200:戦略家の考えなんて、わからんよなって話
ゴールデンドーンの防衛には大きく三段階が計画されていた。
一つはドーン大河を渡す橋の建設。これは先日完了したところだ。
一つは橋の対岸に、砦を建築すること。これは現在急ピッチで進めている。大橋の建設と同時進行で、蒸気船で物資をピストン輸送していたので、こちらもじきに工事は終わる予定だ。
最後が市壁の強化と延長。とくに川沿いに市壁を張り巡らせることを優先している。こちらもまもなく完了予定。ミズホ住民たちが参加してくれなかったら間に合わなかったかもしれない。
橋の完成が予想より大幅に早く終わったので、現在新たにもう一つの迎撃箇所を構築することになった。
それは街の北側で、橋との間の広いスペースで、ちょうど完成式典をやった場所である。
城の位置は街の北東になるので、その北門側のスペースがよく見下ろせる。
カイルの執務室の窓から、眺めていると、コカトリスが押し寄せてきた時を思い出す。あの頃は北門の外側は大河までただの原っぱだったが、今はいくつもの市壁に囲まれ、石畳で整地されていた。
「なあカイル、ここを防衛拠点の一つにするって言ってたが、対岸の砦で持ちこたえられるんじゃないか?」
ドーン大橋の対岸に建設中の砦も、大概な規模である。帝国が来ることがわかってから再設計したので、完全に軍事拠点として作られているため、防衛力はかなりのもんだと思う。
「砦を避けられて、川から橋に登られる可能性がありますからね」
「あーそうか。魔物はともかく、人間の兵はそのくらいの頭があるか」
「はい。もっともそれも狙いの一つですけれどね」
「……守りの堅い砦を避け、大橋上に集結した敵軍が、ゴールデンドーンの北門側にたどり着いたところを一網打尽か」
「はい。ここまで攻めてきたのなら……容赦はしません」
俺は驚いてカイルに振り返る。
どうも俺は少しばかり、カイルのことを過小評価していたらしい。カイルの目つきは、領地を守る領主の瞳だったからだ。
もちろん人死には可能な限り避けるつもりで、全員が防衛計画を立てているが、ミズホを滅ぼしそうとした連中だ。敵の出方次第では容赦しない。
アルファードが先頭に立って作戦立案しているから、任せておけば安心だろう。個人の武力ではレイドックとそのパーティーメンバーに軍配が上がるが、戦略、戦術レベルになれば、アルファードほど頼れる奴はいない。
「さて、それじゃあ俺はアルファードの作戦通り、各地点に連絡と納品に行ってくる」
色々作らされてきたが、カイルから渡されたアルファードの指示書を見て、なるほど、こう使うのか……エグいな! と思ったのは内緒である。
俺はそれから指示された錬金を終え、各防衛地点を回るのであった。
◆
最初にやって来たのは、ドーン大橋を渡った先に建設中の砦である。
現在ドーン大橋は一般人の出入りを禁止しているため、軍人かその雇われしかいない。なのでブラックドラゴン号を全力で走らせれば、あっという間に到着だ。
この砦を突破できない限り、通常の手段では大橋を渡ることは出来ない。先ほどカイルと話していたように、川上から水上に出て、いかだなど使って、直接橋に取り付くことは可能だろう。だが、水面と橋の間には高さがあるし、砦から見つからないくらい岸から離れた深みだと、流れが速い。橋脚に取り付けなければ、止まることも出来ず、下流に流されていくだろう。
実質的に、この砦が最大の防衛地点となるのは間違いない。
俺は陣頭指揮を執っているアルファードの所へ向かう。
「よう、お疲れ」
「来たか、クラフト」
「建設は順調のようだな」
「ああ、帝国軍につかず離れずチヨメ殿が進軍状況を教えてくれるからな、敵が来るまでには完成する」
「なんだかずいぶん時間が掛かってるよな。こっちからしたらありがたいけどさ」
「そもそも魔物と人間が共同戦線を張るなどというのが、無理筋なのだ。チヨメ殿によると、まず、魔物の大軍が、森や荒れ地を進む。そうして均された大地を、帝国軍がついて行ってるらしい」
「なんとまぁ」
ミズホの戦場で、蜂の人型魔物が確認されていが、チヨメの偵察時に確認された声と同一人物であろうと予測されている。
人間と同等かそれ以上の知識を持ち、会話し、魔物の群れを操る存在だ。危険極まりない。
魔物を先導させてるのも、蜂男の仕業だろう。
「しかし、人間の軍隊はまだしも、魔物は腹が減らないのか?」
俺の疑問に、アルファードが答えをくれた。
「それも確認されている。信じられんが、進軍するごとに、弱い魔物を呼び寄せ、強い魔物に食べさせている」
「マジかよ」
「進軍しながら、強い個体も少しずつ増えてるらしくてな、ここに到着する頃には、強個体の大軍になっているだろう」
「……洒落になんねぇって」
「進軍速度が大幅に遅れているのは、その辺も理由のようだな」
「人間の食料は?」
「それなんだが、どうもミズホに比較的近い場所に……といっても数日以上の距離らしいが、砦を建築していたらしい」
ミズホから数日の距離なんて、右を見ても左を見ても、危険な地域ばっかり……。
「ああそうか。魔物に襲われないなら、秘密裏に砦を建設するのも可能なのか」
「そういうことだ。まぁ状況からそう見ているだけで確定ではない。チヨメ殿が砦と言う単語を兵士から盗み聞いただけで、単純に補給拠点かもしれん。どのみち、兵站が伸びきっているとはいえ、定期的にミズホ方面から食料が運び込まれているから、なんかしらの拠点があるのは間違いないだろう」
「さすがに帝国から補給なんてあり得ないもんな」
ミズホ周辺に、小国がいくつもあったのだから、そういうところから買い集めていた可能性もある。
「そういや、ミズホに行く途中で、小国がいくつも滅んでたよな。魔物によって」
「ほう、いい着眼点だなクラフト。恐らく、魔物に都市国家を襲わせ、スタンピードの仕業だと周辺国に思い込ませた上で、人間が関与したとばれない程度の食料をかき集めていた可能性が高い」
「……ベラが指示したんかな」
カイルの義理の母親であり、呪いをまき散らし、ベイルロード辺境伯を荒らした張本人の名がポロリと零れる。
「カイル様の前で、その名は出すなよ?」
「わかってるっつの。しかし、なんでまたベラはカイルをあんだけ恨んでるんだ?」
アルファードがため息交じりに、首を左右に振った。
「まったくわからぬ」
「そりゃそうだな……」
「捕まえて、吐かせるだけだ」
どうやらアルファードに敗北という予想はないらしい。
「それじゃ、勝つために、頼まれてた物を出したいんだけど、なんで船便じゃダメだったんだ?」
アルファードの手紙には、ヒールポーションや万能薬などは蒸気船で運び、指定した物資だけ、俺の”空間収納”で運ぶように指示されていたのだ。
「こちらの隠し部屋に出してくれ。チヨメ殿が盗み聞いた中で、蜂男がミズホに潜入していたことを匂わせる下りがあっただろ」
「ああそうか、スパイ対策か!」
「どのような侵入方法か、予想できないからな。一部の信用ある部下以外に、この隠し部屋のことを知らせるつもりはない」
俺はなるほどと感心する。
蜂男本人が隠れていたのか、仲間の人間が潜んでいたのかまではわからないが、侵入していたのは間違いなさそうだった。ゴールデンドーンにも同じように侵入されているかもと考えが及ばなかったのは、帝国軍と魔物がまだ遠くを進軍していることからの思い込みである。
潜入部隊みたいなもんがあれば、すでに入り込んでても不思議じゃないんだよなと、気を引き締め直す。
俺は、隠し部屋に頼まれていた物資を搬入してから、アルファードに手を振ってブラックドラゴン号にまたがって、砦を離れようとしたところで、橋の向こうから、砂煙が上がっているのに気づく。
「ク~ラ~フ~ト~さ~ま~!」
「シュルル!? なんで!?」
凄い勢いで走ってきたのは、リザードマン娘のシュルルだった。