218:諦めたら、それで終了だよなって話
アルファードは、何度もベラの死を確認する。
魔族のしぶとさは嫌というほど理解していたから、徹底的にだ。今度こそ間違いなく死んだと確信してから、カイルに走り出す。
「マリリン! カイル様の容態は!?」
マリリンは振り向きもせず、両手をカイルに当て、大量の魔力を注ぎこんでいる。
「……! ちょっと黙っててくださぁい! ”神息聖界””高速重傷治癒””御霊福音”……お願い、効いてぇ!」
「ぐっ……!」
すでにありったけのポーションも使いつくし、なにも出来ないアルファードが苛立つ。
念入りに魔族が死んだかを確認したレイドックが、走り寄ってきたかと思うと、寝ているクラフトの胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「クラフト! 起きろ! なんかすげぇ回復の薬を出してくれ!」
それを邪魔するようにエヴァがクラフトを奪い、大事に抱えながら叫ぶ。
「だめぇ! レイドック! 傷が治ってるのに意識が戻らないのは、貴方が考えているより重症だからよ! 安静にさせないとクラフトが……クラフトが死んじゃう!」
「なにっ!? クソッ! ジャビールさんを連れてくる!」
レイドックは舌打ちの後、城に向かって矢のように走り出した。
エヴァが強く強くクラフトの手を握りしめる。
「クラフト……意識を強く持って……。マリリンの魔法でも目覚めないってことは、今まさに死んでもおかしくないの。だから……だから……」
カイルのまわりには、アルファードを含めた人だかりが出来ていた。
「医者を……いや、ジャビールを!」
「もうレイドックが向かってます!」
なにもできなくて苛立つアルファードに、聖騎士隊員が走り寄ってくる。
「アルファード隊長! 陛下がいらっしゃいました!」
「なに!?」
なんと、ジャビールを抱えながら、ヴァインデック国王が走り寄ってきていたのだ。すぐ後ろをレイドックも追ってる。
どうやら途中で合流して一緒に戻ってきたらしい。
全員が目を合わせただけで挨拶もせずに動き出す。
やや乱暴に地面へ下ろされたジャビールがカイルに飛びつき、様々なポーションを試したあと、念入りにカイルの身体を調べる。
そして。
「……残念なのじゃ」
ぼそりと、零す。
「なっ!? 馬鹿な! ジャビール殿! もっと良く診てください! カイル様は……カイル様は!」
「落ち着くのじゃ、アルファード殿。ポーションも回復魔法も効かない理由は……お主も良くわかっておるじゃろう?」
「しかし、しかし!」
「肉体に魂が……魂と呼ばれるものがなければ、それは人とは言えないのじゃ。このまま無理をすれば、死霊となりかねないのじゃぞ」
言い争う二人に、ヴァインデックが割って入る。
「ジャビール。コレを試して見ろ」
手渡したのは小瓶。
「これは、エリクサーではないか! しかしなのじゃ……」
「構わん。使え。これは命令だ」
「わかったのじゃ」
ジャビールがエリクサーを指にすくい、胸に空いたの大穴へと塗っていく。見た目は幼女のジャビールだが、高名な医者なのでカイルの惨状にひるんだりはしない。
しばし時間が流れる。
「陛下。残念じゃが……」
ジャビールがゆっくりと立ち上がり、国王に向かって首を横に振る。だが、それを遮るように、アルファードが叫びを上げた。
「見ろ! 少しずつだが傷が塞がっていくぞ!」
「なんじゃと!?」
慌てて振り返るジャビール。確かにカイルの肉体は、ゆっくりではあるが癒えていくのがわかった。
「信じられんのじゃ! 死んだあとに回復が始まるとはの……」
「カイル様は死んでおられん!」
アルファードの叫びに、マリリンが震えて言い返す。
「でも、でもぉ。脈も呼吸も戻らないんですぅ~」
「どういうことだ!?」
「落ち着くのじゃアルファード殿! ぬう。しかし、これは、まさか……」
顎に手を当て、思考に沈むジャビール。
「ジャビール。なにか思いついたならなんでも構わん。やれ」
「無駄足になるかもしれんのじゃぞ?」
「今カイルを失うわけにはいかん。わずかでも可能性があるなら、なんでも試せ」
「わかったのじゃ。マリリン殿。力を貸して欲しいのじゃ」
「私で出来ることならぁ~」
「うむ。では――」
ジャビールの指示で、マリリンが魔法をカイルに掛けた。
全員が奇跡を願って、希望をつなぐために。
◆
アルファードはそこまで語ったあと、ゆっくりと腕を組んだ。
俺は偉いさんだらけの会議室だというのに、机を蹴り飛ばす勢いで立ち上がりながら、思わず叫ぶ。
「それで! カイルは! 治ったんだよな!?」
ため息交じりで、ジャビール先生が軽く手を振る。
「落ち着くのじゃ、クラフト。カイル様なら奥の部屋におられる」
奥の部屋に? なんだ、驚かすなよ!
俺は安堵の息を吐いた。
「なんだ……良かったよ」
「まったく良くはないのじゃ」
緩く首を振るジャビールを、まじまじと見返してしまう。
「……え?」
「ジャビール。クラフトに見せてこい」
「承知なのじゃ。クラフト。ついてくるのじゃ」
「え? ああ、はい」
エリクサーと魔法で治ったんだよ、な?
俺は不安を拭えないまま、ジャビール先生のあとに続く。長い廊下の奥に、一際頑丈な扉が見える。
そこを守っている聖騎士隊員が俺たちに気づくと、一礼してから、扉を開けてくれた。
部屋はさほど大きくはなかった。薄暗く、ランプの明かりも頼りない。なにより殺風景すぎた。
心臓がバクバクとうるさい。
部屋の中央にベッド……いや、石製の大きな台があった。そして、そこに、氷の塊が置かれている。
「……カイル」
俺はそっと氷に触れる。
そう。氷の中に、カイルが閉じ込められていたのだ。
すでに怒りもなにも出てこない。心が空っぽになりそうだった。
「カイル様は、マリリンの魔法によって、封印されておるのじゃ」
「封印……ですか?」
「うむ。我ら錬金術師は、人に魂があるのかどうかすら解明しておらん。じゃが、そういったなにかがあるのは間違いないと思っておるのじゃ」
「……はい」
魂、人、肉体、死。
確かに俺たちはなにもわかっていない。
魂の抜けた死体は、死霊やゾンビになると言われているが、明確に解明した者はいない。状況判断的に間違いはないだろうが。
「回復魔法やポーションは、死んだ者には効かぬと言うのが定説じゃが、エリクサーだけは効いたのじゃ」
「ええ」
「つまり、まだ魂は残っておると判断したのじゃ」
「それじゃあ!」
急に身体が熱くなる俺を、先生が手で制する。
「いくら調べても、生きていると言える反応は残っておらんかった。じゃから私はこう仮定したのじゃ」
ピッと指を立てる。
「肉体は限りなく死に近いが、魂がかろうじて残っている状態じゃとな」
「それは、つまり?」
「このような話を聞いたことはないか? 肉体の大半が崩壊し封印されていた邪神や魔族が復活した……なんていう伝承は各地に残っておるのじゃ」
「よくある昔話というか、おとぎ話というか」
「マリリン殿に使ってもらった魔法は、邪神と言われるような凶悪な魔物を封印する魔法なのじゃ」
ジャビール先生が「自分で頼んでおいてなんじゃが、まさか本当に封印魔法が使えるとは思ってもいなかったのじゃ」と呟いている。
自分の感想を俺に伝える意味がないと、漏れ出しただけっぽい。
俺はだんだん先生の言いたいことがわかってきた。
肉体が滅びかけている邪神。封印されていたが復活。それはカイルの状態に近いと考えれば。
ジャビール先生が俺の腰をべしっと叩いた。
「貴様、黄泉がえりの薬を作れる可能性があると言っておったじゃろ。私たちは、それに賭けることにしたのじゃ」
黄泉がえりのポーション!
「クラフト! 貴様はなんとしても作り上げるのじゃ! 錬金術の到達点! 黄泉がえりの秘薬! ユグドラシル=ソーマを!」
本日!
2023年4月28日、クビ錬金7巻発売です!




