233:身につく勉学って、学ぶ機会が少ないよなって話
とりあえず海岸線まで行こうとなり、移動を開始した。
先頭を行くジタローが少し姿勢を低くする。
「煙が見えるっすね。誰かいるっぽいす」
「敵か?」
俺は初めてルーカスと出会ったときのことを思い出し、少し警戒してしまう。
いや、似たような出会いで、良い人もいっぱいいたろ。警戒しすぎは良くない。
「商人っぽい感じっすねぇ。手押しの荷車もあるみたいっすから」
「こんな僻地に?」
それにはリーファンが答えてくれる。
「この地域はそれなりにレアな素材があるから、それを取りに来てるのかも」
「ああ、なるほど。火属性に染まった魔石とか落ちてたもんな」
「うん」
たまに特定の属性が強い魔石なんかがあるが、このあたりはそれが豊富なようで、道中でいくつか手に入れたな。フレイムリザードの魔石なんかもそうだった。
レア素材とは言ったが、比較的手に入りやすい方のレア素材ではある。
なるほど、こういう場所があるからそれなりの数が流通してるのね。
とりあえず警戒はしつつ、海岸で魚を焼いてる男性二人に近づく。
小さなテントに、人が手で押すタイプの荷車が一台。近づいていくと、釣り竿が海に向かって立てかけられているのもわかった。日よけのタープが張られていて、日陰に魚が干されている。
想像以上にのんびりしている感じだ。
俺たちは近づいて声を掛ける。
「よう、釣れるかい?」
すると、男の一人がこちらに顔を上げる。もう一人は魚から顔を逸らす気はないらしい。そろそろ焼けそうだもんな。
「いまいちだね。釣れるは釣れるが雑魚ばかりさ」
「立派な魚に見えるけどな」
「同じ魚ばかりだと飽きるのさ」
「なるほど」
「そうだ。良かったら肉か野菜と交換してくれないか? 火山地帯から来たんだ。魚はあんま食べてないだろ?」
マイナがぐいっと馬車から身を乗り出してきた。
「クラフト兄様、魚、食べたい!」
「お、おう」
マイナ、ちょっとだけ涎垂れてるぞ!
体調が良くなってから、すごく食いしん坊になってる気がする。良く見たらペルシアも真面目な顔しつつも、口の端に涎が……。
うん。
ここんとこ食生活が偏ってたもんな。気持ちはわかるぞ。
「干し肉と、野菜の塩漬けとかで良いのか?」
「願ってもない! どのくらい譲ってもらえるんだ?」
こういうときのために、馬車に積んである食料から、小分けして見せた。
ガチガチに乾燥させた干し肉は、日持ちするが飽きるんだよ。
野菜の塩漬けは保存食の定番である。生の野菜を保存する方法もあるにはあるが、大抵は魔力や魔石を消費する方法なので、縁のない方法である。
ヴァンの食事では使われてたけどな!
保存食を見せると、商人は顔をほころばせた。
「干し肉は丁寧に処理されているし、野菜もすごく色がいい! ぜひ交換してくれ! まだ生きてる魚が三匹と、一夜干しの魚が一〇匹だ」
「こちらこそ願ってもない。せっかくだから俺たちもここでキャンプするか?」
反対するものはおらず、俺たちは仲良くお隣に設営させてもらう。
最初は”空間収納”を秘匿するか悩んだが、偽装のためにテント泊も面倒だと思い、気にせず宿泊用の荷車を並べていった。
「ふぁっ!?」
そりゃ驚くよな。
空間収納自体が珍しいのに、そっから馬車の荷台が出てくるんだから。
ちなみに、このくらいなら、今ではエヴァでも収納できる。
俺は開拓初期から知られているので、あまり隠す意味もないのだ。どちらかといえば、エヴァの空間収納容量が秘匿されるべき情報だろう。
リーファンがかまどを作っているあいだに、リュウコが折りたたみのイスとテーブルをセットし、食材の下ごしらえを進めていく。
商人二人が唖然としているのを横に、まるで喫茶店のテラス席のような空間が出来上がる。
リーファンは簡易調理スペースを完成させると、具材を並べ始めた。
「お魚は大きめだけど、生きた魚は量が少ないから、カルパッチョにして前菜かな?」
テーブルにクロスまで貼り終えたリュウコが、リーファンの横に立つ。
「リーファン様、この魚は白身ですが味が強めです。レモン汁多めが良いでしょう」
リーファンが小さく切った切り身を口に含んで「そうだね」と頷く。ちなみにとっくに”鑑定”しているので、生で食べても大丈夫なのは確認済み。毒味ではなく、単純な味見だ。
「一夜干しの方はムニエルにしよっか。リュウコさんお願いできる?」
「お任せください」
二人は魚を料理するだけでなく、同時進行でパンまで焼いていく。
「海風のおかげで、火山灰が降らないから、久しぶりにちゃんと料理できるね!」
リーファンは今日食べる柔らかいパンだけでなく、保存食用の固いパンも一緒に焼いていた。
”空間収納”した食品は、通常よりかなり腐りにくいとはいえ、まったく悪くならないわけではないので、もともと長期保存が可能な食材でなければ、定期的な補充が望ましいからである。
さて、調理タイムはマイナの勉強時間でもある。今日は俺が教える番だな。
人がいるから実技ではなく理論がいいだろう。
「マイナ、魔法に関して質問とかあったら聞くぞ」
「ん……なんで、空間収納されてると、食べ物が悪くなりにくいの?」
おっと、ちょうど俺と似たようなことを考えていたのか。食材を出したりしまったりしてたからかな。
食事に関する魔法の質問なのが、今のマイナらしいぜ。
俺もジャビール先生に教わった話だから、偉そうに講義していいものだろうかと、先生をチラ見すると、やれやれといった感じで先生がこちらにやって来た。
……まぁ、先生は家事関係を苦手としていらっしゃるからな。手持ち無沙汰だったのだろう。
「そのあたりは私が解説してやるのじゃ」
先生に指示されたまま、俺はロウソクと空瓶を渡す。
「良いか、まず覚えるのは、空気は種類があるということなのじゃ。目に見えぬ『気体』と言うのじゃが、その『気体』は混ざりおっておる。真水と砂糖水と塩水とその二つを混ぜ合わせたものでも、見た目は変わらぬじゃろ? 空気もそれと同じなのじゃ」
マイナはふむふむと頷きながら、必死にメモを取る。学んだことをレポート提出するのが、学園からの宿題だからだ。
「今、ロウソクには灯がともっておる。じゃが、こうやって空瓶を被せてしばらく待つと……炎は消えるのじゃ」
マイナは目をぱちくりとさせ、まじまじと瓶の中のロウソクを見つめる。
「マイナ様、そのロウソクに”着火”の魔法を使ってみるのじゃ」
「ん」
さすが先生、軽い実技もさせるのね。
「”着火”……失敗。もう一回”着火”……もう一回!」
「大丈夫だ! 成功してる」
「う?」
俺は慌ててマイナを止めた。魔術式に間違いはなかったし、魔力も動いていたからな。
驚いたのはマイナがムキになって何度もチャレンジしようとしたことだ。もしかして意外と負けず嫌いなのだろうか。
「なぜ着火しないかなのじゃが、その瓶の中に、火が燃えるための”酸素”がなくなっているからなのじゃ。炎が酸素を使って燃えることを”燃焼”というのじゃ」
マイナが首を傾げる。
うん。いきなり話が高度になったもんな。俺はなにかわかりやすい例え話はないかと、リーファンが焼いている大量のパンに目が留まった。
「俺たちはパンを食うだろ? だけどそのパンは食べたらなくなる。消化するのと燃焼は同じことだ。そんで、最後には別の形になって出て行くだろ。それと同じで”酸素”も別の”気体”になったんだ」
俺はドヤ顔で説明したが、ジャビール先生やリーファンがジト目を向けてくる。
「もう少し違う説明はなかんかの」
「クラフト君。もうすぐ食事なんだけど? デリカシーとかどこに忘れて来ちゃったのかな? かな?」
「お、おう。ごめんなさい……」
わかりやすいと思ったんだけど、マイナは納得した様子だったので、いいじゃないか。
あれ?
いつの間にか商人さん二人も俺たちの後ろに立って、話を聞いているな。
先生の講義だから、興味が湧くのは必然か。邪魔はしないみたいだし放置しとこう。
「とにかくなのじゃ。空気には種類があり”酸素”と言うものがあるのは理解したかの?」
「ん」
「よろしいのじゃ。ちなみにじゃが、魔術式に”酸素”生成を組み込むと、このように一瞬じゃが火がつくのじゃ」
先生が指をべちっと鳴らすと、一瞬だけ瓶のロウソクに火がついた。
多分、パチンと鳴らしたかったんだろうな。
先生は若干頬を赤らめながら、何事もなかったかのように話を進める。
「ちなみに高火力の火魔法などは、初めからこの酸素生成の術式が組み込まれておるが、理解して使っているものは少ないじゃろうな。クラフト。貴様はちゃんと理解して魔術式を構築しておるのじゃろうな?」
「も、もちろんです!」
照れ隠しに俺に話を振らないで!
抜き打ちテストは辛いです!
「余談だったのじゃ。とにかく火が”燃焼”するには”酸素”が必要というのは理解したと思うのじゃが、実は人や植物もまた、この”酸素”がなければ生きられぬ」
マイナは少し考える。
「人間も、酸素を燃焼してる?」
「おお! 素晴らしい理解なのじゃ! おっしゃるとおり、人も植物も”酸素”を”燃焼”することで生きておるのじゃ!」
先生に褒められて思いっきり照れながらも、俺に向けてドヤるマイナであった。
「さて、本題の空間収納されている料理が腐りにくいという話なのじゃが、亜空間内部にはこの”酸素”がほとんどないから腐らないのじゃ」
「空間収納……空気が空っぽ?」
先生が感心したように柔らかい笑みを浮かべる。
「空気が空っぽのことを”真空”と言うのじゃが、それはまた別の機会に講義するのじゃ。気圧の説明は専用の機器がないと難しいからの。酸素以外の”気体”が充満しているとだけ理解しておればいいのじゃ」
「ん」
”空間収納”の魔術式には、最初から亜空間内がマナをベースにしたなんでもない気体が充満されるよう組み込まれている。
初めはどんな意味の術式かもわからず”空間収納”を使っていたが、先生に学んだことで、今ではちゃんと理解している。
「完全に”酸素”がないわけではいので、まったく腐らないわけではないのじゃが、外と比べるとかなり緩やかじゃな。生きた動物を入れると死んでしまうのも同じ理由なのじゃ。一部で”空間収納”内は時間が止まっていると言っているものがいるらしいが、完全に間違いなので、注意することなのじゃ」
「ん」
マイナがレポート作成に入ったので、邪魔しないよう俺たちは離れていく。先生も疲れたのか、テーブルに移りリュウコから飲み物を受け取っていた。
商人の二人は真剣な顔で「わかりやすい講義だった」とか「理解度が高い」とか「魔術式が美しい」とか「指パッチンが出来てたら完璧だった」とかぼそぼそと言い合っている。
先生を褒め称えているので許すが、次に指パッチンのこと言ったらぶっ飛ばすぞ。
途中、マイナが一瞬だけ頭を上げ、不思議そうに商人二人を見つめていたのが気になったが、すぐにレポートに戻ったので、黙っていることにした。




