189:部屋に入るとき、ノックは絶対だよねって話
俺は全員にジト目を向けられていたが、先生がもう一度ふかーくため息を吐き出した。
「まあ、この件に関しては他言無用じゃ。カイル様と国王陛下への報告はリーファンに任せるのじゃ」
「うん。任されたよ」
リーファンがガッツポーズで答える。
「引き続き、冒険者ギルドには「黒い植物」の採取と調査をお願いするのじゃ」
「伝えておきます」
レイドックが軽く頷いて請け負う。
「しばらくは私が徹底的に調べるので、クラフト。仕事を回さんようにの」
「はい! ……ってええ!?」
それはつまり、仕事量が激増するってことじゃ!?
「任せたのじゃ、愛弟子よ」
その言い方はずるいですよ、先生!
「うう……頑張ります」
「ああそうじゃ、お主も時間を見つけて研究してみるのじゃ」
ぽんと黒い植物を手渡された。
「忙しくて死にますよ!?」
「研究は錬金術師の本業なのじゃ」
「それはわかりますけどね!?」
カイル付きとなった先生の協力があってこそ、ゴールデンドーンが回っていると言っても過言ではない。
またあの地獄のような忙しさが戻ってくると!?
「苦労は若いうちにしておくもんなのじゃ」
「見た目は先生の方が若いですから!」
「……なんぞ言うたのじゃ?」
「いえ! なんでもありません! 誠心誠意、研究に邁進いたします!」
ぎゃあああ!
余計なことを口走ってしまったぁあああ!
これはもう、覚悟するしかない。
俺がうなだれると、了承と取ったのか、先生が腕を組んだ。
「……ふん。頑張るのじゃぞ」
こうして俺たちは解散することになる。
全員が部屋を出ようとしたのだが、エヴァがぶつぶつとなにかを呟いて動かない。
会議に飽きて呆けてるのかと思い、終わったぞと声を掛けようと近づいたら、彼女のつぶやきの一部を耳が拾ってしまった。
「世界樹の……謎? まさかこれが私たちを世界中に分散させている理由?」
「おい?」
俺がエヴァの肩に手を置くと、びくりと震える。
「あ、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてたわ」
「大丈夫か?」
「ええ。気にしないで」
そういってエヴァはさっと立ち上がり、扉の前で待っていたレイドックたちの元へ移動しようとする。
「なあ、なにか困ったことがあったら相談しろよ!」
「え?」
エヴァが驚きながら振り向いた。
「貴方には関係ないでしょ?」
「俺はパーティーじゃないが、仲間だろ?」
仲間の悩みは、俺の悩みだ。当然のことを言ったつもりだが、エヴァはさらに目を丸くする。
「……そうね。気が向いたら、相談するかもね」
「遠慮はいらないぜ、俺たちの仲だろ?」
「ちょっ!? いったいどういう仲だっていうのよ!?」
「え? だから、仲間……」
「まったく! 貴方は一度くらいで調子に乗りすぎよ! あれは! ただの食事なんですからね!」
食事?
なにを言ってるんだ? 冒険途中の野営の食事のこと?
俺がなんの話か聞こうとしたところで、足に軽い衝撃を感じた。
見下ろすと、いつからいたのか、マイナが俺の足を蹴りまくっている。
「……! ……!」
「え? おい、マイナ?」
「本当に貴様という男は……」
こちらもいつの間にかマイナと一緒にいたペルシアが、額に手を当てて呆れた視線をこちらに向けていた。
「え!? え!? なになに!? どういうこと!?」
なぜかマイナは、まなじりを持ち上げ、怒っているらしい。延々と痛くない蹴りが続いている。
マジでなんで!?
ほんと解せぬ……。
気がついたらエヴァたちはいなくなっていた。
待って! 仲間だろ!? 助けて!
俺の心の叫びは、誰にも届かなかったとだけ、明記しておこう。
◆
仕事量が激増するなか、俺は先生に厳命された黒い植物の研究を開始する。
小さく切り出した木片を、様々な試薬に浸したり、何度も鑑定魔法を掛けたりだ。
ほとんどは無駄に終わるのだが、それでも多少はわかることもある。例えば普通の植物と同じように燃えるとか、色は黒いが、炭化しているわけではない。とかである。
そんな風に少しずつだが、黒い植物の理解度が上がったとき、唐突に紋章の知識が溢れた。
紋章が囁いた、驚愕の事実に、俺は震えるしかなかった。
「冗談だろ?」
変質した世界樹だからこそ、紋章が教えてくれたのだろう。
俺は悩みに悩み抜いた上、カイルには知らせず、ジャビール先生に相談することに決めた。
先生の部屋は、俺の屋敷の一室である。
ゴールデンドーンへ移住するにあたり、余りまくっている部屋に住んでもらうことになったからだ。また、俺の屋敷には二対の錬金部屋もあったことが決め手になった。
そんなわけで、俺は先生の部屋に飛び込む。
「先生先生先生! とんでもないことが――」
バーンと扉を開いた先に、先生はいた。
パンツ一丁で。
「……」
「……」
時間が止まる。
「あー。えっと……」
「き……き……」
きゃーって叫ぶかな?
そういう可愛いところ、ちょっと見てみたいかも。
「貴様はノックというものを知らんのかああああああああああ!」
「すいません! ごめんなさい! 申し訳ありませんっっっ!」
「謝罪よりも早く部屋を出て行くのじゃあああああああああ!」
俺は光の速さで部屋を飛びだした。
……。
「失敗しちゃった。てへ★」
「てへ★ ではないわぁああああああああ!」
先生の怒りが収まるのは、深夜まで掛かった。
◆
俺は今、先生の部屋で正座をしている。石の床に。
その、せめて絨毯の上で……いえ、なんでもありません。はい。
椅子に座った先生が、もの凄いジト目で俺を見下ろしていた。
「……貴様には錬金術師としての知識以前に、常識を教えねばならんのじゃな」
「あの、えっと、ほんとすいませんでした」
正座から、何度目かもわからない土下座に移行。
ほんと、なん時間謝り続けているのか、感覚が完全に麻痺していた。足も麻痺しているが。
「はあ……まったく。この落とし前はいずれつけるとしてなのじゃ」
まだ怒り足りませんか!?
心の中で叫んだはずなのに、なぜか先生にジロリと睨まれた。
「な、なんでも言ってください」
「考えておくのじゃ。それより、なにが大変なのじゃ?」
どうやらやっと話を聞いてもらえるらしい。
俺はほっと胸をなで下ろす。
「えっとですね、黒い植物の研究をしていたんですが――」
「なんぞ判明したのか!?」
「あ、いえ、あれについてわかったわけじゃないんですが、紋章の囁きがあって、新しい錬金薬の知識を得ました」
「ふむ?」
先生が無言で先を促す。
「本来ならカイルに伝えるべきなんでしょうが、ものがものなんで、先に相談したくて」
「なんじゃ、ずいぶん焦らすの。いったいなにを作れるようになったのじゃ?」
「それが……」
俺は部屋の中を見回す。
カイル邸の隣にあることで、俺の家もセキュリティーは高いのだが、それでも用心してしまう。
先生も俺の態度で、重要度を理解したようだ。立ち上がって全ての窓のカーテンを閉める。
「材料が足りないんで、今すぐ作れるわけじゃないんですが……」
「早く言わんか」
どこで手に入るかもわからない、超希少な材料が必要だから、今は作れないのだが、もし手に入ってしまったらと思うと、想像するだけで恐ろしい。
「俺が錬金出来るようになったのは……」
喉が震える。
「ユグドラシル=ソーマ。……蘇生薬です」
先生がひっくり返って気絶した。
◆
俺はふうと息を吐き出して、七冊目の回顧録への記入を止める。まだ七冊目は埋まっていない。
ここまでは時間軸を遡っての話だったが、ここからは六冊目の続きとなる。
そう。
「ミズホ神国の南にある小国家が、魔物のスタンピードによって、一夜にして滅んだという情報が、ミズホ中を駆け巡った」の続きとなる。
さて、お待たせしたな。ここからはミズホ神国への魔物侵攻からの続きとなる。
この日から、世界情勢が大きく変わっていくなど、このときの俺には想像すらつかないのであった。
爆弾投下しといて、次回から6章の続きになります




