220:辛いときほど、笑顔が大事って話
魔術師のエヴァは、過去のことを思い出していた。
(私たちが育った”隠者の庭園”。魔術師の才能がある孤児を集め、育てていた隠し村。私はそこで才能を見せたが、隠者にはなれず、外の世界に追放された)
クラフトたちの討論が白熱する中、彼女だけは黙考を続ける。
(追放されたと思っていたけれど、最後にかけられたのは「世界の秘密を見つけて、里に戻れ」という言葉だった)
さらに彼女は思考を深めた。
(でも、眠らされて外に出されたのだから、里の場所なんてわからない)
エヴァは隠者の庭園が求める世界の秘密こそ、世界樹のことではないかと思ったのだ。
(……そうか。世界の秘密を求めるなら、隠者の庭園に戻れるくらい、簡単にこなさなければならない。世界の秘密に気づいて、里に戻ることが試練になってるんだ!)
正解とは限らないが、魔術師としてのカンがそう囁くのだ。
どのみちクラフトたちの議論は迷走するばかり。少なくとも隠者の庭園ならば、世界樹の情報があってもおかしくない。
エヴァは意を決して、立ち上がったのである。
◆
カイルを生き返らせるためには、世界樹の葉が必要となるが、それを見つける方法がわからない。
俺たちは喧々囂々と意見を交わすが、そもそも存在するかもわからない世界樹の捜索方法の議論など、不毛そのものだ。
それまでジッと黙考していたエヴァが立ち上がる。
「一つだけ、可能性があります」
その場にいた全員が一度停止したあと、彼女に顔を向けた。
賢者の紋章がなにか囁いてくれたのだろうか?
「昔の話になりますが、私は魔術師が住む隠し里で暮らしていました。その場所は隠者の庭園と呼ばれていました」
すると今度はジャビール先生が勢いよく立ち上がる。
「なんじゃと!? 魔術師の隠し里じゃと!? ……ううぬ、錬金術師と魔術師の隠し里があるという伝承は本当だったのじゃな」
「錬金術師の里は知りませんが、魔術師の里は存在します」
「ううむ。衝撃の事実なのじゃ」
そういえば、錬金術師の隠し里に関する噂話は聞いたことがあったな。それにしても、魔術師の隠し里まで存在したとは。
「エヴァ。つまりその里に行けば、世界樹の情報が手に入るってことか?」
「確証はありません。ただ、色々となにかを隠している情報があると思っています」
隠し里だから、情報も隠してるって事じゃないよなぁ?
「だが確かに、現状だとヒントの一つもない状態だ。ぜひ案内してくれ!」
可能性があるのなら、片っ端から試してやんよ!
「それなのですが……里の場所がわかりません」
「……は?」
「詳細は省きますが、眠らされて町の宿で目覚めたんです。里に入るときも同じですね」
「秘密主義にもほどがあんだろ……」
「ここからは私の想像になるのですが、隠者……長老たちの知る情報を知るには、自力で里に戻ることが試練になっているのではと考えています」
なにか確証があるのか、エヴァの顔に迷いはなさそうだ。
魔術師が集まっているような里なら、なんらかの情報があってもおかしくない。
手詰まりの現状、他に選択肢が思いつかないというのもある。
「俺としては、ぜひその話に乗りたい。現状だと闇雲に世界樹を探すよりは、実在する里を探す方が簡単だろうしな」
何人かが頷くのを見て、エヴァが眉をひそめる。
「自分で言って置いてなんですが、信じてくれるのですか?」
「当たり前だろ? エヴァは信頼出来る仲間じゃないか」
するとエヴァはそっぽを向いて「そうですか」と呟いたのだが、その横顔は照れているのか、少し朱くなっているようだった。始めて会ったとき、他人をあまり信用するタイプじゃなかったから、こういう関係に慣れてないのかもしれないな。もう少し安心させておこうか。
「ああ。俺はエヴァの全てを信用できるからな!」
「なっ!? ちょ! 言い過ぎですよ! からかってるんですか!?」
「おおう。すまん。そんなつもりはなかった」
真っ赤になって怒るエヴァに、俺は慌てて謝罪する。
ぬう。逆効果だったか……。
「とにかく! 里を探すのであれば全力でお手伝いするつもりです!」
「お、おう。頼もしいぜ」
俺はまわりを見渡す。
「俺はこの話に乗ろうと思うが、みんなはどう思う?」
最初に答えたのはジャビール先生だ。
「私も賛成なのじゃ。現状では打つ手がないのじゃからの。それに魔術師の隠し里には私も興味があるのじゃ」
「え? まさか先生も一緒に行く気ですか!?」
「うむ。今回ばかりは留守番というわけにはいかんじゃろう。貴様だけではなにをやらかすのかわからんからの」
「でも先生、戦いはからっきしですよね?」
「うむ。そのあたりは迷惑をかけるが、お主たちと一緒ならば心配はしておらんのじゃ」
するとリーファンが大きく頷く。
「たしかに先生が一緒なら、クラフト君の暴走を止められますもんね」
「どういうこと!?」
俺ってそんな目で見られてるの!?
「クラフト君……もう少し自覚を持とうね」
ミズホ組以外が、うんうんと頷きやがった!
ニヤリと笑いながら、ヴァンが顎を撫でる。
「いいだろう。その隠し里ととやらを探す方針にする。クラフトとジャビールは探索組に決定だな。残りのメンバーだが、ジタローを連れていけ」
「え? そりゃ来てくれって言えばついて来てくれるとは思いますが」
「もちろん行くっすよ!」
「……まぁ、見ての通りですが、なんで指名なんです?」
俺がヴァンに疑問を投げると、彼は口をへの字に曲げた。
「その顔だ。いつまでしかめっ面でいるつもりだ?」
「え?」
俺は慌てて自分の頬を撫でるが、そんなに余裕のない顔をしていただろうか。
「貴様らの強みは、どんなときでも楽しむことだろ。ジタローを連れて行き、笑顔を取り戻せ」
「そんなに余裕なくなってる?」
「ああ、見てられん。色々と思うところはあると思うが、楽しんでやれ」
ここで「カイルが死にかけてるのに、楽しくなんかやれるか!」と怒鳴るのは簡単だ。だが、ヴァンの言うとおり暗い顔をしたところで事態が好転するわけでもない。むしろ悪化すると指摘しているのだろう。
「……そうだな。自分のせいだと沈んでたところで、カイルは喜ばないよな。それにカイルは封印されてるんだ。焦るより確実にこなしていった方がいいよな」
「そのとおりだ」
大きく頷いたあと、ヴァンが続ける。
「メンバーだが、レイドックには別にやってもらうことがある。探索組には入れられん」
「え!?」
「帝国へ向かう使者の護衛だ。俺の聖騎士団から長時間割ける人材がほとんどおらん。レイドックが適任だ。エヴァが探索組なのも決定だから、パーティーの残りのメンバーをどう割り当てるかは任せる」
当てにしてた戦力だが、確かに帝国までの護衛など、レイドックぐらいしか役に立たないだろう。俺がレイドックに顔を向けると、しばらく黙考したあと口を開いた。
「陛下。クラフトにはキャスパー三姉妹をつけます。私とソラルが使者の護衛につきますが、信頼するパーティーを連れていくことをお許しください」
「構わん」
「ありがとうございます」
「レイドック。誰を連れて行くつもりだ?」
「そんなの、ベップとバーダックとモーダのパーティーに決まってんだろ?」
「なるほど。それなら安心だな」
レイドックの元パーティーメンバーで、今は全員が紋章持ちの実力派パーティーだ。彼らならいろんな意味で安心できる。
「俺の聖騎士隊からも何人かは出す。戦力的には足りるだろう。大人数過ぎても逆に移動が難しいからな」
さすがヴァンである。未開拓地を進む危険性を良く理解しているぜ。
「残りのメンバーだが――」
ヴァンの言葉を遮って、マイナが声を上げた。
「私も、行く!」
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