163:不可抗力は、認められたいって話
俺は、マイナの服を持ってきてもらうため、再度ペルシアに通信の魔導具をつなげる。
「ペルシア、たびたびすまないんだが……」
『どうした!? マイナ様になにかあったのか!?』
応答を求めるまでもなく、即座に精神感応が開始され、視聴覚が共有される。
さすがカイルとマイナの護衛筆頭だ。躊躇がない。
薄ぼんやりと、ペルシアの視界が脳裏に浮かぶのだが、はて。妙に霧がかってるな?
「なにかあったかと言えば、あったんだが」
マイナが着替えを寝間着しか持ってきていなかったという、家出の初心者にありがちな失敗があっただけだが。
『なんだと!?』
んんん? 視界の共有が上手くいってないのか?
視界が妙に白っぽい。
というか……これは湯気?
ペルシアの声でよく聞こえてなかったが、ぽちゃんとか、バシャンという水が跳ねるような音が聞こえる。
ときどき視界に入るペルシアの腕なのだが、いつもの制服を着ている様子がない。それどころか、布一枚身につけていないようで、その白い肌は濡れていた。
(あ、これやばいかも)
俺は現在のペルシアがなにをやっていたのか、ようやく理解する。
間違いない。
こいつ、風呂に入ってるのか!
『おい! クラフト! マイナ様がどうしたというのだ!?』
ざばぁという効果音が耳に届き、視界には、湯船を超えようとする、艶めかしい生足ががががが!
「緊急事態だ!」
『なっ!? 今すぐそちらに向かえばいいのか!? はっきりしろ! クラフト!』
違う!
緊急事態はお前だ!
落ち着け! いや、俺が落ち着け!
パニック状態で泡を食っている俺の様子が気になったのか、エヴァが近寄ってきた。
「どうかしたんですか?」
その顔を見て、俺はひらめく。
エヴァに代わってもらえばいい!
「女神現る!」
「はぁ!?」
なぜかエヴァが慌てふためく。いや、お前は落ち着いてくれ! 俺の代わりに!
「頼みがある!」
「なっ!? なにを!?」
やばい! なんか見えちゃだめなところが見えそう!
俺は慌てて、通信の魔導具である指輪を引っこ抜いた。ギリギリ際どいところで、精神感応が途切れ、ペルシアの視覚と聴覚が消え失せる。
「これを指につけてくれ!」
「え……ええ!?」
急に通信が切れたことで、ペルシアは慌てていることだろう。急いでもう一度連絡しないと、マジであいつはなにをやらかすかわからん!
「いいから! 急いでくれ!」
俺は有無を言わせず、エヴァの左手を取るが、魔術師の彼女は、いろいろな魔法の指輪をはめている。
ああもう! 忙しいのに!
俺は空いていた薬指に、魔導具を突っ込む。
「ふぁ!? わ! 私にはレイドック様がいると何度も!」
なにを言ってるんだ、こいつは?
突然、顔を真っ赤にして怒り出す。
エヴァがレイドックに惚れてることなんぞ、誰でも知ってるわ!
「今までの魔導具は外してくれ! 両方つけてると発動しない!」
「……は?」
ぴたりと動きを止めるエヴァ。
「いいか、魔導具に魔力を注ぎながら、ペルシアをイメージしてくれ。魔法を具現化するときの要領で、できるだけ正確に!」
「……」
エヴァがだんだんと冷めた目になる。落ち着いてくれたのならなによりだ!
「相手が許可をくれたら、感覚が共有化される。そのあとは今までの指輪と使い方は一緒だ。急いでくれ!」
「……」
エヴァが無言で俺を見る。なんだろう。冷静っていうより、冷酷な視線に感じてしまうのは。
「……。つまり、受信だけでなく、送信も出来る、魔導具というわけですか……」
「その通り! さすがワイズマンの紋章を授かるだけのことはあるぜ!」
「……」
三度、無言で睨まれる。
え? なんで睨まれてるの?
なんとなく、様子がおかしい気もするが、急がないとペルシアが飛び出して、蒸気船をシージャックしかねん。
「あの、エヴァさん? 急いで欲しいんですが……」
謎の圧力で、なぜか敬語になってしまう。
「……わかりました」
深い不快ため息とともに、エヴァは魔導具を起動してくれた。
ふう。助かった。
俺は喉が渇いたので、少し離れると、リュウコが水を差しだしてくれる。
「助かる」
「ありがとうございます。お茶を煎れましょうか?」
「いや、大丈夫だ」
本当に気の利くメイドだぜ。
俺はほっと息をつくと、椅子に座り込む。
なんか妙に疲れた。
そのまま、星空を見上げていると、すぐにエヴァがこちらに来る。
だが、その目は妙に冷たい。視線だけで人が殺せそうなレベルで。
「……マイナ様の着替えや、日用品を用意して運んでくれるそうです」
「そ、そうか。良かった」
なんだろう。ゴミを見るような目で、見下ろされている。
「ペルシアさんから伝言があります」
「俺に?」
「クラフト、お前は必ず殺すから、首を洗って待っていろ。だそうです」
「は……は!?」
「のぞきは、男性として最低の行為です」
そこでようやく、エヴァの視線の意味を悟る。
「え、ち、違う! 見てない! 見てないんだ! ギリギリで指輪を外して――」
「確かに伝えましたから」
エヴァは俺の弁明を遮って、そのまま振り向き女性陣の荷車へ行ってしまった。
おうのう!
激しく誤解をされておられるがな!
俺は頭を抱えてしゃがみ込むのであった。
タイミングが悪かっただけだろー!?
◆
それから二日が過ぎた夜に、ペルシアが合流した。
「マイナ様!」
キャンプ地に到着したペルシアは、二足鳥のテバサキ号から飛び降り、ツカツカと早足でマイナの元に向かう。
少しばかりばつが悪いのか、マイナは彼女から少し視線をそらせた。怒られると思ったのかもしれない。
だが、ペルシアは、ぎゅっとマイナを抱きしめる。
「ご無事で良かった。心配いたしました」
「う……」
「辛いことがあったとき、逃げ出したいこともあるでしょう。ですが、私だけは……信じて一緒にいさせてください」
「ペルシア……ごめん……なさい」
マイナがペルシアをきゅっと抱き返す。その姿は主と護衛の姿ではなく、姉妹のそれだった。
カイルとマイナが田舎で療養していた頃からの護衛らしいが、微笑ましい光景である。
「いいのですよ。ご無事でさえあれば」
「ん」
照れたように返事をするマイナに、ペルシアが笑顔を向ける。
「頼まれていた着替えやブラシだけでなく、学園からの課題も預かっていますよ」
「……う?」
ペルシアは和やかな笑みだったが、マイナは驚いたように彼女を見上げた。
「カイル学園は、領民の義務ですからね。たとえ領主の血縁であっても、サボることは許されません」
「う……う?」
それはもう、にこやかに。
「エヴァに聞きました。勉強がおろそかになったら、即帰還だと」
そしてマイナの前に積み上げられていく、課題の数々。
「毎日の課題がこなせなかったら、私が責任をもって、ゴールデンドーンまでお送りいたしますからね」
ようやく理解したのか、マイナは絶望を浮かべるのであった。
立ったまま動かなくなったマイナをそのままに、ペルシアがゆらりと立ち上がる。
「さて……」
少し離れて二人の様子をうかがっていた俺に、彼女が振り向いた。
その目は猛禽類のそれ。
「貴様には、いろいろと言いたいことがあるのだが?」
あの、なんで剣に手をかけながら、こっちに近づいて来るんですかね?
無意識に後ずさるが、走って逃げる気にならない。背中を向けた途端、胴体が真っ二つになる気がして。
「あのな、あのときのことは、誤解っていうか、その、タイミングが悪かっただけで……」
「それが貴様の最後の言葉で良いのだな?」
「よくねぇよ!」
「安心しろ、一字一句間違えずに、墓に刻んでくれるわぁ!」
「ほぎゃああああぁぁ!」
その後、俺がどうなったのかは語るまい。
ただ、ヒールポーションの在庫が減ったことだけを記しておこう。
納得いかねぇええええええ!
クラフト、微妙にとばっちりw
最新5巻、好評発売中ですよ!




