228:久々の旅は、飽きなくていいよなって話
ダウジングティアドロップがゆっくりと回った。
それを見てリーファンが呟く。
「少し方角が絞れてきたね。王国の東なのは間違いないと思う。陛下からお借りした地図を比べると、火山地帯を越えたあたりじゃないかな」
「火山地帯なんてあるのか?」
リーファンは地図とにらめっこしながら答える。
「そうみたい。海と山脈に囲まれた難所を抜けないとダメかも」
俺も地図を覗いてみるが、難所の予感がびしびしとする。
「大変そうだが、回避する方法がなさそうだが……いや待てよ」
山脈に沿って、海がせり出すというか、侵食というか、伸びてきている地形なのだから、それこそ海の上を進んだら楽じゃないだろうか。
「海から船は使えないのか?」
リーファンが首を横に振る。
「水深が深いから、大型の水棲魔物の巣窟だって」
それを聞いていたノブナが眉を顰める。
「それは危険なのよ。陸に引き込めれば水棲魔物も敵じゃないけれど、船上だとどうしようもないのよ」
俺はいくつか気になったことがあるので、質問してみた。
「海岸線ギリギリを進むなら、そんなに水深はないんじゃないのか?」
ノブナがワガママな子供を見るような困った顔をする。
「地図を見る限り、海側は断崖絶壁が長く続くのよ。おそらくかなりでこぼこしてる。海流も複雑で崖に向かって高波が常に発生しているのよ」
よく地図だけでそこまで読めるな。
「それに地図だと比較的真っ直ぐな海岸線に見えるけど、実際はのこぎりの刃のような海岸線なのよ。そこに沿って船を操船するなんて、海を舐めすぎなのよ」
ミズホから見える海しか知らない俺は、行けそうと思ったんだが、どうやらダメらしい。
「海の民が言うんだから、船ルートはなしだな」
「それがいいのよ。水深が浅いところでも、海の魔物は油断出来ないのよ。それにこの地形は、切り立った崖がそのまま海の奥まで潜り込む地形で、水深の浅い場所なんて、火山地帯を抜けるまでほとんどないのよ」
イメージしにくいが、どうやら海岸線は山道のように右へ左へ複雑な形をしていて、かつ水深も深く、海流が複雑で、波が高いようだ。
しかも脅威は自然だけではない。
「船の上で海の魔物なんて相手にできないしなぁ」
俺のぼやきに、ノブナが反応する。
「あ、海の魔物は人を見たからといって、問答無用で襲ってくることはないのよ。それは陸の魔物だけの特徴なのよ」
それは初耳である。
「そうなのか?」
「うん。でも船で魔物のテリトリーに入ったら、結局狙われるのよ」
「ふーん? 陸と海でなにか違うのかな?」
魔物ってのは、とにかく人間を見たら、一部の知能の高い個体以外は、問答無用で狂ったように襲ってくる印象しかないので、少し驚いた。
「あれ、でも始めてミズホに行ったとき、イカが暴れてたよな」
「陸に近づいてた魔物が、ときどき出てくるのは普通なのよ。もし海の魔物が人に気づいたら襲ってくる生き物だったら、さすがのミズホもとっくに滅んでるの」
「なるほど。でもスタンピードはあるんじゃないのか?」
「それもないのよ。陸の魔物はときどきスタンピードするけど、海の魔物にスタンピードはないのよ」
「マジか」
海と陸の魔物の違いはなんなんだ?
それまで黙って話を聞いていたジャビール先生も、同じことを考えていたらしい。
「興味深い話なのじゃ。もしかしたら魔物の凶暴性に関する研究が出来るかもしれんのじゃ」
それは俺も気になる研究だな。
海にだけ、魔物を沈静化させるエサとかあるのかもしれない。そんなのがあるなら俺だって研究したいが、問題がありすぎる。
「研究はいいですけど、海の魔物の生態なんてどうやって調べるんです?」
「そこはほれ。優秀な弟子が目の前におるのじゃから」
ちょっと上目遣いで、俺にねだるような仕草の先生を見たら、命がけで調査するのもやぶさかではない。
今すぐ水中呼吸薬を飲んで海に飛び込んでやらぁ!
……という気概だけはあるが、今じゃないよな。
「暇になったら付き合いたいですが、今回の旅以降も忙しい気がします……」
「そうじゃろうのぅ。誰か他の弟子にでも、テーマとして投げておくのが精一杯そうなのじゃ」
ぬ。先生の宿題を他人に取られるのもしゃくだぞ。
「いずれお手伝いしますよ。まずは目の前の仕事を片付けましょう」
「うむ。ユグドラシル=ソーマの研究も楽しみじゃからの」
そんな話をしながら、俺たちは一路火山地帯を目指す。
かなり広大な森林地帯を抜けるのに、結構時間が掛かったが、ペルシアとノブナを筆頭とした戦闘メンバーのおかげで、あれ以降危なげなく移動することが出来た。
それまで密度の高い木々を進んでいたが、だんだんと木と木の間隔が広がっていき、植生も変わってきている。
見慣れない植物をエヴァがつつく。
「大分風景が変わってきましたね」
誰に言ったわけでもないだろうが、即座にジタローが笑顔で反応する。
「岩が増えて荒れ地って感じっす」
荒れ地ってほどでもないと思うが、足下に岩が増えてきているのは間違いない。馬車を護衛しているペルシアも、周囲を警戒するように辺りを見渡す。
「見通しが良くなってきたから、魔物の奇襲におびえずに済むな」
最初のミス以外は、油断していないから奇襲なんてなかったが。いや、奇襲させないようにみんなが頑張ってた結果か。
それだけずっと張り詰めていたってことだろう。
さらに進むと、さらに視界がひらけ、地平の先に火山らしきものも見えてくる。
噴煙もときどき上がっているようだ。
え。あんなところに行かなきゃいけんの?
なかなかハードな道行きになりそうだ。
そんなことを考えていたとき、先頭を進むカミーユとジタローが足を止めた。
「向こうに細い街道が見える」
「荷馬車の行列も見えるっすね」
俺も”遠見”を使って確認する。なるほど自然に出来たと思われる街道と、そこを進む隊列が見えた。
かなり大規模なキャラバンらしい。
なんでこんな僻地にあんなでかいキャラバンがいるかわからんが、地元に詳しそうだ。
「ちょっと話を聞いてみるか。この辺の情勢を聞けるかもしれないからな」
「そっすね」
俺たちはやや警戒しつつ、キャラバンに近づいていく。
「可愛い子がいるといいっすね!」
「お前はもう少し警戒しろよ!」
カミーユを狙ってる気配もあったが、聞かれてるんだぞ!
ジタローに彼女ができないのは、節操がなさすぎるからだと思うんだよな。
地平の彼方にすっ飛んだ緊張感を、なんとか取り戻しつつ、足を進めるのであった。
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