149:ハードルが上がると、あとの人は大変だよなって話
「では、リーファン」
「はい!」
元気よく飛び出すリーファン。ツインテールが勢いよく揺れる。
さすがにリーファンは、鍛冶より相性のいい紋章があるとも思えんが。
「それでは。”紋章適性判断”……ん。んぉ……んほぉぉおおおお!?」
「え、え!?」
紋章官が壊れたような声を上げ、リーファンが慌てふためく。
「こ、これは! 黄昏の錬金術師と同じく、存在するとはわかっていたが、歴史上一度も存在が確認されなかった幻の紋章!」
伝承にしかでてこない、賢者の時ですらここまで乱れなかったというのに、ゲネリスは我を忘れて興奮していた。
「ちょっ! ゲネリスさん! 大丈夫ですか!?」
「落ち着いてください! 水です!」
「黄昏と同レベルの紋章? 一体なにが……」
ゲネリスに引っ張られ、俺たちも慌ててしまう。
リーファンが水を差しだし、それを一気飲みすることで、紋章官はようやく少し落ち着いた。
「す、すまない。紋章官として、この紋章と出会えるならば、魔人に魂を売ってもいいとすら思ってしまうほどだったのだよ。……まさに黄昏の錬金術師以来の衝撃であった」
「いやいやいや! 魂とか売らないでよ!?」
見学していた紋章官の孫、フェイダールも慌てふためていている。
「例えが悪かった。取り乱すほどの紋章だったのだよ」
「あの、私にどんな紋章が……」
さすがのリーファンも、不安顔だ。時々俺の方を……いや、俺の左手に刻まれた、黄昏の錬金術師をちらちらと見ている。
リーファンはこの紋章の凄さを知っているからな。期待と不安と、ない交ぜなんだろうな。
しかし、このままじゃ進まないので、ゲネリスを促す。
「それで、一体なんの紋章に適性が見つかったんです?」
「ああ、うむ。それは……」
全員がゴクリと息を飲む。
心臓が痛いから、引っ張らないで!
「その紋章の名は! ”鍛冶王”! またの名を”アンドヴァリ”!」
「鍛冶王!?」
「なんか凄そう!」
「ちょっ! ちょっと待ってください! アンドヴァリってドワーフが信仰している、鍛冶の神さまの名前じゃないですか!」
聞いたことがなかったが、どうやらリーファンは知っているらしい。
「そうなのか? すまない。私はドワーフの信仰には詳しくない。だが、この紋章が鍛冶の最上位紋章であることは保証する」
「え……え……」
「金属だけでなく、木工や石工系の上位でもあり、およそ職人職全ての能力を使いこなすという」
そういやリーファンは、金属加工だけでなく、木工も、石の壁作りも、なんでもこなしていたな。
「さてリーファン。この紋章を望むかね?」
紋章官は質問調で尋ねるが、その目は「はいと言え!」と強く語っていた。
「も、もちろんです! お願いしますね!」
「うむ! 任せておきなさい!」
やる気満々だよ!
孫がぽかーんとしてるぞ!
「では! ”紋章変換。その名は鍛冶王”!」
リーファンの左手が、俺やエヴァの時と同じくらい光り輝く。その強さを見て、黄昏、賢者、鍛冶王の紋章がどれも同じくらい強力な力を秘めていることを直感した。
「す……凄いよクラフト君! 私、もっといろんな物が作れるようになったよ!」
「おお! おめでとうリーファン! 今までの努力に対するご褒美だって!」
「リーファンさん。おめでとうございます」
「カイル様! 私こそお礼を申し上げます! 鍛冶王の名に恥じないよう、カイル様の下でこれからも頑張ります!」
「はい。期待しています」
「リーファンの姉ちゃんすげぇ!」
「私と見た目は変わらないのにね」
「大人だからね!? 私この中でもかなりの大人だからね!?」
「紋章に恥じぬようにですか……。私も負けません」
リーファンはみんなから、わちゃわちゃと祝われ、髪の毛がくっしゃくしゃになっていた。
「なんでみんな、私の頭を撫でるのかな!?」
ちっちゃくて撫でやすいからです。
心の中で呟いたはずなのに、なぜかリーファンから睨まれた。解せぬ。
「全部顔に出てるからね!?」
おかしい!
ポーカーフェイスを保っていたはずなのに!?
「いや、クラフト。貴様ほどわかりやすい奴はいないぞ」
え!?
ペルシアにばれるほど!?
ショック……。
俺が沈んでいる間に、紋章官はリストを確認していた。
「良き体験をさせてもらった……。さて、次だな。ソラル」
「はい」
レイドックの彼女であり、レンジャーであるソラルが前に出る。
目つきは悪いが、生まれつきで機嫌が悪いわけではない。
彼女は落ち着いたものである。恐らく別の適性があると思っていないのだろう。
いや、上位紋章が出るとしても、エヴァやリーファンほど特殊なものは出ないだろうという安心か。
冒険者は強さを求めるが、さすがにここまで特殊な紋章だと、逆にトラブルになりかねんからな。
しかしレンジャーの上位ってなんだろう?
ハイレンジャーとかスーパーレンジャーとかウルトラレンジャーとかあるんかね?
恐らく紋章官も似たようなことを考えてるに違いない。
落ち着いた様子で、呪文を唱えた。
「ん……んんん!? はぁ!? なんじゃとぉ!?」
ちょっと待って。
落ち着け紋章官。もうこれ以上のサプライズはいらない。
「す、すまぬ。一体どうなっておるのじゃこの街は……、紋章官になってから、こんな異常事態は初めてだ」
「えっと、またなんか出ましたか?」
俺の質問に、ゲネリスがゆっくりと頷く。またかよ!
「この紋章は、賢者の紋章と同じ時代に発現したと伝わり、その後、誰もその身に刻むことができなかったものだ」
またもや伝承級!
「その紋章の名は! ”弓女神”! またの名を”アルテミス”!」
「「「弓女神!!!」」」
全員の声が揃ってしまった。
ソラルが眉間に皺を寄せると、目つきがさらに悪くなる。
なんて目つきの悪い女神だ!
いや、戦女神っぽくて似合うと思うよ!
「女神……あの、その名前って変えられないんですか?」
「無理じゃな」
「だって、男の人に発現する可能性もあるんですよね?」
「いや、”くのいち”と同じで、性別固定の紋章だから、心配することはない。気になるなら、アルテミスの紋章と呼称すればいいのではないかね?」
「うう……別にそんな心配してない……」
「さてソラルよ。紋章を望むかね?」
ソラルは一瞬動きを止めたあと、レイドックに視線を向けると、奴はゆっくりと頷いた。
するとソラルもキリっと頷き返す。
はん! もげろ!
俺が内心で叫んでいると、近くのエヴァも呪いの波動を送り込むような形相をしていた。
賢者の紋章って、呪いも使えるんかね?
どうでもいいことを考えているあいだに、儀式は進んでいた。
「では! ”紋章変換。その名は弓女神”!」
「良かったな弓女神!」
「おめでとう女神さま!」
「やったな! 弓女神姉ちゃん!」
「ちょっとやめてよ! あんたたち遊んでるでしょ!?」
「いやー。でも正確に呼ばなけりゃなぁ」
「ならせめて、アルテミスにしてよ! っていうか普通にソラルって呼んで! 紋章で呼ばないでぇ!」
あはははと、笑いが溢れる。
からかうのはやめて、みんなで祝うと、ようやくソラルは落ち着いた。
「うん。これなら。……横に立ち続けられる。彼女には負けないわ」
ぼそりと零した弓女神……ソラルの視線の先にはエヴァがいた。
ああそうか。
トラブルよりも、エヴァの賢者に負けるのが嫌だったのか。
「さて、次はレイドック」
「おう」
正直なことを言おう。
本来なら「レイドックほど紋章と相性がいいのなら、新しい紋章が出る可能性は低いだろう」と言うべき場面なんだろうが……。
うん。
もう普通の紋章が出るとは欠片も思えねぇよ!
なんでも来いってんだ!
おかしい……
レイドックまで終わる予定だったのに……
なぜだ……なぜだ……
 




