147:順調な時ほど、油断しちゃいけないって話
俺は残りのメンバーを見渡す。
まだ適性を調べていないのは九人か。
「あとは、アルファード、ペルシア、レイドック、ソラル、エヴァ、カミーユ、マリリン、ジタロー、リーファン。それにジャビール先生ですか?」
カイルと話し合ったときに、ジャビール先生の名前は出てこなかったが、功績を考えたら、報償を与えてもいいんじゃないだろうかと、カイルに視線を向けると、頷きを返してくれた。
「先生も適正を調べましょう!」
予定にはなかったが、問題ないだろう。もしかしたら俺と同じ”黄昏の錬金術師”の紋章が刻まれるかもしれないし、さらに凄い、聞いたこともないようなとんでもない紋章が出てくるかもしれない。
期待を込めて、ジャビール先生を見つめるが、彼女は苦笑しつつ手を軽く振った。
「いや、遠慮しておこう。私は何度か適性を調べたことがあるのじゃ」
「え、そうだったんですか」
そうか。一般領民には高額でも、先生ほど稼いでれば、適性検査くらいいつでもやれるか。
「弟子に触発されて、黄昏が刻めるかもしれぬと、調べたばっかりとは言えんじゃろ……(ぼそっ)」
ジャビール先生が、なにかを呟いたが、独り言だったらしく聞き取れなかった。
「え? なにか言いました?」
「な! なんでもないのじゃ! それより早く進めるのじゃ!」
「わかりました」
天才は思考がぽろっと口に出たりすると聞く。きっとそういうのだろう。
先生の考え事を邪魔しちゃ良くないから、言われたとおり進行するか。
「ゲネリスさん。続きをお願いします」
魔力回復薬を渡しながら、進めるように促した。
「うむ。ではジタロー」
「はいっす!」
元気よく手を上げるジタロー。
どうやら、紋章を持っていない人から順番に調べているようだ。
「では。”紋章適性判断”……ん、んん?」
今まで順調だったのに、初めて紋章官がうなり声を上げる。
もしかして、適正な紋章が存在しないのか?
ジタローはお調子者だが、狩人としての腕は抜群だぞ。
全員がごくりと息を飲んで、紋章官を見つめる。
「これは……珍しい。ジタローには”マタギ”の適性があるようだ」
「「「マタギ?」」」
聞き慣れない言葉だ。
「マタギっすか?」
「知っているのかね?」
「紋章のマタギはわからないっすけど、職業のマタギなら知ってるっすよ。一匹狼の狩人のことっすよね?」
「うむ。だいたいその認識で合っている」
つまり、ボッチの狩人?
ジタローに合ってるような、合ってないような。奴は必要なら狩人仲間を誘うことも多い。俺も狩りに付き合わされたことがあるくらいだからな。
「紋章としてのマタギは、あくまで能力だ。狩人の紋章と比べると、サバイバル能力があり、探知、追跡能力にたけ、罠の種類も多く、潜伏術にも優れると言う」
それ、すごくね?
「つまり、色つきの上位紋章ってことですか?」
「いや、黒の紋章なので、上位紋章ではない。だが、発現率が低く、能力も高いので、レアな紋章ではある。王国でも数人いるかいないかのはずだ」
ジャビール先生が、ゲネリスを補足する。
「黒の紋章でも、能力の高いものは発現しにくいのじゃよ。錬金術師や紋章官などと同じようなものだと思えばええのじゃ」
なるほど、わかりやすい。
「さてジタロー。紋章を望むかね?」
「もちろんっす!」
脳天気に答えるジタロー。
選択肢がないとはいえ、もうちょっと悩んだりせんのかお前は。
ジタローに紋章が刻まれると、さっそく子供たちからいじられる。
今までと違って、空気が軽い!
「みんな、ありがとーっす! ありがとーっす!」
まわりの祝福に、礼を返すが、やっぱなんか軽いな!
それに釣られて、お祝いの言葉も「おめー」とか「ジタローのくせに生意気だな!」とか、フランクになっていた。
まぁジタローらしいか。
こいつにも紋章が刻まれたのは嬉しいが、上位紋章に匹敵するようなレア紋章か。なんかモヤる。
「では、次からはすでに紋章を持っているものたちとなる。クラフト殿、回復薬の消耗が激しくなるが、大丈夫か?」
「今日のためにたくさん用意してあるので問題ないですが、そんなに魔力を使うんですか?」
「うむ。紋章があるのとないのでは、魔力消費が倍くらい違うのだ」
「それはまた……」
国が設定する、紋章検査費用の高い理由がわかった気がする。
魔力回復薬を渡しながら、俺の時は本当に運が良かったんだと、ギルド総長に改めて感謝した。心の中で。
ジタローへの祝福(?)も一通り終わったので、紋章官がリストを取り出す。
「次は、マリリン」
「は~い」
彼女が歩くと、どぷりん、どぷりんと揺れる。なにがとは言わない。
エヴァやカミーユと姉妹のはずだが、一人だけ抜きん出たあの色気はなんだろうね?
「では」
紋章官が呪文を唱えると、再び彼は目を見開いて動きを止める。
おいおい……今度はなんだよ。
マリリンは神官の紋章を持っている。神官の上位紋章など聞いたことがないから、これ以上向いてる紋章がないのかもしれないが、それにしては反応が変だ。
「マリリンには”大神官”の素質があるようじゃ」
またしても聞いたことがないが、普通に上位紋章じゃね?
「またの名を”アークビショップ”の紋章とも言う。察しておると思うが、色つきの上位紋章である。もう一つ適正の高い紋章があるのだが……マリリンよ、耳を貸しなさい」
「は~い」
紋章官がマリリンになにかを耳打ちすると、彼女は頬を赤らめた。
「それは~、いらないですぅ~」
「で、あろうな」
頷く紋章官。
え!? なんなの!?
めっちゃ気になるが、プライベートに関わることなのかもしれない。……色々想像しちゃう!
「マリリン、紋章を望むかね」
「お願いします~」
「では……”紋章変換! その名は大神官”!」
マリリンの左手が輝き、紋章が書き換えられた。
「すごい。力がみなぎってきます~」
「良かったわね、マリリン」
「おめでとう」
エヴァとカミーユにお祝いされ、嬉しそうなマリリン。
実力者なのはわかってたが、まさか本当に上位紋章になるとはな。
……ん?
マリリンで上位紋章?
残りのメンバーの実力考えたら……。
なんとなく、ろくでもないことが起こる予感がする。
当然のことだが、その予感は的中する。
皆でお祝いしつつ、紋章官にポーションを渡した。
「では次、カミーユ」
「……ん」
細身のカミーユが前に出る。彼女は剣士の紋章持ちだが、戦い方は速度を生かした、搦め手的な戦い方をする。
むしろレンジャーやシーフの紋章の方が似合ってる気がするな。
さすがに上位紋章は無理かな?
そんなことを考えている間に、適性検査が終わる。
またもや黙り込む紋章官。
うおーい!
今度はなんだよ!?
「う、うむ。こうも連続すると、さすがに混乱するな」
「ゲネリスさん。なんか問題でもあったんですか?」
「いや、失礼した。カミーユには”くのいち”の素質があるようだ」
「「「くのいち?」」」
またもや聞いたことがない。
レア紋章のオンパレードかよ!
「うむ。色つきの上位紋章なのだが、王国で発現した記録はない」
「王国以外ではあるのかの?」
ゲネリスに、先生が疑問をぶつける。
「うむ。小国家群でもっとも力があると言われている、ミズホ神国でまれに発現するらしい。冒険者と違い、紋章官は国を超えた交流があまりないので、確実な話ではないが」
「ふむ。それで紋章官殿、その”くのいち”の能力はわかっておるのかの?」
「それは大丈夫だ。”くのいち”は女性しか得られない特殊な紋章で、どちらかと言えばアサシン系の上位になる。ショートソードや投げナイフなどの技を覚えやすいらしい。戦闘は速度と手数を重視すると相性がいいようだ。不意打ちなどにも適性があるらしい」
どの紋章でもそうだが、あとは紋章から流れ込んでくる知識で補完されていくだろう。
「カミーユ。紋章を望むかね?」
「ん。もちろん」
ゲネリスの魔術で、カミーユの紋章が書き換えられた。
「おめでとう。でも、くのいちって良くわからないわね。カミーユは使いこなせそう?」
「ん。ばっちり」
エヴァの心配に、Vサインで答えるカミーユ。どうやら無事、紋章の囁きを得られたようだ。
全員のお祝いを受け、嬉しそうなカミーユ。
口数も表情の変化も少ないが、さすがにそのくらいわかる。
キャスパー三姉妹の二人が上位紋章を得たわけだが、さて、長女のエヴァはどうなるか。
……こうなると、得られなかったときが心配だな。
ああ、そうか。
将来的に、子供たちの紋章適性を調べるとして、一つも適性のない生徒が出るかもしれない。
そうなったときのフォロー体制も考えておいた方がいいな。
考え事をしているあいだに、魔力を回復したゲネリスが、エヴァを呼ぶ。
「では調べてしんぜよう」
「お願いします」
明らかにエヴァの表情は緊張していた。
そりゃ、自分だけ別の適性がなかったら、お姉ちゃんの立場ないもんな……。
どうか、彼女にも素晴らしい紋章が発現しますように!
ゲネリスが、目を丸くして叫んだ。
「ふぁっ!?」
ふぁっ!?
え、なんか驚き方、おかしくない!?
「あの、ゲネリスさん。私の紋章に問題でも……?」
「し、失礼した。とんでもない適性が出てきたものだから、少し驚いてしまったのだ」
いや、少しじゃねーだろ。「ふぁっ!?」だぞ「ふぁっ!?」。
ゲネリスが、ちらりとこちらを見て、視線が合った。
まさか、黄昏の錬金術師か!?
ゲネリスがエヴァに向き直り、ゆっくりと宣言する。
「エヴァにもっとも向いている紋章はワイズマン……。魔術を探求する者……。つまり”賢者”である」
「「「賢者!?」」」
とんでもない爆弾が飛び出してきた。
大魔道士なんて偉そうだから、賢者になりました(違




