198:人に語りたくない、過去ってあるよねって話
ドーン大橋完成式典。
大きな横断幕には、そう記載されていた。
祭りである。
こんな時期にやることかと言われそうだが、帝国軍と魔物の動きは鈍く、当面はこちらに来ない。
お偉いさん方には緊急事態でも、住民にとっては日常なのだ。ドーン大橋の建設には、ゴールデンドーン住民のほとんどが、何らかの形で関わっているのだから、完成式典くらいやらないと、住民から不満が上がるだろう。
さて、少々地理的な話をしておこう。
カイルの治めるエリクシル領の行政都市であるゴールデンドーンの北に、川幅が湖くらいある、それは巨大で長大な大河が東西に向かって流れている。
……最近、ドーン大河という名前がつけられたので、以降はこの川のことをドーン大河と呼ぶ。もちろん名付けたのは国王陛下であらせられるヴァンの野郎だ。
むしろ最近まで名前がなかったんかいと突っ込んだら、今まで誰もまともに到達していない場所で、実態調査もしていない川なんぞに名前などつけん。と返されてしまった。
それもそうか。
とにかく、他国との行き来を大幅に困難にしていた難所の一つであるドーン大河を渡す橋が出来たのだ。これが歴史的快挙なのは間違いない。
そうジャビール先生に教わった。
いや、俺もある程度はわかる。凄い橋だって!
「馬鹿者。なにもわかっておらぬのじゃ!」
「あれ? 口に出てました?」
「ダダ漏れなのじゃ」
ぬーん。俺って時々、内心が漏れてるらしいんだよな。気をつけねば。
「ドーン大橋完成には、二つの歴史的快挙が含まれておる」
「一つは……その規模ですかね?」
「そうなのじゃ。歴史上類を見ない大規模建造物であり、施工困難で複雑な流れの大河上に建設された世界最初の建築物でもあるのじゃ」
ジャビール先生は「おそらく」と前置きした上で、単一の建築物としては、世界最大だろうとのことだ。
馬車が一〇台は横に並べそうな幅の橋が、水平線の向こうまでずっと延びているのだ。そりゃあ、凄まじい規模だろう。
ゴールデンドーンに移住してきた大半の人数を全て割り当てただけではなく、転移門を使って王都からも大量の労働者を呼び込んだおかげで、おそらく五〇万人以上の工事規模だったはずだ。
錬金硬化岩とリーファンの技術。冒険者ギルドの護衛など、様々な要因が合わさったことで、建設スピードが加速。結果、一年も掛からずに完成したのだ。
「ドーン大橋が凄いのはわかりますが、もう一つの歴史的快挙ってなんです?」
「さっき自分でぶつぶつ言っておったではないか。特殊な手段を使わずとも、他国と行き来できるようになったことなのじゃ。もちろん渡った先にいくつもの難所はあるのじゃが」
「なるほど。それでも地続きですもんね」
「うむ。今は水分蒸発薬を使った、蒸気機関で動く蒸気船もあるが、それまではこのような大きな川を渡る手段など皆無であったのじゃ」
「魔法とかならなんとかなりませんか?」
「うむ。じゃから、他国との連絡は、それらを魔法などで解決できる一部の冒険者や王国の精鋭などが請け負っておったのじゃ」
「ああ、なるほど」
他国の話ってほとんど聞かないよなー、とは思っていたが、考えてみたら当たり前だわ。
「その例外の一つが、カイル様の父上である、オルトロス・ガンダール・フォン・ベイルロード辺境伯なのじゃ」
俺は式典に集まっているまわりの人に聞こえないよう、先生の耳に顔を寄せた。
もっとも、お祭りの喧噪で、他人に聞かれるとは思わないが。
「ちっ! 近いのじゃ!」
「辺境伯が竜騎士であるのは、基本的に秘密なんですよね? 空を飛ぶような例外がなければ、他国との行き来は難しかったと」
ジャビール先生が耳を押さえて、俺から飛び退く。
「み、耳はダメなのじゃ!」
なにがダメなんだろう?
「えっと、とにかく特殊な手段がないと、国家間の行き来は難しいと……。あれ? 数年に一度、学会とかいうのが開かれてるんじゃ?」
先生が片耳を押さえながら、俺を睨め上げる。
「うむ。私が作った仕組みじゃが、そりゃもう大変だったのじゃ。三大国である、マウガリア王国、デュバッテン帝国、ゼビアス連合王国の有識者が一同に揃ったのは、実はたった一回なのじゃ……」
「え!?」
さすがに驚く。てっきり数年ごとに集まってるのかと。
「そのときはデュバッテン帝国で開催したのじゃが、帝国まで要人を守りながら移動することが……どれほどの困難か、辺境開拓をしていた貴様になら少しはわかるじゃろ」
「……想像を絶する危険で長い旅になりますね」
「マウガリア王国は、例の方法で宮廷錬金術師筆頭のバティスタがやってたのじゃ。まぁ学会での発表のあと、私に弟子入りしたんじゃがの」
「さすが先生です」
ふふんと、ない胸を張っている姿は、なんだか微笑ましい。
「……なんぞ失礼なことを考えておらんか?」
「滅相もない!」
言葉にしてないよね!?
ジャビール先生がため息交じりに続ける。
「まあいいのじゃ。ゼビアス連合王国からは宮廷魔導師次席のマルグレットという魔女が参加したのじゃ」
「魔女、ですか?」
「うむ。魔女の紋章。色つきじゃから、非常に強力なのじゃ。魔術師と錬金術師を併せ持ったような能力らしいの」
「それはレアですね」
うむと先生が頷く。
「能力は間違いなくすぐれておったし、実力も確かなのじゃが……」
そこで言いよどむ。
「まぁ、能力と性格は比例しないという事例だったのじゃ」
「なにがあったんです?」
「思い出したくもないのじゃ!」
吐き捨てるように叫ばれたので、よほど思い出したくないらしい。
「本当にマルグレットの奇行には困らされたのじゃ!」
「気になります」
「まぁ……いろいろなのじゃ。彼女を護衛していた冒険者も、大概じゃったがのう」
「帝国までの難所をいくつも越えるとは、よほど優秀だったんでしょうね」
「うむ。マルグレットを護衛していたのはA級冒険者だったのじゃ」
「え!? A級ですか!?」
それは凄い。いろいろな政治的な理由から、A級はほとんど認定されないってのに。
レイドックに匹敵する実力ってことか。いや、逆にそのくらいじゃなきゃ、遠い連合王国からやってくることなど不可能だったろう。
「えらいイケメンで、パーティーは女で固めておったの」
「もげろ」
思わず反射的に出てしまった。先生は苦笑して肩を竦ませる。
「学会自体は大変有意義だったのじゃが、いかんせん開催自体が困難での。それ以降は論文を送り合う形となったのじゃ」
「それはしょうがないですね」
人を護衛して移動するより、書類を運ぶだけの方が、難易度は低いからな。
A級冒険者を毎度派遣するのは、国防的にも予算的にも大変だろう。
「うむ。討論自体は非常に素晴らしかっただけに、再び開催したいものじゃ」
「大丈夫ですよ」
「うむ?」
首を横に振っていた先生が、俺の言葉に顔を上げる。
「ここゴールデンドーンは三国のほぼ中心です。ドーン大橋も完成しました。蒸気船もあります。あとは街道が整備できれば、今までと比べたら比較的行き来は楽になるでしょう。帝国軍を打ち破って、再度平和条約でも結べたら、また開催できますって」
先生がほうっと感心した様子を見せた。
「なるほど、貴様も少しは頭を使えるようになったのじゃな」
「あの、一応錬金術師ですからね?」
「精進するのじゃ」
なぜだろう、微妙にディスられた気がするんだけど?
俺が首をかしげていると、いつの間にか合流していたリーファンに突っ込まれた。
「日々の行いだと思うよ?」
解せぬ。
「それよりそろそろ式典が始まるよ!」
「お、いよいよか」
橋には長い飾りテープが渡されている。
カイルの演説のあと、テープカットがされるのだが、そのうちの一人に、俺とリーファンとジャビール先生が選ばれている。
また、大橋建設に多大な貢献をしてくれた、ミズホ神国からシンゲン将軍も招かれた。
他にもいろいろなお偉いさんが呼ばれていたが、ほとんど面識はない。どうも出資してくれた貴族たちらしいのだが、その辺はザイードが対処していたらしいので詳しくは知らない。
もちろん国王陛下であるヴァンもいる。
だが、今回はカイルが主役なので、ヴァンは招かれた立場ということになっているらしい。
ヴァンの野郎、ほぼ毎日城にいるから、招かれたって言われても違和感しかないけどな!
誤字報告機能、まっっっったく使えてないから、オフるかなぁ
正直感想欄で知らせてもらえるのが一番ありがたす