194:考え方は、場所によってそれぞれだよなって話
天守閣からでも、敵の全貌はうかがい知れない。
それは、ミズホの最外市壁周辺は切り開かれ平原となっているが、少し離れれば徐々に樹木が増え、林になり、森となっていくからだ。
見える限りの平原に、大量の魔物がひしめきあっているだけでも驚異だが、その奥、森の奥にどれだけの魔物が残っているのか想像もつかない。
だが、所詮は魔物。連携を取ることもなく、闇雲に突っ込んでくるだけだ。
小都市とは思えないほどの過剰な防衛施設のおかげで、堅牢な市壁に突っ込んでは矢と魔法でその数をすり減らしていっている。
だが、やっかいな集団がいた。
まるで狙ったかのように、ギガントオーガの集団と、巨体をもつヒュドラの集団である。
よりにもよって、一番来られたくない場所に、大型の魔物が突進してきているのだからたまらない。
このまま籠城するのかと思いきや、なんと正門にたかられる前に、跳ね橋が下り、正門が開いた。
「お父様の部隊なのよ」
「なんだと!? ハンベエ殿は城を防衛しているのではないのか!?」
ミズホ兵の配置を知らされていなかったアルファードは、てっきりヴィルヘルム家の当主が城を守らず最前線にいることに驚愕する。
「まだ市民の避難が終わってないのよ。あそこにお父様がいるのは当たり前のことなのよ」
「それはわかるが、だからといって、この状態で打って出るのか!」
叫んではいるが、実はアルファードも最も効果的な一手として、精鋭部隊による突撃で、門を守る案は思いついていた。だが、それと将軍直下の三将の一人が突っ込むのは話が違う。
効果が高いのは間違いないだろうが、被害も尋常ではないはずなのだ。
「下手をしたら全滅するぞ!?」
「でも、ここで大型の魔物を潰しておかないと、市民の避難前に正門が破られるの」
ノブナが冷静に答える。
「それは、そうだが……」
「見て」
武者鎧に身を包んだサムライたちが、二足鳥に騎乗し、見事な隊列で飛び出していく。
「ハンベエ殿が先頭だと!? いくらなんでも無謀だ!」
「一番槍は誉れなのよ」
心配どころか、誇らしげに語るノブナに、アルファードが絶句する。そして、戦いに対する常識が違うのだと理解した。
突撃した部隊は、間違いなく精鋭。まずは槍による騎兵突撃。しかも必ず一体に複数で当たる。
大型のヒュドラ一匹に、ミズホ武士が三騎で当たり瞬殺していく。
ギガントオーガには三騎から五騎。おそらく五騎で当たりたいのだろうが、戦場なので流動的になっているようなのだが、それでも最低三騎が必ずつき、敵を翻弄していく。
「凄まじい練度だ」
「当たり前なのよ」
「なにより、ハンベエ殿の先導が、まるで空から俯瞰しているかのように正確だ」
ハンベエ自身の武力も凄まじい。正門前に固まっていた大型種を一直線に切り開いていく。
アルファードは悔しいが自分よりも強いと、ハンベエの強さを認める。だが、レイドックには遠く及ばない。それにも関わらず、敵の攻撃を躱し続け、攻撃を当て続けていた。
「経験の差か。一体ハンベエ殿は今までどれだけの魔物と戦ってきたというのだ」
「お父様は若い頃、お爺様の言うことを聞かず、毎日部隊を引き連れて、魔物狩りに明け暮れていたそうなのよ」
「今の冷静沈着なハンベエ殿からは考えられぬ逸話だな」
「ヴィルヘルムの男は、多かれ少なかれ、だいたいみんなそんな感じなのよ。……カネツグを除いて」
ノブナがため息交じりに、弟の名を出すが、アルファードは聞き流した。それよりも今は戦況だ。
ハンベエの部隊が強いのには、もう一つ理由がある。それは彼らの部隊に大量の式神と呼ばれる召喚された使い魔が、敵を翻弄し、足止めし、誘導しているからだった。
「あの使い魔……いや、式神たちを操っているのは、市壁の上でオンミョウ部隊を指揮しているカネツグ隊ではないのか?」
アルファードが指さす先に、武士とは異なるこの国独自の魔術師である陰陽師の部隊が並んでおり、それを指揮しているのはノブナの弟、カネツグである。
「お父様の作戦ね。全く、安全な場所に身内を置いておくなんて恥なのよ」
「い、いや。魔導師部隊を後方に配置するのは、戦略上理にかなっているぞ」
「あたしなら、一緒に戦場を駆け巡るのよ」
「それは……」
ノブナの武装は、サムライとオンミョウの中間的な服装である。彼女は刀もオンミョウ術も達人なのだ。アルファードはカネツグの実力をよく知らないが、服装から生粋の魔術師タイプなのは理解している。そんな彼に最も危険な敵中突破に参加しろというのは、戦術的にも心情的にも無茶が過ぎる。
「ハンベエ殿の判断は正しいと思うぞ。何より、カネツグ殿の式神運用は素晴らしい。味方の被害を最小限にするよう、式神を細かく立ち回らせ、部隊が動きやすいよう実に巧妙に運用している」
「それは式神の威力が足りないだけではないの?」
「それは違うぞ、ノブナ殿。仮にあのオンミョウ部隊が強力な大技を使う式神を召喚し、一斉に敵に攻撃したらどうなろうだろう」
「たくさんの敵が倒せるのよ」
「ああ。だが、大技は普通範囲攻撃だろう?」
「そうなのよ」
「味方に被害を出さぬよう、技や魔術を発動するなら、ある程度味方の部隊より離れた場所に打たねばならない。結果として味方部隊を直接援護する式神はいなくなる。それに大技となれば、溜めも長くなるだろう。だが、今召喚されているの式神は、小回りのきくタイプのようだ。実に巧みに味方部隊を支援している」
それまで戦場から目を離さなかったノブナが、アルファードに顔を向け、目をぱちくりと瞬かせ、そして再び正門へと視線を戻す。
「ふぅん。カネツグもそれなりに考えてたのね」
アルファードは、ノブナの弟への評価を、少しは変えられたのではないかと思う。さすがに不当なほど、評価が低かった気がしていたからだ。
◆
数時間後、正門や市壁を短時間で壊せそうな大型の魔物は全滅していた。
これでかなりの時間稼ぎになっただろう。だが、敵の総数は依然不明であり、油断はできない。それでもしばらくは単純な防衛戦が続くだろう。
城まで英雄たちが帰還すると、避難していた市民たちが一斉に、雷鳴のような喝采を浴びせる。だが、戻ってきた英雄は半数であった。
「ノブナ殿、少し様子を見てくる!」
「あたしも行くのよ」
ノブナは部下に上空警戒を続けるよう指示を出すと、駆け出したアルファードの後を追う。二人が城門に着くと、広場に大量のムシロが並べられ、そこに式神が次々と遺体を運び込んでいた。
「っ!」
アルファードは数百の遺体に、眉をしかめる。
家族らしき市民が、それぞれの遺体について、涙を流している光景が、そこら中に溢れていた。
一人の母親が、ハンベエの元へ走り寄る。
「ハンベエ様! 息子は……息子は立派に死ねましたでしょうか!?」
ハンベエは二足鳥を降り、骸を確認したあと、母親の肩に手を置き、小さな笑みを見せる。
「母君よ。タロウマルはあっぱれな死に様であった。まことミズホ神国の誉れよ。忠義厚く勇敢な男であった。ご子息の誉れ、誇られよ」
「そうですか……愚息は役に立ちましたか……ありがとうございます、ありがとうございます!」
「うむ。笑って見送られるがよろしかろう」
ハンベエがそう言うと、母親は泣きながらも笑みを作った。アルファードにはその笑みが、やせ我慢なのか本心なのかまではわからないが、このミズホ神国という国の強さを心底理解する。
魔物に囲まれた小国で強国たり得たのは、まさにこの死生観なのだろう。
ノブナが遺体の一つに近づき、悲しそうな表情を一瞬だけみせたが、すぐに持ち前の明るい笑顔になり、叫んだ。
「みんな! よく頑張ったのよ! 誉れよ!」
すると市民も兵士も、腕を上げ、気勢を上げる。
「ミズホを、現人神を、守り抜くのよ!」
「「「うをおおおおおおおぉぉぉぉ!」」」
アルファードは、ミズホ神国ならこの国難を乗りきれると確信した。




