154:認められたからこそ、重要な任務も押しつけられるよなって話
転移陣にヴァン陛下が現れると、すぐに全員が片膝をつき、カイルがうやうやしく告げる。
「ようこそおいでくださいました。ヴァインデック・ミッドライツ・フォン・マウガリー陛下」
「うむ。元気だったか、エリクシル開拓伯?」
「はい。陛下の格別なご配慮により、領地はますます発展を遂げております」
「わははは! それは重畳! バティスタも長旅ご苦労だった」
「ありがたき幸せ」
今日のヴァンは、お忍びではなく、公式に国王陛下としての立場で来ているはずなのだが、どうにもあまりいつもの冒険者スタイルと変わりがない。
おいおい、陛下の正しい態度なのかそれ?
あらかじめ、今日は陛下として扱えと、連絡をもらっていたので、こうして片膝ついて頭を下げているわけだが、なんか馬鹿らしくなってくるな。
それでも、バティスタ爺さんやエルラもいるので、なんとか言葉を飲み込む。
「ではさっそく、会談といこう。カイル、案内せよ」
「はい」
ではさっそくって、お前こそ、さっそくエリクシル開拓伯呼びから、カイル呼びになってるじゃねーか!
突っ込みたい気持ちを、グッとこらえ、歩み出した二人のあとを黙ってついていく。
隠し部屋をでて、少人数用の応接間へと移動。
メイドたちがお茶の準備を終えると、ヴァンが大きく手を振る。
「これから重要な会議を始める。メイドたちは下がれ」
メイドたちが部屋を出ると、ヴァンは大きくため息をついた。
「はぁ。堅苦しいのは苦手だ。お前たちも楽にしろ」
「陛下……」
バティスタ爺さんが渋い表情を浮かべるが、ヴァンは手をひらひらと振って黙らせる。
「ここにいるのは、俺を知ってるやつだけだ。特にそこの黄昏に礼儀を求めたら、会話もできん」
頭を抱えるバティスタ。うん。気持ちはわかる。
そして、俺も頭を抱える。本当にこの状況でいつも通りの態度を取っていいのかと。
俺の心配を読み取ったように、ヴァン陛下が手を振った。
「なんかのテストじゃない。いつも通りで良いぞ、クラフト。リーファンもな」
俺とリーファンは数秒見つめ合ったあと、お互いに肩をすくめる。
「あー。本当にいいんだな?」
「そうそう。それでいい」
嬉しそうに答えるヴァン。マジでいいらしい。
「事前連絡はなんだったんだよ」
「しておかないと、他の目があるところでもやらかしそうだったからな」
「う」
あんまり否定できない。
「でも、バティスタさんや、エルラさんもいるわけだが」
「こいつらは、俺の本性を知ってる」
俺は二人に視線をやり、内心で「苦労しますね」と同情すると、正しく読み取った二人が苦笑した。
「さて、準備も整ったところで、会議を始めるか。ああ、全員座れ」
現在、着席しているのはカイルとヴァンだけだったが、陛下に促され、全員が座る。
「それでカイル。小国家群への使節団はいつ出発する?」
「一月以内には出発したいと思っているのですが……」
「問題が?」
「はい。私が行きたいと思っているのですが、そうすると、ゴールデンドーンの統治をどうするかの問題があるのです。陛下に派遣してもらった文官は優秀ですが、領地経営を任せる訳にもいかないのですから」
「そりゃそうだな。……ふむ」
ヴァンが顎に手をやって、しばし考え込む。
「ちょうど良いかもしれんな」
ぼそりと呟いてから、ヴァンが立ち上がる。
「バティスタ。通信の魔導具を使うぞ。それと転移陣用の魔石に予備はあるか?」
「もちろんありますが……」
嫌な予感がすると、バティスタの眉間にしわが寄る。
ヴァンがバティスタの肩をがっしりと抱え、なにやら耳打ちをした。
「ふーむ。悪いアイディアではないですが、本当によろしいのですかな?」
「今、動かせるやつで、あいつほどの才能があるやつが他にいるか?」
バティスタが一度目をつぶったあと、ゆっくりと頷く。
「たしかに良いアイディアかもしれませんな。連絡して準備させますので、しばし席を外しますじゃ。……ああ、カイル様。転移陣の使用を認めてくだされ」
「もちろんです。えっと、リーファンさん。案内してあげてください」
「はい」
リーファンがいないと、隠し部屋に入れないしな。
二人が出て行くと、ヴァンがお茶を一気飲みする。
「クラフト。おかわりだ」
「へいへい」
メイドが置いていったティーポットから、どぼどぼと茶を注ぐ。
「……美味くないぞ。リーファンに煎れさせてから、行かせれば良かったな」
「文句言うなら飲むなよ」
なんで同じお茶なのに、煎れる人が違うと、味が変わるんだろうね?
ヴァンが、ジャビール先生に頼まなかったのは、先生の家事が壊滅的なことを知っているからだろう。身の回りの世話をしてくれるゴーレムに囲まれていた先生は、その辺が天才的なまでに壊滅的なのだ。
「カイル。領地経営は順調か?」
「はい。あとで視察なされますか?」
「猛烈に残念なのだが、時間がない。辺境の押し上げに、王国中に砦の建設をしてるから忙しいのだ。ああ、そうそう。ここから大量の小麦が輸入されるようになって、食糧問題は大きく改善したぞ。良くやった」
「ありがとうございます。すべてクラフト兄様や、領民のおかげです」
「次は米の量産だろ? これと小国家群との貿易が上手くいけば、小うるさい他の貴族どもを黙らせられる。絶対に成功させろ」
その言葉に、俺は疑問を持つ。
「なあ陛下。なんか焦っているように感じるんだが、気のせいか?」
「ヴァンでいい。……さすがにわかるか。焦っているぞ。それも猛烈にな」
「そんなに貴族の反発が酷いのか?」
若くして大領地の領主になったカイルに、反発する貴族が多いのは予想してたことだと思うんだが。
「それも大きい。国内を一刻も早くまとめ上げねばならんのも事実だ。だが、それ以外に、もっと懸念していることがある」
「なんだ?」
「魔物の侵攻だ」
「え? 錬金硬化岩が普及し始めて、かなり楽になったって聞いてるぞ?」
「ああ。人類圏と魔物の生息域の間に、砦を多数作ることで、生存圏を押し上げてる」
「スタンピードみたいなのが、何度も起こるとみてるのか?」
「それもあるが、そうじゃない」
どういうことだよ。
「俺が言ってるのは、人類全体の話だ。西のゼビアス連合王国の話だ」
「踏破不可能の山脈の向こう側にあるっていう、大国だよな?」
「そうだ。我がマウガリア王国と、北のデュバッテン帝国に並ぶ、三大国の一つ、ゼビアス連合王国のことだ」
話では知っているが、ゼビアスの情報はほとんど何も知らない。
「何か、情報があるのか?」
「知っての通り、他国との行き来は、魔物の領域に囲まれ、ほとんど不可能だ。オルトロスの第二夫人だった、裏切り者だったベラと、ジャビールをこの国に招くときにも、ワイバーンを使った強行突破をしたくらいだからな」
「通信の魔導具とか、お互いに持ってないのか?」
「どの国にも予備がない。お前が作れるようになったから、いずれとは思っているが。……お前はこの通信の魔導具が超貴重なアーティファクトだというのを、少しは理解しろ」
「へーい」
材料があれば、いくらでも作れるから、どうにも感覚が狂うぜ。
「まあ、とにかく、他の国との情報交換は、困難を極めている。それでもまったく入ってこない訳じゃない」
「ふむ」
「何名か、高位の冒険者がゼビアスから流れてきていてな。どうも旗色が悪いらしい」
「国から逃げ出すほど?」
「そう思っているやつが多いのだろう。ゼビアスの冒険者は、西の防衛を担っている大事な戦力の一つだ。現場の人間がそう感じる程度には押されているんだろう」
「……」
詳しくは知らないが。この大陸の西側は、魔物の領域と聞く。
そして、その最先鋒にあるのが、ゼビアス連合王国。そこの戦況が良くないって……。
「俺は、三大国すべてが一丸とならねばならんと思っている。お前たちのおかげで、食料や兵力に余裕が出てきた。他国と協力して、人類圏を守らねばならんとな」
「……意外と国王をやってるんだな」
「殴るぞ」
話が真面目になりすぎたので、少し茶化す。
「現在、三国を結ぶまともなルートはない。強者を揃えて、危険な魔物の領域を突っ切るか、オルトロスのような竜騎士で、一気に駆け抜けるかくらいしか方法がない。だが、このゴールデンドーンはそんな常識を翻した」
ヴァンは立ち上がって、窓際に立ち、四方に伸びる街道に目をやった。
「危険な辺境を切り裂くように街道を整備し、魔物と戦える城を作り上げた。今度はそれを小国家群でやって欲しい」
「なんで小国家群?」
「小国家群は三大国に挟まれた地勢だ。そこを起点に、三国を結ぶ街道を作る。そのためにも、小国家群との同盟や協力は必須だ」
ヴァンが振り向き、カイルに手を向ける。
「カイル! なんとしてでも、小国家群を籠絡してこい! 協力でも同盟でも征服でも合併でも、なんでも構わん! 手段を選ぶな!」
「はっ!」
カイルが即座に片膝をついた。
「うん。格好つけてるところ悪いけど、カイルが征服とかできるわけねーだろ」
「知ってるわい! だが格好くらいつけさせろよ!」
締まらねぇなぁ。
感想欄やツイッターをみていると、どうも、クラフトやリーファンが、リュウコの強さを知らないことが通じていなかったようです。
申し訳ない。
二人は知らないってことでよろしくです。
そして、来週28日(月)にいよいよ最新5巻が発売です!
流通の関係で、前後するようですが、よろしくお願いします!




