232:旅において大事なのは、食料だよなって話
灰の村を出て、東の火山地帯へと向かう俺たち。
火山と聞くと、絵物語にでてくるような、山頂から天に向かって真っ赤な溶岩が吹き上がるイメージが強いが、実際の火山はもっと大人しい。
時折轟音がし、白煙が噴き上がるが、溶岩が吹き上がるようなことはない。
もっとも、そういう小さな噴火が起きると、火山灰がしこたま降ってくるので辛いのだが。
村をでてしばらく、マイナは俺の馬に同乗していたが、さすがに今は馬車に引っ込んでいる。
俺もフードを目深に被り、馬の歩を進めた。
前方を警戒しているカミーユが、うんざりとした口調で先を指す。
「また敵。たぶんフレイムリザード」
「数は?」
「十二匹くらい」
「ならペルシアとノブナだけで大丈夫だな」
俺は二人の武器に魔法をエンチャントする。
付与系の魔法は、攻撃系に比べると魔力消費が激しいわけじゃないので、使っている。
「”水柱付与”」
武器に水をまとわせる魔法だ。
耐火や耐熱のエンチャントはすでにマリリンが掛けているので必要ない。
フレイムリザードは人間大の赤いトカゲである。たまに火を噴く。しかも群れで集団行動するのでかなり厄介。
今の俺たちの敵ではないが、一般人なら絶望だろうし、冒険者でもDランクのパーティー以上じゃないとまともに戦えないだろう。
二匹の二足鳥が駆ける。
そしてペルシアが吠えた。
「貴様らは食えぬからもうでてくるな!」
火山地帯に入ってから、新鮮な肉が食えなくなった腹いせを、フレイムリザードにぶつけている。うん。気持ちはわかる。
横で一緒に警戒しているエヴァも「レッドベアならよかったんですけどね」と零している。
そうね。レッドベアの肉なら、リュウコかリーファンが料理すれば結構美味いもんな。
ジャビール先生が、カミーユが取ってきたフレイムリザードの魔石を受け取っていた。
「ふむ。火属性が強い魔石なのじゃ。色々と使い道がありそうなのじゃ」
マイナがジャビール先生の魔石を覗き込む。
「珍しい?」
「そこそこじゃの。ふむファイアロッドの発動体とか作っても面白そうなのじゃ」
「魔法の杖?」
「用途が狭まるから、杖にはせんほうがええじゃろうな。着火専用の魔導具とかにしたほうが魔力効率など考えると使い道があるのじゃ」
「欲しい」
「ん? 気が向いたら作ってやるのじゃ」
「待ってる」
マイナの人見知りがずいぶんと改善されている様子を見てほっこりしていると、ジタローが別方向に弓を向けた。
「新手っす! 岩に擬態していたロックタートルが、この騒ぎで起きてきたっすね!」
ロックタートルは岩に擬態し、通りがかりの獲物を襲う、岩のような亀だ。
存在に気づかないと不意打ちが結構やばい。
その上、魔法が効きにくく、防御も堅い。動きは鈍いが、土系攻撃魔法を使ってくるので、固定砲台みたいな魔物だ。
リーファンが飛び出していく。
「私に任せて! ”破岩鉄槌”!」
巨大ハンマーの一閃で、次々とロックタートルを粉砕していく。リーファンの槌技との相性が抜群だった。剣や弓だと倒すのに時間が掛かったろう。
なお、ロックタートルの攻撃魔法は、エヴァとマリリンの防御魔法で完封である。
だが……。
「あーもう! またロックタートルだよ! 君たちは食べれないんだからでてこないで!」
リーファンの魂の叫びであった。
うん。保存食以外も食べたいよな。
魔石の品質はかなりいいのだが、すでに俺たちの眼中にない。もはや魔石回収は作業と化していた。欲しいのは肉なんだよ!
そんな俺たちの前に、ひょこりと巨大な熊が現れる。
レッドベア。巨大な赤毛の熊である。特殊攻撃はないが、火耐性があり、なかなかの強敵だ。
なのだが……。
「肉ぅぅぅううう!」
「ご馳走なのよ!」
「絶対逃さないっすよ!」
「瞬殺する」
うん。オーバーキル、オーバーキル。
誰が飛びかかっていったかは名誉のため控えておこう。それにしても完全にオーバーキルなのに、レッドベアにほとんど外傷がないってことに戦慄するわ。どんだけ食い意地が張ってんだよ。
もちろん美味しくいただきました。
レッドベアの出現率が低い理由って……いや、深く考えるのはよそう。美味しいは正義。
こんな感じで俺たちの旅は続くのであった。
◆
火山地帯を抜けた先は海だった。
俺たちは山の上からその海を望んでいる。
この火山地帯自体が、大きな半島のようになっていたらしい。
それなら海岸線を進んでくれば楽だったんじゃないかと思いそうだが、海沿いは切り立った崖なうえに、地形が複雑でとても近づけない。
マウガリア王国で、海と言えば南の地域と聞いたが、なるほど東側は火山や岩山や高い崖で近づけなかったんだな。半島以外だと、危険な森も多いし。
俺は少しだけ、王国の地理を理解する。
半島の先端までついたので、周囲を改めて確認すると、沖合に大きな島が見えた。
”遠見”を使って辛うじて島影がわかる程度だが、かなり大きい島である。
崖の上だから、なんとか確認出来るが、山を下りたら水平線に隠れて島は見えなくなるだろう。
エヴァの持つダウジングティアドロップが指すのはまさにその島。
もともと海底火山だったと思われ、山頂が海面を飛び出している形である。陸地部分は巨大な円になっていて、山に包まれているような形だ。
ジャビール先生がふむと頷く。
「ふむ。カルデラになっておるようなのじゃ」
知らない単語が出てきたので、素直に聞いてみた。
「カルデラ……ってなんです?」
「火山噴火でできた巨大な窪地のことじゃな。崖で囲まれるのも特徴の一つじゃ」
「なるほど。巨大な噴火口が冷えて固まった感じですかね」
「そのとおりなのじゃ。ここからでは山脈のような円形の崖に遮られ、中の様子はわからんが、おそらく村はその中じゃろ。長年見つからない訳なのじゃ」
魔術師の隠し里は、魔術師の隠し島だったわけか。そりゃ見つからないわ。
問題はどうやってあの島まで行くかだな。
海は大型の魔物が多く生息するから、危険って話だ。
俺の心情を読み取ったかのように、ノブナが目を細め島を睨んだ。
「水平線ぎりぎりに島が見えるのよ。このくらいの距離なら船さえあればなんとかなるのよ」
「え。あんな遠くまで行って大丈夫なのか?」
「この辺の生態系はわからいけど、ミズホでは陸から水平線くらいまでは普通に漁にでていたのよ。クラフトが考えてる数倍……数百倍は海って大きいから、目で見える範囲なんて、誤差の範囲なのよ」
「海の広さが想像できねぇ」
「島の形もそうだけれど、陸からの距離も考えて、隠し里をあの島にしたんだと思うのよ。かなり頭の良い人たちなのよ。それでも大型の魔物は出るかもしれないけれど」
「なるほど」
古の魔法文明の一部を知っていそうな魔術師の集団が作ったと考えれば、納得がいく。
「船をどうにかしなきゃいけないが、とりあえず海岸線まで下りるか」
「火山地帯からある程度離れてるから、少しは木々が生えてるのよ。それでなんとかならないかしら? イカダくらいは作れると思うけど、木材の乾燥とかが問題なのよ」
火山地帯から、少しばかり距離が離れたおかげで、まばらに雑草や木も生えている。葉っぱが大きく、あまり背の高い樹木ではないがなんとかなるだろう。
ジャビール先生曰く、ヤシの木と言うらしい。生っている実が美味しいそうだ。
「それなら任せてくれ。開拓初期に木材乾燥薬を作ってる。水分蒸発薬の元になった錬金薬だな。本来は小屋や倉庫で木材乾燥薬を燃し、それで一週間ほど燻すんだが、いかだ程度の木材なら、強引に効果を引き上げた錬金薬を作って数日で乾燥させられると思う」
「頼もしいのよ」




