126:どうせなら、未来が欲しいよねって話
ジャビール先生だけでなく、孤児たちが生産ギルドを手伝ってくれるようになり、ようやく少し余裕ができるようになった。
だから今日は久々にカイルの所へお邪魔している。
「あ! クラフト兄様!」
開拓伯の執務室に入ると、書類に埋もれたカイルが弾けるように顔を上げた。
なんちゅう仕事量だよ。
「よう。相変わらず大変そうだな」
「そんなことはありませんよ。王国から優秀な文官も派遣してもらいましたし、仕事は減っていますから」
「そうは見えんないんだが……」
突然、領主に任命されたカイルの仕事量は膨大だ。
任命された最初の頃は、それこそ執務室に溢れるほどの書類で埋め尽くされていたが、今は机に山盛り程度までは減っている。
今もカイルは俺と会話しながらも手を動かしているのだが、凄まじい勢いで書類が処理されていく。
カイルが優秀過ぎる。
「少し休憩したらどうだ?」
「……そうですね。では少しだけ」
ようやくカイルは手からペンを放し、ソファーへと移動する。
すぐにメイドがお茶を運んできたのだが、なぜかマイナとペルシアも一緒にやってきた。
ペルシアはカイルに視線をやると、すこしほっとした表情を見せる。
やはりぶっ続けで仕事をしていたのだろう。
現在のゴールデンドーンにおいて、役職を持っている人間はもれなく忙しいので仕方ないとはいえ、このままでは身体を壊してしまう。
俺が来れば少しは休憩するようだし、もう少しこまめに顔を出そう。
マイナが当たり前のように、俺の膝の上に座ってくる。
孤児院時代にチビどもの面倒をみていたのを思い出すなぁ。
ぽんぽんと頭を撫でてやると、マイナはご機嫌である。
お茶を飲みつつカイルに話を振る。
「そういえば、そろそろ成人の儀だろ? 準備はすんでるのか?」
「いえ、まだです。ちょうど相談しようと思ってたことがあるのです」
「相談?」
「はい。クラフト兄様は成人の儀で、魔術師の紋章を刻んだそうですが、その理由を教えてもらえますか?」
成人の儀の相談といいながら、紋章の質問?
たしかに紋章はこの時に手に入れるんだが。
「孤児院に俺は孤児の頃から魔力が高いって言われててな。紋章を刻む前や、訓練のしていない子供の魔力は垂れ流しだから、少し腕のいい魔術師にはそれを感じられるんだ。孤児院は教会と併設だろ? たまに教会に来る魔術師なんかに、俺の魔力が高いって教えてもらったんだよ」
物心ついた頃から冒険者になりたかった俺は、将来魔術師になることしか考えていなかった。
「成人の儀で紋章を刻めるのは一回だけだ。しかもなんの紋章を刻みたいかは自己申告だからな。なにも考えずに魔術師の紋章を頼んだ」
「はい。それで適性があれば紋章は刻まれますし、なければ手に入らないのですよね」
「ああ。だから、見事に紋章が浮かび上がったときは、心の底から喜んだんだけどな」
まさか、相性の悪い紋章が刻まれることがあるなど、考えもしなかった。
「親が紋章をもっていれば、適性があることが多いから、普通はそれを申告する。親が持ってない時は、だいたい職業に関係する紋章を望むな。鍛冶屋の息子なら鍛冶の紋章とかな」
「はい」
しかしこんな基本的なことを聞かれたってことは、貴族では違うんだろうか?
「貴族や魔術師家系では、あらかじめ適性を調べておきますね。名家ほど、親の紋章を継ぐことが多いので、あまり意味はありませんが」
「なるほど」
紋章は血統の影響を受けやすいので、当然と言えば当然だろう。父親と母親の紋章が違うときはどうなるんだ? 今度先生に聞いてみるか。
……もしかして、俺の親は錬金術師だったんだろうか?
「兄様?」
沈んだ表情でも出てしまったか。カイルになんでもないと手を振る。
「それで? 紋章がどうしたんだ?」
「はい。実は成人した全ての方の紋章適性を、調べられないかと思いまして」
「なに?」
紋章の適性判断は、紋章官にしかできない。紋章官は数が少ないので、適性検査は高額のはずだ。
俺の時は、黄昏の錬金術師という未知の紋章を発見した情報料ということで、無料にしてもらったから正確な額は知らないが、気軽にできる金額ではない。
「……予算はあるか」
「はい。ゴールデンドーンは好景気ですからね」
俺からするとぼったくり価格の量産スタミナポーションだけでなく、クラフト小麦や名馬や木材だけでなく、有能な冒険者が危険な辺境からかき集めてきた、貴重な素材の売買などのおかげで、予算は潤沢にある。
……どうでもいいけど、クラフト小麦って名称はなんとかならんのかね? ヴァンの野郎が正式に認めたっぽいのでどうしようもないけどさ。とほほ。
「どこかの国や領地で、事前に全員の検査をやったところはないのか?」
「金額以外にも、なにか難しい問題があると聞いたことがあります。それが何かは知らないんですが」
「ふむ」
問題?
なんだろね。
「近日中に、呼び寄せた紋章官がこの街にくるので、一緒にお話を聞いてもらえますか? どんな問題か聞いて、解決出来るようなら、兄様に解決していただけたらと思うのです」
「ああ、もちろんだ」
俺が力強く請け負うと、カイルは嬉しそうに笑った。
◆
後日、紋章官が到着したと連絡を受け、さっそくカイル邸に向かったのだが、俺は驚くことになる。
応接間にいたのは二人。一人は年配の落ち着いた男性で、もう一人がガチガチに緊張している子供だ。
「あんたは!」
俺は年配男性に見覚えがある。そう、俺の紋章を書き換えてくれた、あの紋章官だったのだ。
「ん? おお、貴殿は! 息災だったか?」
「ああ! あんたのおかげで充実した人生を送らせてもらってるよ!」
「それはなりより」
「改めて礼を言わせてくれ」
なんなら礼金を積んだっていいが、それは失礼になるだろう。
「紋章官として当然のことをしたまで。礼にはおよばんよ」
それでも俺が深く頭を下げると、紋章官は嬉しそうに頷いた。
「俺はクラフト。クラフト・ウォーケンだ。よろしく頼む」
「ゲネリス・イング。当面はこの街に住む予定なので、こちらこそよろしく頼む」
「祭りが終わったら帰るんじゃないのか?」
紋章官の紋章持ち(相変わらずややこしい)は数が少ないので、そのほとんどは王都で暮らしている。成人の儀で各地に派遣されたあとは、王都にと戻るのが一般的だろう。
「うむ。カイル学園では高等授業を教えているのだろ? 孫を入学させるつもりなのだよ」
「ああ、なるほどね」
ゲネリスの収入なら優秀な家庭教師を雇えそうなもんだが、なにか別に考えでもあるのだろうか。
「孫のフェイダール・イングです。ほれ、挨拶せんか」
ゲネリスがフェイダールの頭を軽くはたく。
それまで固まっていた少年が、口を尖らせながら立ち上がる。
エドやマイナと同じくらいの歳だろうか?
「……フェイダールです。よろしく」
見るからに不満な態度で、睨め上げられた。
俺なんかした?
「これ! なんだその態度は!」
ゲネリスが叱ると、フェイダールが弾けるように反論を始める。
「だって! なんで僕がこんな田舎で勉強しなきゃいけないんですか!? 僕は王都民ですよ!? 田舎者に教わることなんて何一つありませんよ!」
「フェイダール!」
なるほど。王都に暮らしていた子供なら、そんな不満を持つのは当然かもしれない。
だが、自分の住む街が一番だと思ってるのは王都民だけじゃないぞ?
「なぁフェイダール。この屋敷に来るまでに、街の様子は見たんだろ? 本当にただの田舎だと思ったのか?」
このゴールデンドーンは、錬金硬化岩の高層建築が屹立するだけでなく、すべての道も舗装されている。決して王都に劣る街ではない。
「ふん。たまたま黄昏の錬金術師が生まれて、そいつの作ったなんとかいう建材が優れてただけだろ? もう王都でも使い始めてるんだ。すぐに追い越すさ」
ほう?
フェイダールの言ったことはあながち間違ってないな。
どうやら頭は良いようだ。
「その錬金術師だって、じいちゃんが調べるまで、不適合な紋章を刻んでたって聞いたぞ! どんな間抜け面をしてるもんだか!」
はい! こんな間抜け面です!