱な雰囲気を醸し出すローブ姿の老人が下りてきた。

 その人物を見て、エヴァが目を丸くする。


「師匠……」


 呟いたあと、そのまま老人の前で膝をつく。


「エヴァ・キャスパー。外の世界で修行し、里に戻ってきました」


 すると老人はうやうやしく頷く。


「よくぞ、試練と気づき戻った。歓迎する」

「ただ……私一人の力で戻ったわけではありません」


 エヴァが手に持ったダウジングティアドロップを見せると、老人は首を横に振った。


「構わぬ。一人でできることなどたかが知れておる。それを知ったこともまた試練の成果よ」

「ありがとうございます」

「皆、船に乗るがいい。里まで案内しよう」

「良いのですか?」

「貴様がここまで連れてきたのだ。信用できるのだろう。客人として歓迎する」


 老人がエヴァの返事も聞かずに船に戻っていったのを見て、エヴァは安堵のため息を吐いていた。

 俺は彼女の肩を軽く叩く。


「お疲れ。師匠がいたんだな」


 緊張していたのか、エヴァは汗だくで、少しふらついている。

 俺は慌てて彼女の身体を支えた。


「ふぁっ!?」

「無理するな、緊張の糸が解けたんだろ? 責任感の強いエヴァのことだから、道中も「もし里が見つからなかったら」とか考えてたんだろ」


 俺に体重を預ける形のエヴァが、目を丸くして顔を上げる。


「なんでそれを!?」

「いや、気づくって。道中ずっと気を張ってただろ。少し無理させてるかもと思ってたからな。せめて無茶をしないようにずっと見ていた」

「ずっと! 見てた!?」

「ああ、もちろんだ」


 妙に慌てるエヴァ。あれか、隠してたと思ってたのがバレてたからか。単純に逆の立場だったら、そう考えるだろって。

 ……実は途中でリュウコにアドバイスをもらったってのあるけどな。


「エヴァ様は責任感の強いお方です。道中はマスターが良く見ていてあげるのがよろしいかと」


 こんな感じである。それでエヴァの微妙な変化に気づいたわけだ。本人は平気なフリをしていたから、俺も気づかないフリをしていたけどな。


「とにかく、エヴァには無理をさせたな。礼を言うよ。ありがとう」

「いえ、そんな……」


 身体の力を抜いて、俺に寄りかかってくるエヴァ。やっぱり無理させていたか。俺ができるのはこうやって支えてやるくらいだな。

 これでも錬金術師にしては体力があるんだぜ?




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― 新着の感想 ―
[一言] クラフト君は女性陣の誰かに一度刺された方が良いかも? きっとリュウコも親指立ててる事でしょう。
[良い点] リュウコ・・また貴女か。 クラフトは本当にいつか刺されると思います。
[一言] そのうち【阿部定事件】が起こるのでは?(明後日の方を見ながら
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