221:家族を思う気持ちは、止められないよなって話
叫びながら立ち上がったのは、まさかのマイナである。
「私も、行く!」
はぁ!? なに言ってんの!?
リーファンもあわあわと立ち上がりながら、両手をうろつかせる。
「マイナ!?」
「マイナ様!?」
俺とリーファンが慌てる中、ヴァンだけが静かにマイナへ視線を向けた。
「マイナ。お前が死にかけても、王国としてはエリクサーなどの貴重な薬は出せんぞ。それでも行きたいのか?」
「ん」
力強く頷くマイナ。それをみて、ザイードが眉をしかめる。
「よろしいのですか、陛下? 彼女の身分を考えると、探索組に対する支援以上にはなにも出来ませんが」
は? それって俺たちと同じ支援しか受けられないってこと?
マイナは辺境伯の娘さんですよ!?
混乱する俺を横目に、ヴァンは顎をしゃくる。
「構わん。兄妹として行きたいなら、止めるのも筋違いだろう。それにマイナが一緒にいれば、クラフトも無茶をしなくなる。お目付役としては適任だ」
「なるほど」
ザイードが頷いているが、そんなに俺って信用ないの!?
「それにマイナが向かうなら、護衛としてペルシアもついていける。アルファードはエリクシル防衛の要だからここから動かせんがな」
たしかにペルシアほどの剣士が一緒に来てくれるなら心強い。だが。
「連れてかないぞ」
俺が呟くと、マイナが絶望した顔を向けてきた。
「いく!」
「目的地も探索期間も未定の旅になんて、連れて行けるわけないだろ!」
「お兄さま……助ける!」
絶対に引かない構えを見せるマイナ。学園に通う前までは人見知りの激しいこの子がこれだけ自分の意思をはっきりさせているのを見ると、思わず頷きたくなってしまう。
マイナの成長は喜ばしいが、それはそれ、これはこれ!
「いやいや! 普通に考えてダメだろ!? むしろなんでヴァンが許可してるのかがわからん!」
するとヴァンが呆れて、指でテーブルをコツコツと叩く。
「貴様が守ればいいだけだろう」
「そりゃ、一緒に行くならもちろん守るけどよ! そういう問題じゃないだろ!?」
ヴァンが片眉を上げ、不思議そうな視線を向ける。
「なぜだ?」
「なぜだって……そりゃ危ないからだろ」
「危険はあるだろう。だが、メリットがデメリットを上回ってるからな」
「え?」
ヴァンが本気で不思議そうな表情で腕を組む。そこになにかを閃いたようにザイードが手を打った。
「ああ。わかりました。クラフトはマイナの立場を誤解しているかと」
ヴァンがさらに首をかしげる。
「どういうことだ?」
「マイナの立場が、開拓を始めたときと、現在で大きく変わっていることを理解していません」
「あー。そういうことか。説明してやれ。簡単にな」
「はっ」
ザイードが一礼したあと、「クラフト」と言いながらこちらに顔を向ける。
「貴様がわかりやすいように言うと、貴族としての価値がマイナ様にはほとんどなくなったのだ」
「価値って!」
俺が怒りで立ち上がろうとするのを、ザイードがめんどくさそうにジェスチャーで座らせてきた。
「言い方はわざとだ。だが受け入れろ。それが貴族だ」
「正確には爵位を持っていなければ貴族じゃないと聞いたぞ」
「我が国ではな。建前を排せば、マイナも実質的に貴族であるのは理解できるだろう」
マイナに視線を向けるが、怒っている様子も悲しんでいる様子もない。ごく普通に受け入れてる感じだ。だから俺は怒りを飲み込み座り直す。
「……それで?」
「色々あるが……そうだな。貴様はこれだけ覚えておけばいい。カイルが領主になったから、マイナの貴族としての価値はなくなった」
「……」
ヴァンが俺のふてくされた態度に、片眉を上げる。
「不機嫌そうだな」
「そりゃ、マイナに価値がないなんて言われたら平然となんてできねぇよ」
ヴァンが親指でぐいとマイナを指す。
「当の本人は嬉しそうだがな」
「え?」
たしかにマイナが喜んでいるようだが……なんで?
すると護衛として後ろに控えていたペルシアが「貴様がマイナ様の代わりに怒ったからだろう。なぜわからぬ?」と呟いたことで、ようやく理解した。
ザイードが続ける。
「それに貴族としての価値はほとんどなくなったが、家族としての価値……家族として大事に思う心に変わりはない。いや、以前よりも強い思いがある」
ザイードが優しげな笑みをマイナに向けたが、マイナは俺の背中に隠れた。さすがにちょっと哀れ。
ザイードは一瞬で絶望していたが、小さく咳払いしたあと、姿勢を正す。
「ま、まあともかくだ。貴族の価値などなくとも、マイナは私たち家族にとって大切な存在であることをわかれ」
「ああ……。ってちょっとまて! だったらなおさら危ない場所に出す意味がわからん!」
ザイードだけではなく、ヴァンも目を剥く。
「なぜ……わからん? マイナは兄のために行くのだ。止められん」
兄妹のためにと言われると、どうしても口ごもってしまう。
「そ……それは……」
ザイードが立ち上がり、俺に耳打ちする。
(それに、聖女の涙とやらが必要なのだろう? そしてそれはマイナの涙らしいな。蘇生薬がどんなものかはわからぬが、現地でなければ錬金できぬ可能性もあるのではないか?)
「うっ……」
おそらくザイードにだけはジャビール先生が教えていたのだろう。たしかにユグドラシル=ソーマの材料には聖女の涙が必要で、今のところマイナの涙以外で同じ素材も代用素材も見つかっていない。
転移門を設置する準備はしてあるから、現地で設置してマイナを向かえに来ることは出来るはずだ。
だが、転移門は一度設置したら動かせるようなものでもないし、転移先も王国が用意してくれた建物を、錬金硬化岩でがちがちに固めた、なにもない大部屋みたいな場所になると、カイルの眠る部屋から会議室に戻る途中、ジャビール先生に聞いている。
現地で安全な設置場所がすぐに見つかればいいが、王都に直接繋ぐのだ、かなり慎重に場所を選ばないとだめだろう。
ドラゴンを退治したときにも、竜素材の一部が日持ちせず、とにかく急いで錬金を急いだ事実もあるのだ。
それを考えると、マイナが同行するのは安心感がある。
ヴァンは俺たちのやりとりにニヤリと微笑む。
「決まりだな」
俺は弱々しく反論しようとする。
「だが……」
すると今度はヴァンが俺に耳打ちするではないか。
(国からは出せんが、エリクサーの三つや四つくらい隠し持ってるだろう? 今度は上手く使え)
(いや……一つしかないが……)
(嘘だろう? ドラゴン討伐時に量産してただろ。国の経済をぶち壊す勢いで)
(ああ。だから全部辺境伯に献上したんだよ)
(全部? 本当に全部なのか? 普通いくつかは自分で確保しておくものじゃないか? いや、一つは確保しているんだったか)
(いや、それは後日たまたま材料が手に入ったから作っておいたやつで、最初の時は全部献上したぞ。この一つは俺のとっておきだな。まぁ、大事なときに使えなかったんだがな……)
(自虐に陥るな。貴様らは笑っておけ。とにかく一つあるなら、最悪の事態は回避できるだろ)
(それは……)
ヴァンがぐだっている俺の背中をバシンと叩いた。
「マイナの同行は確定だ! ペルシア! クラフトとマイナを守れ!」
「はっ! 命に代えましても!」
強引に決定されてしまった。
喜ぶマイナに、やっぱりダメとは言えないな、これ。
「……わかった。絶対にマイナとジャビール先生は守る!」
俺が決意して拳を握ると、なぜかマイナに足を蹴られまくった。
リーファンとジャビール先生があきれ顔で天を仰いでいる。
なんで!?
ペルシアが冷たい視線を向けながらボソリと。
「なぜそこでジャビール殿の名を出したのだ……」
え?
だって、マイナだけじゃなく、ジャビール先生も同行は決定してるわけだし……。って呟いたら、女性陣全員から冷たい視線を向けられるのであった。
解せぬ。
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