155:能ある鷹は、爪を封印されてたって話
コンコンと部屋がノックされた。
「ワシですじゃ。入っていいですかの?」
「バティスタか。入れ」
一緒に戻ってきたリーファンが扉を開き、バティスタ爺さんともう一人が部屋に入ってくる。
その人物を見て、俺は思わず叫んでしまう。
「なっ!?」
「え?」
俺だけでなく、カイルも絶句している。
そりゃそうだろう。そこにいたのは、カイルの兄である、ザイードだったのだから。
「来たか。座れ」
俺とカイル、あとよく見たらアルファードもペルシアも絶句して口を開いている。マイナは……いまいち感情が読めんな。ただ、驚いているようには見える。
呪いのせいとはいえ、辺境伯に対しても、カイルに対しても、大きな混乱をもたらしたザイードは、後継順位を剥奪されていたはずだが、そういえばその間なにをしていたのだろう?
「ザイードをオルトロスのところに残しておくのはまずいと思ってな、しばらく王都で反省させていたんだが、懲罰として仕事を振っていた」
ほう。そんなことになってたのか。
「カイルと違って、革新的な政策に才能はなかったが、与えられた仕事は確実にこなしてくれていてな。文官に召し上げるかどうか悩んでいたほどだ」
「マジか」
「ああ。実際驚いたぞ。……おそらく呪いで正常な判断力が失われていたんだろうな。カイルに対する恨みや嫉妬心で」
「なるほど」
言われてみると、あのオルトロス父ちゃん……ベイルロード辺境伯ほどの人物が、跡継ぎとして、カイルを外しても、ザイードは外さなかったんだ。きっと本来の性格は、優秀だったのだろう。
その呪いを刻んだ、ザイードの母親であるベラを許せねぇな。
「もちろん、ザイードは自分がしでかしたことに対して、深く反省している。どうだカイル。留守をこいつに任せてみては?」
カイルは大きく目を見開き、真っ直ぐにザイードを見つめる。
それまで無言を貫いていたザイードが、真剣な表情をカイルに返す。
「……カイル。私のことは信用できないと思う。バティスタ様にお話を聞いたときも、耳を疑ったほどだ。だが……私にチャンスをくれぬか?」
「チャンス……ですか?」
カイルは表情を引き締め、席に座り直す。
「ああ。私は、呪いのせいとはいえ、大事な弟に酷い仕打ちをした。許されることではないだろう。だが、もし贖罪の機会を与えてくれるのであれば、私はこの仕事をやり遂げてみせる。ゴールデンドーンを、エリクシル領を任せて欲しい」
俺は驚いた顔のまま凍り付いていることだろう。
人というのはここまで変わるものだろうかと。
……いや。もしかしたら、これこそがザイードの本来の性格なのかもしれない。
俺がなにかを言うところじゃないな。すべてカイルに任せよう。こいつが決めたことに従おうと決意する。
カイルがじっとザイードを見つめ、しばし無言の時が過ぎた。
「……ザイードお兄様は、一つ勘違いしています」
ザイードが片眉を持ち上げる。
「お兄様はとっくに許されているではありませんか。僕の代わりに、クラフト兄様の拳によって」
「あ」
俺は思わず声を漏らしてしまった。
そういや、ヴァンにあおられて、思いっきりザイードをぶん殴ったっけ。
「それに、陛下が優秀な文官を貸してくれるとおっしゃるのです。断る理由が見つからないですよ」
「それでは……」
カイルは表情を緩め、ようやく微笑んだ。
「はい。僕が留守の間、このエリクシル領をお願いします」
ザイードが一瞬固まり、泣きそうな表情を見せる。
「ああ。任せておきたまえ」
「はい」
そうか、カイル。お前はそう決めたんだな。兄弟であり続けることを選んだんだな。
たとえ呪いのせいとはいえ、今までずっと蔑まされてきても、許せるお前が誇らしいよ。
「よし! これで問題は解決だな! 俺は王都に戻るが、開拓省副大臣のモーグと、ジャビールの元弟子で、バティスタの弟子のエルラを置いていく。上手く使え」
「ありがとうございます」
ヴァンに対して礼を言うカイル。
「名残惜しいが、俺は戻るか」
立ち上がろうとしたヴァンを、バティスタ爺さんが止めた。
「お待ちください陛下」
「なんだ?」
「実は黄昏が、転移陣よりも上位の転移方法を、紋章から得たようです」
「なん、だと?」
ヴァンが俺をジロリと睨む。
「お前、また国をひっくり返すつもりか?」
「いやいや! 一度だってそんなことしたことはねーよ!」
ヴァンが、はぁとため息を吐き出す。
「あのな。エリクサーといい、錬金硬化岩といい、スタミナポーションといい、公開してないが通信の魔導具といい、どれもこれも、国を揺るがすに十分すぎるぞ」
「う……」
いやまぁ、少しは自覚はあるんだけど、国をひっくり返すとか言われたくはない。
「少しかよ。まあいい。それで転移陣の上位ってどんなものなんだ?」
俺は先ほど先生やバティスタ爺さんにした説明を繰り返す。
「門と門をつなぐ転移法だと? しゃれにならんな」
「便利そうだよな」
「アホか。どの程度の規模で作れるのかしらんが、最悪は軍隊を移動時間ゼロで送れるってことだぞ。戦略そのものが変わるわ!」
「おう……」
「今の転移陣だとて、暗殺者を送るとか、危険性はでかいんだぞ」
「なるほど」
「だからこそ、隠匿し、信用できるところにしか設置せん。……もっとも今はオルトロスのとこと、ここにしかないがな」
本当にカイルの父ちゃんは信用されてるなぁ。さすがこの国最大の領地を与えられてただけのことはある。
……ああ!?
前にヴァンが、唐突にリーファン町……元ザイード開拓村に、忽然と現れたのは、そこを経由したんだな!?
辺境伯の城からなら、ゴールデンドーン産の馬を使えば、王都から来るのと比べ、圧倒的に旅路は短くなる。
いらん確信を得てしまった。
「それでバティスタ。その転移門? がどうしたというのだ」
「はい。どの程度量産できるのかはわからんのですが、転移陣の代わりに、城とここに設置してみませんかの」
「ふむ?」
ヴァンは目で続けろと促す。
「ここゴールデンドーンと王城は遠く、いくら街道が整備されたとはいえ、物資の輸送には時間がかかりますじゃ。硬化岩用の錬金薬だけでも直接運べたら、砦群の建設がはかどると思うのじゃ」
なるほど。それは確かに。
俺の持つ、黄昏の錬金術師の紋章を使わないと、錬金薬の大量生産は難しいみたいだし、いいアイディアだ。
馬車でも運べるが、輸送費が跳ね上がるし、商人に任せると、途中で売りさばいたりするから、時間も量もロスが出る。
「さすがバティスタだ! よし、クラフト! 今すぐ設置しろ!」
「今すぐ!?」
「おう!」
相変わらずむちゃくちゃだよ! この王様!
「あー、リーファン。作れそうか?」
「門自体は、たぶんストックしてる素材でなんとかなると思うよ。カイル様の持ってる、オリハルコンの使用許可が出ればだけど。クラフト君は転移門用の魔導具は作れそう?」
「いくつか足りない素材はあるが、冒険者ギルドに依頼すれば、数日で揃うと思う」
転移門を制作するのには、鍛冶師の領域と、錬金術師の領域が異なる。担当が違うのだが、鍛冶王の紋章を得たリーファンは、問題なく作成できそうだ。
「ヴァン。おそらく一週間くらいで一セット作れると思うぞ」
「よし。あの隠し部屋に入る程度の大きさで作っておけ。完成したら今ある転移陣でこっちに来て設置しろ」
「門はばらして、抱えて何度も運ぶことになるんじゃないか?」
「……魔石を大量消費しても設置する価値がある。なんとかしろ」
「わかった」
転移門を組み立て式にするのか……。リーファンの腕に期待するしかないな。
「できそうか?」
「任せてよ!」
大丈夫そうだ。さすがリーファン。
こうして数日後に、王都とゴールデンドーンを結ぶ、転移門が完成する。
……のちのち、転移門が、とんでもない活躍をすると、このときは思いもよらなかった。
新刊、来週28日(月)発売!
一部書店や、電子書籍では、明日から購入可能なようですが、私にはよくわからんですw




