150:驚きは、一つとは限らないって話
連続して伝承レベルの紋章が現れたことで、紋章官も警戒しているのがわかる。
なにが来ても驚かないぞ! と、その表情が物語っていた。
だから、逆に儀式は粛々と進められる。なぞの緊張感が部屋を満たしていた。
「それでは……”紋章適性判断”。……っ!」
決意していたはずのゲネリスが、表情を歪める。
ああうん。わかってる。
なんかすげぇのが出たんだろ?
かろうじて、取り乱さなかったのが手に取るようにわかる。
間違いなく、リーファンとかと同じレベルの驚きだ。
「……この紋章も、弓女神や賢者と同じ時代に、一度だけ確認されたと伝えられている紋章だ。冒険者や騎士なら、名前だけは知っているかもしれんな」
冒険者や騎士なら?
まさか竜騎士か!?
いや、それはカイルの父ちゃんが持ってるはずだし、もの凄いレア紋章だが、何人かいるはずだ。
うーん。ぱっと思いつかない。
「紋章官殿。俺に適性のある、紋章を教えてください」
レイドックは考えるのを一瞬で放棄したらしい。
「うむ。そなたに最も適性のある紋章。その名は”剣聖”! またの名を”ソードマスター”!」
「「「!!!」」」
剣聖!
知ってるぞ!
剣技なんかの”技”を編み出したと言われている人物が持っていたっていう、伝承の紋章じゃないか!
ソードマスターの名前は伝わっていないが、その強さは伝わっている。
そうか、賢者の紋章を持つ者と同時期に存在したというなら、きっと人類の生存圏拡大に尽力したと予想できる。
賢者、剣聖、弓女神。
なるほど、一般に知られる伝承では、賢者ばかりが目立っていたが、きっとこれらの強力な紋章持ちが同時期にいたのだろう。
どうやらジャビール先生も同じ仮説にたどり着いたらしく「だとすると、紋章の発現条件は実戦の可能性が高いのじゃ。しかしその当時の人類にそこまでの……」などと、ぶつぶつと呟いていた。
それにしても。
「レイドック。ソードマスターとか似合いすぎだろ」
「ちょっとクラフト! 私には弓女神って呼んどいて、なんでレイドックの時だけソードマスターなのよ!」
そりゃ面白いからです。
とは答えずに、もう一つの理由を語る。
「剣聖もかっこいいが、ソードマスターって響きがかっこいいからだよ!」
「クラフト兄ちゃん! それなら剣聖ってのもかっこいいぞ!」
「うんうん!」
「なんで私だけ……」
ソラルは肩を落とすが、性能は絶対最強の紋章だろ。もうちっと喜べよ!
いや、冗談めかして、レイドックの緊張をほぐしている……のか?
「剣聖の紋章は、あらゆる武器を使いこなせるという。飛び道具より接近武器のほうが相性がいいようだが、細かくはわからぬ。ほとんどの武器戦闘系の頂点であり、幾多の武器技を使える。ただ、聖騎士などが使う、味方全体に影響の出るような技は使えないらしい」
「完全に個人戦闘に特化した紋章ですね」
「連携に関する技はないかもしれないが、それは今までと同じだろう?」
ゲネリスに、レイドックは強く頷く。
今までの、剣士の紋章と同じだ。補助や連携は、訓練や経験で十分こなしてきたのだ。レイドック個人が強くなることに、不安など何一つない。
「さてレイドックよ。この紋章を望むかね?」
「ああ。必ず使いこなしてみせる」
決意を込めて、拳を握る。
「では! ”紋章変換。その名は剣聖”!」
その輝きは、やはり俺やリーファン、エヴァやソラルと同じ強さ!
尋常じゃない力を秘めた紋章!
だが、不思議とその紋章は、レイドックに似合っていると、自然に思えた。
「……凄まじい力を感じる。この紋章があれば、今度こそ、全てを守り通して見せる!」
「お前は今までだって、全員を守ってきただろう?」
「いや、カイル様を守り切れなかった。あのとき、ザイード様が飛び出さなかったら……」
謎の八ツ首ヒュドラを思い出す。
確かに、あれは本当に危険だった。もし喰われたのがカイルだったら、エリクサーを使う間もなく、死んでいたかもしれない。
あれでザイードは貴族として鍛えていた。奴でなければ即死だったろう。
あの時は、運の悪さがダルマ式に重なった結果でもある。
俺だけでなく、カイルも含めて、全員に反省点があるのだから、レイドックは責任を背負いすぎだ。
「レイドック。あれは全員が反省したろ?」
「ああ。わかってる。だからこれは後悔じゃないんだ。だが、あのときと同じ状況になったとき、この剣聖の紋章があれば、全員を救える。そう思ってな」
まぶしそうに、左手を掲げるレイドック。
過去を引っ張ってるんじゃなきゃいいんだ。
「レイドック。そのときは私だっているのを、忘れちゃだめよ」
「ああ、そうだなソラル」
「ちょっ!? 私もいますからね!? 賢者の紋章ですよ!? 伝承の!」
「ははは。二人とも頼りにしてるさ」
笑って流そうとするレイドックだが、ソラルとエヴァは睨み合っている。
……連携が不安になってくるから喧嘩すんな。
「とにかく、レイドックおめでとう。お前に相応しい紋章だと思うぞ」
「クラフトに負けないよう、使いこなしてみせるさ」
俺は、黄昏の錬金術師の紋章を使いこなしたとは、一度も思っていない。それは口にせず、レイドックに抜かれないよう、精進しよう。
がしりとお互いに手を握りあうと、子供たちが目を輝かせて飛びついてきた。
「俺も! 俺も!」
「ちょっとエド! 男同士の友情を邪魔しちゃだめよ!」
「男同士の友情……はわわ」
「アズール姉?」
「なんでもないのよ! なんでも!」
「ははは。よし、おまえたちも拳を突き出せ。一緒に強くなるって誓おうぜ」
「いいのか! 蒼い兄ちゃん!」
「もちろんだ」
「やったぁ!」
子供たちと、レイドックパーティー全員。それに俺やジタロー、ペルシアたちも参加して、拳を突き合わせる。
あとなぜか、マイナも参加していた。混ざりたかったのだろう。
いやマイナ、お前は守られる側だからな?
「よし。俺たちは、このエリクシル開拓伯領を、ゴールデンドーンを守るため、強くなると誓う!」
「「「誓う!!!」」」
俺たちの誓いを、まぶしそうに眺めていたカイルが、全員の前に立つ。
「これで全員の儀式が終わりましたね。ゲネリスさん、お疲れ様でした」
「うむ。たしかに衝撃に疲れる一日だったが、それ以上に紋章官として得るものが多かった。私は至急、新たな紋章の図柄を、他の紋章官へ伝える手紙を書かなければ」
「はい。わかりました」
ゲネリスは一礼すると、急ぎ足で教室を出て行った。
それを見送ったあと、カイルが振り向き、姿勢を正す。
その様子をみて、なにか話があることを察した全員が、カイルに向かって衿を正した。
「では、レイドックさんたちに、もう一つの報償を発表します」
「「「え?」」」
冒険者たちが声を揃えた。
そりゃそうだろう。紋章の適性検査ってだけで、十分すぎるほどの報償なのだ。これ以上あるとは思っていなかったのだろう。
俺がカイルに勧めていた報償は、二つあったのだ。
「私がエリクシル開拓伯として与える褒賞は、それです」
カイルが指を指したのは、冒険者たちの持つ武具だった。
「まさか……!?」
どうやらレイドックは気づいたようだ。
「はい。今まで貸与という形で渡していた、オリハルコンの装備。それをそのまま報償としてお渡しします」
「なっ!?」
そう。
オリハルコン装備を作ったはいいものの、下手すりゃ国王の持つものより良い武器になる。
だから、あくまで貸し出していたという形をとっていた。
もちろん、使用感などのレポートを提出してもらっている。
その辺の理由も知っているレイドックたちが目を丸くした。
「待ってください!」
手を上げ、発言を求めたのは、神官のベップ。
「レイドック、ソラル、それにキャスパー姉妹には相応しい褒美かもしれませんが、私たちには分が過ぎます!」
慌てるベップに、カイルは首を横に振った。
「いいえ。ベップさん、バーダックさん、モーダさん。それだけでなくリーファンさんも、ジタローさんも、オリハルコンの輝きに負けない活躍を見せてくれました。なにより、この先、僕の領地に必要な人物ですから」
「カイル……様」
「打算と条件もあるんですよ。ミスリルの武器と同じように、売買も譲渡も僕の許可がない限り、禁止しますから。そうすれば、この領地から離れられないでしょう?」
いたずらっこの様に、微笑むカイル。
「それに、すでに国王陛下に許可を得ていますから、今からお断りすると、僕の評価が下がってしまうかもしれません」
すでに根回し済みね。
断ったら自分の経歴に傷がつくと言われれば、断れるわけがない。
ほんと策士だよカイルは。
レイドックが全員を見渡したあと、代表するように、カイルの前にひざまずいた。
「カイル様。素晴らしき報償、ありがたくお受けいたします」
「はい。あ、今まで通り、レポートは生産ギルドに提出してくださいね」
「もちろんです!」
こうして、レイドックたちは、新たな紋章と、最強のオリハルコン装備を手に入れたのだった。
その後、レイドックとベップの二つのパーティーが、大活躍していくのは言うまでもないな。
◆
――成人の儀から約2ヶ月ほどが過ぎた日のこと。
大河に建設された港に、巨大な船が係留されていた。
港の近くから伸びる、巨大な橋も見えるが、残念ながらこちらはまだ完成していない。大河の中央部分までは伸びているが、完成予定はもう少し先だ。
しかし、大河の向こう側との交易や情報交換は急務である。なんせヴァン……国王からの命令なのだから。
そこで俺たちは、少しでも早く、対岸にある小国家群とアクセスすべく、巨大橋の建設と並行して、もう一つのプロジェクトを実行する。
それが、今、目の前にある、巨大船だ。
ガレー船よりも、帆船よりも、はるかに巨大な船体にもかかわらず、帆が一つもない。
代わりに目立つのは、船体の両サイドにある、巨大な水車に見える推進器だ。
しかもその船は、全てが鉄製だというのに、水に浮かんでいる。
船には煙突があり、そこから真っ白な水蒸気が、もうもうと上がっていた。
「ようやく完成しましたね、ジャビール先生」
「うむ。これも鍛冶王となったリーファンのおかげなのじゃ」
「まさか、鉄の船が浮かぶとか、見ても信じられませんよ」
「ふん。こんなのは錬金術の基礎じゃ。しっかり勉強しておくのじゃ」
「ごめんなさい!」
思わず謝る俺。
先生は軽くため息を吐いて、肩をすくめる。
「おぬしの作った、水分蒸発薬のおかげじゃよ。まさか水に蒸発薬を突っ込んだだけで、体積が一〇〇〇倍以上になるとは思わんかったのじゃ」
ジャビール先生に教えてもらったことを思い出す。
水を沸騰させると体積が一七〇〇倍くらいになる(らしい)。ただし、そのためには加熱が必要。
だが蒸発薬なら常温で、一〇〇〇倍くらいの体積になるらしい。
……うん。だいたい理解してる。はず!
まぁとにかく、水が蒸発すると、すごく大きく膨らむから、その勢いでピストンという上下する部品を動かすことが出来る!
俺は詳しいんだ!
リーファンは”蒸気機関”と呼んでいた。
とにかく、この巨大な蒸気機関を詰めるのは、船くらいしかない。
そこで橋より先に完成したのが、この巨大蒸気船である。
試運転を眺める、カイルや俺たち。
大河の流れに負けずに進む、巨大船を見て、俺たちの新たな目標が定まる。
「クラフト兄様。いよいよですね」
「ああ。とうとう、国の外に出るんだな」
「はい。メンバーはまだ未定ですが……、目指すは小国家群! 三大国に挟まれた激動の地へ!」
「ああ。俺に任せとけ!」
大河に航跡を残す蒸気船と、きらめく水面を見つめ、俺はまだ見ぬ冒険に、心躍らせるのであった。
―― 第五章完 ――
5章完結です。
しばらく色々な作業が入るので、ちょっと更新止まるかも。
少々お待ちください。




