214:人間を信じれば、超えられない壁はないって話
蜂魔人であるルーカスと真っ向対峙するのがレイドックで、その後ろにカミーユが短剣を両手に構える。少し後方で、マリリンの作り出した結界の中にエヴァ、マリリン、ソラルの三人。
そこからさらに後方で、カイルを中心にアルファードたちが円陣を組んでいる。彼らには市壁にいる冒険者たちから、片っ端の防御魔法が飛んでおり、何重もの魔法の壁が守っていた。
さすがゴールデンドーンの冒険者だぜ。この距離で良く届くもんだ。
エヴァやマリリンの足下には及ばないが、さまざまなポーションと、過酷な環境で育った冒険者たちの実力は、他の地域の者と比較にならない。
俺はレイドックのフォローをするか、カイルの護衛に回るか一瞬悩んだが、頼もしいゴールデンドーンの仲間たちを見て、レイドックを手伝うことにした。
それだけ、この魔族って奴がやばい気がするのだ。
もっとも、レイドックたちに手助けが必要とも思わないが。
「へえ。やっぱ魔族ってのは、ずいぶんとお強いんだな」
「けっ! てめぇこそ俺の一撃を受けるとはたいしたもんだぜ! だがな、人間は俺の針にメッタ刺しにされながら、悲鳴を上げるもんなんだよ!」
「断る!」
レイドックと蜂魔族ルーカスが同時に動く。正直、打ち合ってる部分、腕から先は全く見えない。かろうじて、動きの少ない身体の動きを追える程度だ。
あのレイドックの顔から、余裕が消えている。
ドラムを連打するような間隔で聞こえる剣戟が、二人の激しい攻防を教えてくれていた。
「やべぇー、手が出せる攻防じゃねぇわ」
俺はベルトに装着した各種ポーションをいつでも投げれる体勢を取っていたが、正直いらない子だったかもしれない。
だが、レイドックのパーティーメンバーは違った。普段から一緒に戦っているのだから、連携などお手の物である。
「これは止められないわよ! ”鳳凰爪烈破”!」
ソラルから、弓で放たれたとは思えない強烈な威力の矢が放たれると、ルーカスが先ほどと同じように、尻尾のような尻を動かし、先端から針を飛ばす。
しかし、その極太の針はあっさりと矢に砕かれた。
「ちいっ!」
蜂野郎がレイドックの連撃を裁きながら、何発もの針を飛ばし、どうにかソラルの秘技を止める。
「そこっ! ”業炎緋槍”」
続けてエヴァが魔法で業火の槍を放つ。先ほどと属性を変えているあたり、敵の弱点も探っているのだろう。ソツがないぜ!
「この威力! やはり過去の印持ちかよ!」
ルーカスは、背中に収まっていた羽を広げ、魔法の射線から飛び上がる。
「残念。本命はこっち。”暗踊葬双”」
レイドックの背後から飛び上がる十数人のカミーユ。
「なに!?」
あれはミズホ神国で見た分身しながらの剣技! これは躱せない!
「なめるな人間!」
叫んだルーカスが、その場でカミーユに背中を向けた。
「え?」
それが誰の驚きだったのか。俺だったのか複数だったのか。
カミーユに向けられた羽が、高速で振動し、飛びかかる複数のカミーユを全て吹き飛ばした。
「きゃっ!」
一瞬で切り傷だらけになって、地面を転がるカミーユ。俺はヒールポーションを投げようとしたが、それより早く、マリリンから回復呪文が飛ぶ。
すぐに血を拭って立ち上がるカミーユに傷は残っていないようだ。
あいつらが組んでから、強敵との戦いなんてほとんどなかっただろうに、攻撃だけでなく、守りの連携も完璧だな。さすがだぜ。
その後も激しい攻防が繰り返されるが、どんな連携も、最後には羽の防御で防がれてしまう。
「うざいんだよ! てめぇらは!」
「こっちのセリフだ!」
「この虫、むかつく」
魔族の罵声に、レイドックだけでなくカミーユまで悪態をつく。よほどストレスを溜めているらしい。
すぐ治るとはいえ、被害を負っているのはレイドックたちだけなのだ。焦る気持ちも分る。
……あの羽を封じれば、あとはあいつらがなんとかするよな?
幸い、羽を防御に使っているので、飛んで逃げたり攻撃したりは出来ないらしい。
やってみるか。
俺は今まで得た知識を総動員して、必要な薬を思い浮かべる。
冒険で得た経験を、紋章から得た知識を、ジャビール先生から学んだことを総動員して、新たな錬金術を創成していった。
(いける!)
俺は少し離れた場所で、空間収納からいくつもの薬草や中間薬を取り出し、錬金術で一気に錬成していく。錬金釜はないが、必要なのは試験管一本分でいいから、魔力で強引に生成していった。
このとき、レイドックは俺の動きに気づいていたらしい。あの激しい戦闘の中よくもまぁと聞いたときは思ったが、とにかく、俺がなにかをしていると確信していたそうだ。
だからレイドックは、小さく仲間にサインを出した。
(クラフトがなんかやる、魔族野郎の動きを抑えるのを優先するぞ!)
(((了解!!!)))
レイドックたちはそれまで魔族を打ち倒す連携をしていたが、そこから敵の動きを封じるような連携に変更したことで、ルーカスの動きが鈍っていく。
俺はそんなことには気づかなかったが、錬金を終え、顔を上げたとき、蜂魔族の動きがかろうじて目で追えることに安堵していた。
まるで示し合わせたかのように、レイドックが体を入れ替え、魔族が俺に背中を向ける。
「ここだ! くらえ! 速乾硬化粘液!」
出来たばかりの錬金薬を試験管型ポーション瓶に入れ、魔族ルーカスに投げつけた。
俺の魔力で、敵にぶつかる瞬間、ポーション瓶は割れて消える。
「雑魚が邪魔をするなぁ!」
ルーカスが羽を振動させ、中身の飛び出た錬金薬を吹き飛ばそうとするが、それが狙いだ!
ぶわっと広がった錬金薬。とりもちと硬化岩を混合したそれは、蜂魔族の羽にべったりとくっつくと同時に、一瞬で固まったのだ。
「なんだと!?」
ルーカスが驚愕すると同時に、レイドックパーティーが動く。
「今! ”ユニコーン・ホーン”!」
「お前、ウザすぎ。撃滅クナイ」
「滅びるがいい! ”深淵崩壊”!」
ソラルが白いオーラを纏った矢を放つ。まるで巨大な角のようだ。
羽を封じられたルーカスが「ちぃ!」と舌打ちしながら、身をひねってそれを躱す。
あの威力は針で迎撃できないと判断したのだろう。俺もそう思う。
体勢が崩れたところに、カミーユの技が飛ぶ。分身した全てから、短剣のような物が投げつけられたが、その速度は常識を逸していた。
レイドックの止まない剣戟を片手で捌きながら、残った腕で、無数に飛んでくる短剣を弾いていく。だが、体勢が崩れていることもあり、何発か受け損ない、複眼の片方に傷をつけた。
おお! 始めて明確なダメージを与えた! あの分身技は反則だろう!
そして、エヴァから漆黒の魔力弾が襲いかかる。
ルーカスが慌ててそれを腕で打ち落とそうとするが、なんとレイドックの剣を受け止めていた昆虫の腕が、ざらりと崩壊したのだ。
あの魔法、見た目よりやべぇ!?
片腕と片眼を失った昆虫野郎にとどめを刺すのはもちろん。
「信じてたぜ、クラフト! 喰らえ! ”紅蓮昇竜剣撃”!」
レイドックの炎を纏った剛剣が、蜂魔族ルーカスの脇腹から逆の肩を、下から上に切り裂き、二つに分れた身体が宙を舞った。
俺の正面に、ドサリと魔族の上半身が落ちる。
「おわぁ!?」
「わりーわりー。落下点まで考える余裕がなかったぜ」
「い、いや。倒せたんならいいんだが……驚いたぜ」
死んだよな?
俺は枝を取り出して、昆虫顔をつついてみる。
「ぐ……」
「おぎゃっ!?」
くぐもった声がルーカスから漏れて、俺は思わず尻餅をついた。すぐにレイドックたちが敵を囲う。
「に……人間などに……俺様が……魔族が負けるなんて……」
死ぬほど焦ったが、死にかけだったらしい。びびらせんなよ!
……。
これ、見ているヴァンに、あとで死ぬほどからかわれそうだな。




