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150/265

150:驚きは、一つとは限らないって話


 連続して伝承レベルの紋章が現れたことで、紋章官も警戒しているのがわかる。

 なにが来ても驚かないぞ! と、その表情が物語っていた。

 だから、逆に儀式は粛々と進められる。なぞの緊張感が部屋を満たしていた。


「それでは……”紋章適性判断”。……っ!」


 決意していたはずのゲネリスが、表情を歪める。

 ああうん。わかってる。

 なんかすげぇのが出たんだろ?


 かろうじて、取り乱さなかったのが手に取るようにわかる。

 間違いなく、リーファンとかと同じレベルの驚きだ。


「……この紋章も、弓女神や賢者と同じ時代に、一度だけ確認されたと伝えられている紋章だ。冒険者や騎士なら、名前だけは知っているかもしれんな」


 冒険者や騎士なら?

 まさか竜騎士か!?

 いや、それはカイルの父ちゃんが持ってるはずだし、もの凄いレア紋章だが、何人かいるはずだ。


 うーん。ぱっと思いつかない。


「紋章官殿。俺に適性のある、紋章を教えてください」


 レイドックは考えるのを一瞬で放棄したらしい。


「うむ。そなたに最も適性のある紋章。その名は”剣聖”! またの名を”ソードマスター”!」

「「「!!!」」」


 剣聖!

 知ってるぞ!

 剣技なんかの”技”を編み出したと言われている人物が持っていたっていう、伝承の紋章じゃないか!


 ソードマスターの名前は伝わっていないが、その強さは伝わっている。

 そうか、賢者の紋章を持つ者と同時期に存在したというなら、きっと人類の生存圏拡大に尽力したと予想できる。

 賢者、剣聖、弓女神。

 なるほど、一般に知られる伝承では、賢者ばかりが目立っていたが、きっとこれらの強力な紋章持ちが同時期にいたのだろう。


 どうやらジャビール先生も同じ仮説にたどり着いたらしく「だとすると、紋章の発現条件は実戦の可能性が高いのじゃ。しかしその当時の人類にそこまでの……」などと、ぶつぶつと呟いていた。


 それにしても。


「レイドック。ソードマスターとか似合いすぎだろ」

「ちょっとクラフト! 私には弓女神って呼んどいて、なんでレイドックの時だけソードマスターなのよ!」


 そりゃ面白いからです。

 とは答えずに、もう一つの理由を語る。


「剣聖もかっこいいが、ソードマスターって響きがかっこいいからだよ!」

「クラフト兄ちゃん! それなら剣聖ってのもかっこいいぞ!」

「うんうん!」

「なんで私だけ……」


 ソラルは肩を落とすが、性能は絶対最強の紋章だろ。もうちっと喜べよ!

 いや、冗談めかして、レイドックの緊張をほぐしている……のか?


「剣聖の紋章は、あらゆる武器を使いこなせるという。飛び道具より接近武器のほうが相性がいいようだが、細かくはわからぬ。ほとんどの武器戦闘系の頂点であり、幾多の武器技を使える。ただ、聖騎士などが使う、味方全体に影響の出るような技は使えないらしい」

「完全に個人戦闘に特化した紋章ですね」

「連携に関する技はないかもしれないが、それは今までと同じだろう?」


 ゲネリスに、レイドックは強く頷く。

 今までの、剣士の紋章と同じだ。補助や連携は、訓練や経験で十分こなしてきたのだ。レイドック個人が強くなることに、不安など何一つない。


「さてレイドックよ。この紋章を望むかね?」

「ああ。必ず使いこなしてみせる」


 決意を込めて、拳を握る。


「では! ”紋章変換。その名は剣聖”!」


 その輝きは、やはり俺やリーファン、エヴァやソラルと同じ強さ!

 尋常じゃない力を秘めた紋章!


 だが、不思議とその紋章は、レイドックに似合っていると、自然に思えた。


「……凄まじい力を感じる。この紋章があれば、今度こそ、全てを守り通して見せる!」

「お前は今までだって、全員を守ってきただろう?」

「いや、カイル様を守り切れなかった。あのとき、ザイード様が飛び出さなかったら……」


 謎の八ツ首ヒュドラを思い出す。

 確かに、あれは本当に危険だった。もし喰われたのがカイルだったら、エリクサーを使う間もなく、死んでいたかもしれない。

 あれでザイードは貴族として鍛えていた。奴でなければ即死だったろう。


 あの時は、運の悪さがダルマ式に重なった結果でもある。

 俺だけでなく、カイルも含めて、全員に反省点があるのだから、レイドックは責任を背負いすぎだ。


「レイドック。あれは全員が反省したろ?」

「ああ。わかってる。だからこれは後悔じゃないんだ。だが、あのときと同じ状況になったとき、この剣聖の紋章があれば、全員を救える。そう思ってな」


 まぶしそうに、左手を掲げるレイドック。

 過去を引っ張ってるんじゃなきゃいいんだ。


「レイドック。そのときは私だっているのを、忘れちゃだめよ」

「ああ、そうだなソラル」

「ちょっ!? 私もいますからね!? 賢者の紋章ですよ!? 伝承の!」

「ははは。二人とも頼りにしてるさ」


 笑って流そうとするレイドックだが、ソラルとエヴァは睨み合っている。

 ……連携が不安になってくるから喧嘩すんな。


「とにかく、レイドックおめでとう。お前に相応しい紋章だと思うぞ」

「クラフトに負けないよう、使いこなしてみせるさ」


 俺は、黄昏の錬金術師の紋章を使いこなしたとは、一度も思っていない。それは口にせず、レイドックに抜かれないよう、精進しよう。


 がしりとお互いに手を握りあうと、子供たちが目を輝かせて飛びついてきた。


「俺も! 俺も!」

「ちょっとエド! 男同士の友情を邪魔しちゃだめよ!」

「男同士の友情……はわわ」

「アズール姉?」

「なんでもないのよ! なんでも!」

「ははは。よし、おまえたちも拳を突き出せ。一緒に強くなるって誓おうぜ」

「いいのか! 蒼い兄ちゃん!」

「もちろんだ」

「やったぁ!」


 子供たちと、レイドックパーティー全員。それに俺やジタロー、ペルシアたちも参加して、拳を突き合わせる。

 あとなぜか、マイナも参加していた。混ざりたかったのだろう。

 いやマイナ、お前は守られる側だからな?


「よし。俺たちは、このエリクシル開拓伯領を、ゴールデンドーンを守るため、強くなると誓う!」

「「「誓う!!!」」」


 俺たちの誓いを、まぶしそうに眺めていたカイルが、全員の前に立つ。


「これで全員の儀式が終わりましたね。ゲネリスさん、お疲れ様でした」

「うむ。たしかに衝撃に疲れる一日だったが、それ以上に紋章官として得るものが多かった。私は至急、新たな紋章の図柄を、他の紋章官へ伝える手紙を書かなければ」

「はい。わかりました」


 ゲネリスは一礼すると、急ぎ足で教室を出て行った。

 それを見送ったあと、カイルが振り向き、姿勢を正す。

 その様子をみて、なにか話があることを察した全員が、カイルに向かって衿を正した。


「では、レイドックさんたちに、もう一つの報償を発表します」

「「「え?」」」


 冒険者たちが声を揃えた。

 そりゃそうだろう。紋章の適性検査ってだけで、十分すぎるほどの報償なのだ。これ以上あるとは思っていなかったのだろう。


 俺がカイルに勧めていた報償は、二つあったのだ。


「私がエリクシル開拓伯として与える褒賞は、それです」


 カイルが指を指したのは、冒険者たちの持つ武具だった。


「まさか……!?」


 どうやらレイドックは気づいたようだ。


「はい。今まで貸与という形で渡していた、オリハルコンの装備。それをそのまま報償としてお渡しします」

「なっ!?」


 そう。

 オリハルコン装備を作ったはいいものの、下手すりゃ国王の持つものより良い武器になる。

 だから、あくまで貸し出していたという形をとっていた。

 もちろん、使用感などのレポートを提出してもらっている。

 その辺の理由も知っているレイドックたちが目を丸くした。


「待ってください!」


 手を上げ、発言を求めたのは、神官のベップ。


「レイドック、ソラル、それにキャスパー姉妹には相応しい褒美かもしれませんが、私たちには分が過ぎます!」


 慌てるベップに、カイルは首を横に振った。


「いいえ。ベップさん、バーダックさん、モーダさん。それだけでなくリーファンさんも、ジタローさんも、オリハルコンの輝きに負けない活躍を見せてくれました。なにより、この先、僕の領地に必要な人物ですから」

「カイル……様」

「打算と条件もあるんですよ。ミスリルの武器と同じように、売買も譲渡も僕の許可がない限り、禁止しますから。そうすれば、この領地から離れられないでしょう?」


 いたずらっこの様に、微笑むカイル。


「それに、すでに国王陛下に許可を得ていますから、今からお断りすると、僕の評価が下がってしまうかもしれません」


 すでに根回し済みね。

 断ったら自分の経歴に傷がつくと言われれば、断れるわけがない。

 ほんと策士だよカイルは。


 レイドックが全員を見渡したあと、代表するように、カイルの前にひざまずいた。


「カイル様。素晴らしき報償、ありがたくお受けいたします」

「はい。あ、今まで通り、レポートは生産ギルドに提出してくださいね」

「もちろんです!」


 こうして、レイドックたちは、新たな紋章と、最強のオリハルコン装備を手に入れたのだった。


 その後、レイドックとベップの二つのパーティーが、大活躍していくのは言うまでもないな。


 ◆


 ――成人の儀から約2ヶ月ほどが過ぎた日のこと。

 大河に建設された港に、巨大な船が係留されていた。


 港の近くから伸びる、巨大な橋も見えるが、残念ながらこちらはまだ完成していない。大河の中央部分までは伸びているが、完成予定はもう少し先だ。


 しかし、大河の向こう側との交易や情報交換は急務である。なんせヴァン……国王からの命令なのだから。


 そこで俺たちは、少しでも早く、対岸にある小国家群とアクセスすべく、巨大橋の建設と並行して、もう一つのプロジェクトを実行する。

 それが、今、目の前にある、巨大船だ。


 ガレー船よりも、帆船よりも、はるかに巨大な船体にもかかわらず、帆が一つもない。

 代わりに目立つのは、船体の両サイドにある、巨大な水車に見える推進器だ。

 しかもその船は、全てが鉄製だというのに、水に浮かんでいる。

 船には煙突があり、そこから真っ白な水蒸気が、もうもうと上がっていた。


「ようやく完成しましたね、ジャビール先生」

「うむ。これも鍛冶王となったリーファンのおかげなのじゃ」

「まさか、鉄の船が浮かぶとか、見ても信じられませんよ」

「ふん。こんなのは錬金術の基礎じゃ。しっかり勉強しておくのじゃ」

「ごめんなさい!」


 思わず謝る俺。

 先生は軽くため息を吐いて、肩をすくめる。


「おぬしの作った、水分蒸発薬のおかげじゃよ。まさか水に蒸発薬を突っ込んだだけで、体積が一〇〇〇倍以上になるとは思わんかったのじゃ」


 ジャビール先生に教えてもらったことを思い出す。

 水を沸騰させると体積が一七〇〇倍くらいになる(らしい)。ただし、そのためには加熱が必要。

 だが蒸発薬なら常温で、一〇〇〇倍くらいの体積になるらしい。

 ……うん。だいたい理解してる。はず!


 まぁとにかく、水が蒸発すると、すごく大きく膨らむから、その勢いでピストンという上下する部品を動かすことが出来る!

 俺は詳しいんだ!

 リーファンは”蒸気機関”と呼んでいた。


 とにかく、この巨大な蒸気機関を詰めるのは、船くらいしかない。

 そこで橋より先に完成したのが、この巨大蒸気船である。


 試運転を眺める、カイルや俺たち。

 大河の流れに負けずに進む、巨大船を見て、俺たちの新たな目標が定まる。


「クラフト兄様。いよいよですね」

「ああ。とうとう、国の外に出るんだな」

「はい。メンバーはまだ未定ですが……、目指すは小国家群! 三大国に挟まれた激動の地へ!」

「ああ。俺に任せとけ!」


 大河に航跡を残す蒸気船と、きらめく水面を見つめ、俺はまだ見ぬ冒険に、心躍らせるのであった。


 ―― 第五章完 ――




5章完結です。

しばらく色々な作業が入るので、ちょっと更新止まるかも。

少々お待ちください。

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― 新着の感想 ―
コレならキテレツ大百科の亀甲船みたいに薬品で出る泡を直接動力にしちゃっても……
[一言] マイナがクラフトを結婚相手に選んだら、ザイードとも兄弟になるわけですが、どっちが年上でしょうか? マイナには一応政略結婚が待ってるはずだけど、政治的な相手よりも「黄昏の錬金術師」を家族に取り…
2021/11/08 22:18 退会済み
管理
[一言] 今回強力な職になったことだし、 華々しい活躍したり、開拓が進んでほしいね 能力を生かせるように話の規模はインフレしてほしい
感想一覧
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