203:反撃は、徹底的にって話
「ぐわははははははは! 我が槍の切れ味をとくと味わうがいい!」
ドーン砦から飛び出したミズホ武士の先頭は、一際大きな二足鳥にまたがる隻眼のシンゲンであった。
「父上! せめて、せめて先陣だけはやめてくだされ!」
続くハンベエが、シンゲンを止めようとするが、名鳥にまたがるシンゲンに追いつかない。
「将軍自ら突っ込む阿呆がどこにいる! 貴様は最後尾に引っ込んでおれ!」
続いて叫んだのは、オブライエン家の家長であるモトナリだ。いつもの不敵な笑みすら引っ込んでいる。それに対してシンゲンが吐き捨てる。
「貴様こそ、頭脳担当が無理をするでないわ! おとなしくマサムネと一緒に砦で留守番しておれ!」
御三家の一つ、セントクレア家の当主であるマサムネは、予備兵力として、カイルの兵と共に砦に残って、狙われるであろうドーン大橋を守る手はずだ。
「抜かせ! 一番槍の栄誉を、ムテン様に捧げるのだ! くくく……これであの娘も惚れるに違いない……」
「なんぞ言うたか!?」
言葉の後半が聞き取れず、シンゲンが叫んだが、モトナリは無視する。親子ほど年の離れたノブナに懸想しているなど、知られたくはないからだ。
そしてモトナリの息子であるカゲタカも、ノブナに惚れているのだから、親子揃って迷惑極まりない。
その迷惑息子のカゲタカも、当然参戦している。
二足鳥を飛ばしながら、前髪をかき上げるが、全力疾走する騎鳥の上では意味がない。
彼はノブナに向かって叫ぶ。
「ふふふ! このカゲタカ様がお前を守ってやるからな!」
砦から飛び出したミズホ兵部隊の後方に、ノブナとその弟であるカネツグ、それにカゲタカの三部隊が併走していた。
「カゲタカ! 貴方が守るのはカネツグの部隊なのよ! 役割を理解するのよ!」
「う……と、とにかくお前も守る!」
「ありがた迷惑なのよ!」
この三人が率いる部隊の説明をしておこう。
まず、カゲタカ・オブライエンの率いる部隊は、弓と刀を装備した一般的な武士によって構成されている。
人数は多いが、サムライの紋章持ちは少なく、ごく一般的なミズホ兵の部隊だ。カゲタカ自身もサムライの紋章を持つが、実力は普通。けして弱くはないが、なんの特徴もない、量産型の武士である。
つまり、普通の部隊である。
もちろんミズホ兵そのものが精強であり、ゴールデンドーン滞在中に、スタミナポーションをがぶ飲みしながら鍛えたこともあり、王国の一般兵に比べれば、間違いなく精鋭なのだが、カゲタカはそこから逸脱していない。
ミズホの基準からすれば、本当に一般的な強さでしかなかった。
そんなカゲタカ部隊の任務は、カネツグ・ヴィルヘルムの率いるオンミョウ部隊の直掩(護衛部隊)である。
カネツグの部隊は、オンミョウジの紋章を持つ者で構成された、帝国で言うところの魔導部隊。
式神という特殊な召喚術を使う魔術師の一団だが、もちろん肉弾戦はすこぶる弱い。
カゲタカはこの直掩任務を、大事なオンミョウ部隊を守る名誉ある任務だと思っていた。それ自体は間違っていないが、シンゲンとモトナリが想定しているカゲタカ部隊の役割は、肉壁である。そこに親子や人の情などは介在しない。
最後にノブナの部隊だが、少数での構成だ。
それも当然である。ノブナの持つオンミョウザムライの紋章という、レアな紋章と部隊戦力の均衡化を図るため、オンミョウジの紋章を持ちながらも、剣や弓で戦える強者ばかりを集めた、少数精鋭の部隊だからだ。
ノブナの部隊に与えられた任務は、この三部隊の指揮と、カネツグ率いるオンミョウ部隊の護衛であり、またオンミョウ部隊としての活躍も期待されている。
いざという時は、カゲタカの部隊をおとりにして、カネツグ部隊ともども撤退するように密命まで受けていた。
そんなオンミョウ部隊に期待されているのは、攻撃ではなく防御である。
そして、すぐにその役目を果たすときが来たのである。
◆
シンゲン、ハンベエ、モトナリの三人が率いるミズホ武士の中でも精鋭の集まる部隊が、ドーン砦に迫る魔物の先頭集団に突っ込んでいく。
一番槍は、先頭を突き進むシンゲンの部隊。わずかに遅れてハンベエ、モトナリの部隊も戦闘に突入。周囲は一気に血生臭くなった。
「ぐわはははは! なかなか骨のある敵ではないか!」
骨があるなどと言っているが、シンゲンが巨大な十文字槍を振るうたび、魔物が小枝のように斬られ、吹っ飛んでいく。
「ぐわはははは! リーファン殿が打ってくれた硬ミスリルの槍は素晴らしいの!」
それは、カイルから贈られた武器であり、忙しい中リーファンが精魂込めて鍛造してくれた十文字槍である。シンゲンの体格に合わせ、一般の物より大型となっている。
「ちぇすとぉぉぉぉお!」
シンゲンと一緒に先陣を切るハンベエもまた、硬ミスリルの槍を振るう。こちらはリーファンの師匠であるヴェルンド製であるが、リーファンが打った物と遜色ない名品である。
「父上! 武器の性能だけではありませぬ。クラフト殿のシャープネスオイルの威力も素晴らしいかと!」
当然と言えば当然だが、全ての兵にシャープネスオイルが支給されていた。オリハルコン製の武器にはほとんど効果がないが、ミスリル製の武器であれば、シャープネスオイルは十分威力を発揮する。
だが、一番恩恵を受けているのは追随する武士たちだろう。
彼らの持つミズホ刀は素晴らしい切れ味を持つが、所詮は鋼製。鉄としては最高度を誇るが、どうしても限度はある。それがシャープネスオイルを塗ることで、切れ味が大幅に増し、結果的に刀にかかる負担が減ることで、その切れ味を戦闘中ずっと維持できるのだ。
ハンベエは部下たちが魔物を紙のように切り伏せている光景に、凶悪な笑みを浮かべる。
「ぐわはははは! やんちゃをしていた頃の顔つきに戻っているぞ、ハンベエ!」
「あまり黒歴史を掘り返されたくはありませぬが、今だけは若かりし頃の衝動が抑えきれませぬゆえ!」
「良き! 存分に暴れるがよかろう!」
「応!」
今でこそ、冷静沈着で苦労人の代名詞のようなハンベエだが、彼がノブナくらいの年齢だったころは、手の付けられない暴れん坊だったのだ。
やんちゃだった頃を指摘され、少しばかりバツの悪いハンベエではあったが、久しぶりの大規模戦場で、ずっと防衛ばかりだった不満もあり、その血は極限まで高ぶっていたのである。
そんな暴れん坊二人に少し遅れて続くのがモトナリ。彼はシンゲンに指摘されたとおり、武よりも知に重きを置いた武士である。
だが、カゲタカと違って武士としての能力も高い。魔物を切り伏せながらも、俯瞰しているかのごとく戦場を把握していた。
「くくく……左の突破力が弱いな。ハンベエの阿呆め、視野が狭くなっておるわ」
モトナリは呟きながら部隊を左に寄せ、攻撃を厚くしていく。
そんな中、魔物に傷つき、落伍者が出ていることに気づく。もちろんシンゲンもハンベエも気づいているのだろうが、無視している。
「ふん。私に任せると言うことか。まったく……」
文句を言いながらも部下に指示を飛ばす。
「負傷者を見つけ次第、ヒールポーションをぶっかけるだ! かすり傷でもかまわぬ。残量は気にするな! これは命令である!」
部下が即座にヒールポーションを湯水のように使うことで、一人の脱落者も出さず、負傷者が全員すぐに戦線へと復帰していく。
それを見て、モトナリは戦慄する。
ミズホ神国に錬金術師は少ない。しかも帝国や王国と比べると、その技量は圧倒的に下だ。だから、回復薬などは貴重品で兵士が使うことを許されていなかった。
「まったく……あの阿呆どもは、これがどれほど異常なことがわかっているのか」
モトナリは戦争準備を思い出す。ドーン砦に備蓄されているヒールポーションの量は、ミズホ神国の基準で言えば数百年分にも及ぶ量だったのだ。
しかも、足りなくなったらすぐに大橋経由で補充できるというのだから、その驚愕のほどはしれない。
「黄昏の錬金術師クラフト……恐ろしい男よ」
戦略を戦術レベルで軽くひっくり返す錬金術師のことを思い、モトナリは一人背筋を凍らせるのであった。




