125:労働は、なにより尊いって話
給食が終わると、それぞれが帰路につく。
マイナがペルシアと一緒に校舎を出ると、固まっていたケンダールの四兄妹がぶんぶんと手を振る。
「じゃあまた明日ね、マイナさん」
「さよなら、マイナちゃん!」
「気をつけて帰れよ! マイナ!」
「マイナたんー、またねー」
サイカ、カイ、エド、ワミカに、彼女は大きく手を振って答えていた。
もしかしたら、やはりマイナにも呪いの影響があって、元気に振る舞えなかったのではないかと思わせる。
これが彼女の素の性格だとしたら、やはりザイードの母親であるベラは許せない。
帝国に乗り込んでやろうかしら?
「クラフト、なんぞ悪い顔になっておるのじゃ」
「おっと、なんでもありません」
出来ないことを考えてもしょうがないな。
今は全力でカイルとマイナを手伝ってやるのが俺の仕事だ。
決意に拳を握っていると、まだ校庭に残っているケンダール兄妹たち。
校庭や図書室、一部の施設は生徒にも住人にも開放しているので、遊んでいくつもりなのかもしれない。
「エド。帰らないのか?」
「あ、クラフト兄ちゃん。違うよ、チビどもを待ってるんだ」
授業は終わったから、先生呼びをさせることはないだろう。そのまま話を聞く。
「下のクラスの……ちょうど来た。おーい!」
エドが呼ぶと、十人くらいの子供たちがこちらにやってくる。
名前は覚えていないが、六~八歳クラスと九~十一歳クラスの子供だったはずだ。
「こいつら、新しい孤児院の仲間で、アズ姉に面倒を頼まれてるんだ」
「なるほどな」
「一緒に帰って、仕事だよ。でもなぁ」
「なんだ、なにか問題か?」
エドがうーんと唸っていると、サイカが補足してくれる。
「実はみんなに割り当てる仕事があんまりないんですよね」
そうか、今の孤児院は領地からかなりの援助金があるから、金には困っていないはずだ。
なら、仕事なんてさせずに遊ばせておけばいいというのは、孤児を知らない人間の言葉だろう。
孤児院にいる間に、仕事を覚えていなければ、成人して孤児院を出たとき、すぐに職につけないからだ。
一番いいのは、どこかの見習い仕事を手伝わせてもらうことだ。そのままそこに雇ってもらえる可能性が高い。
「今日はなにをさせよう?」
「ワインの仕込みは……もう終わっちゃったよね」
「農地は遠いしね」
「怪我人の看護はー?」
「さすがにまだ無理だよ」
四人が頭を抱えていると、ふむとジャビール先生が顎に手をやった。
うん。似合わない。
「それならば、生産ギルドの手伝いをさせたらどうじゃ?」
「え?」
「スタミナポーションを常飲しておるのじゃから、荷運びや伝達の仕事なんかは出来るのではないかの」
「それだ!」
俺は思わず手を強く打つ。
「なあ、みんな。生産ギルドの手伝いをしてみないか? 今、人手不足だから、歓迎するぞ?」
「え! いいのか兄ちゃん!」
「もちろんだ」
喜ぶ子供たち。
それは将来、生産ギルドの見習いになれる可能性があることを知っているからだ。
ギルドからしても、今のうちに教育できることにはメリットがある。
「でも、チビたちに仕事できるかな? まだこの街に詳しくないんだよな」
「ふむ。ならば貴様たち四人がそれぞれリーダーになり、四つのグループを作ればええのじゃ」
「なるほど! ちっちゃいのに先生は凄いんだな!」
「こら!」
サイカに怒られるエドを見て、孤児たちが楽しげに笑い出した。
うん。まさに一石二鳥だな。
さっそく生産ギルドに足を運び、生産ギルド長であるリーファンに相談する。
「え? 孤児を働かせるの?」
最初は驚かれたが、孤児院の実情を伝えると、一般には知られていない話だったようである。
「なるほどね。孤児を働かせるなんてって思ったけど、逆だったんだね」
「ああ。孤児院にいるうちに、手に職をつけないと、成人した後にいくところがなくなるんだよ」
「わかったよ! そういうことなら喜んで手伝ってもらうよ!」
「やったぁ!」
子供たちが歓喜の声を上げる。
「リーファン。こいつらが成人したら、生産ギルドで受け入れられるよな」
「もちろんだよ! ただし……」
リーファンが孤児たちに視線を向ける。
「真面目に仕事をしていたら、だからね?」
「「「うん!」」」
こうして孤児たちが生産ギルドを手伝ってくれるようになり、ようやく少しだけギルドの忙しさが緩和されたのであった。
◆
俺はそのままギルドで仕事を開始する。
ジャビール先生と一緒に錬金するようになり、ようやく生産が追いついてきた。
それだけではなく、先生により効率的なやり方を教えてもらえたり、非常に充実している。
今も先生の貴重な講義を受けながら錬金していると、ギルド員のプラム・フルティアがやってきた。
「クラフトさん。レイドックさんが相談があるらしく、いらっしゃってます」
「レイドックが? わかった、すぐいく」
「なら私は残りの錬金を終わらせておくのじゃ」
「お願いします」
応接室に行くと、レイドックだけでなく、パーティーメンバーであり恋人のソラルと、キャスパー三姉妹のエヴァ・カミーユ・マリリンが揃っているのを見て、すぐにピンときた。
「よう、レイドック。三姉妹をパーティーにすることにしたんだな」
「ああ。少し迷ったが、パーティーに入ってくれるよう頼んだんだ」
すると三姉妹のリーダーであるエヴァも答える。
「こちらも少し悩みましたが、入れさせてもらうことにしました」
「そうか。俺も安心したよ」
ベップ、バーダック、モーダの三人が抜けたことで、しばらくレイドックが落ち込んでいたのは知っている。
だが、ようやく気持ちを持ち直したようだ。
「ありがとう。だが、別にその報告をしに来ただけじゃないんだ」
「相談があるらしいが?」
レイドックたちはこの街でトップの冒険者だ。彼らの相談に乗るのはギルドだけでなく、ゴールデンドーンの為にもなる。
「ああ。シュルルとジュララが湿地帯の開拓に行っているのは知っているだろ?」
「もちろんだ。生産ギルドからも人を出しているからな」
シュルルとジュララは、もう滅んだと言われていたリザードマンの兄妹だ。
リザードマンはエリクシル開拓伯からだけではなく、国王のヴァンからも正式に王国民と認められ、現在は八首八尾のヒュドラが支配していた広大な湿地帯を、人間と一緒に開拓中である。
「なにか問題が起きたのか?」
「問題というほどではないんだが、湿地帯には時々、落とし穴みたいな深い水深の所があってな、そこにはまって窒息死しかける冒険者が何人もでてる。ソラルくらい優秀なレンジャーがいれば避けられるんだが、なかなかな」
「なるほど。リザードマンは平気なのか?」
「彼らは感覚でそれらを見つけられるし、仮に落ちても、溺れたりはしないさ」
「へえ」
水辺で生きる種族ならではの特徴だろう。
「それで、クラフトになにか対処できるアイテムなりを作ってもらいたいんだ」
「それは冒険者ギルドからの正式な依頼か?」
「もちろんだ」
「わかった。……そうだな、なら水中呼吸薬なんてどうだ?」
「それは考えたが……あれはかなり値がはるだろ?」
「ああ。だがそれは原材料が手に入りにくいからだ。銀鱗ピラニアが必要なんだが……」
俺はニヤリとレイドックに視線を向ける。
「なんだ。それなら湿地帯でいくらでも手に入るぞ」
レイドックもニヤリと返してきた。
「原材料持ち込みなら、冒険者の手の届く価格で提供してやるよ。余った分は生産ギルドで商品にできるしな」
「ちゃっかりしてやがる」
「これでもギルドの一員だからな」
「なら俺も見習って、冒険者ギルドからピラニア狩りの依頼でも発行させるかな!」
「全滅させるなよ?」
「気分次第だな」
もちろん広大な湿地帯の銀鱗ピラニアを全滅させることなんてできない。ジョークである。
俺とレイドックがお互いに悪い笑みを向けあった。
「二人とも仲がいいわよね」
「まさかレイドック様はホモ……」
「「それはねぇよ!」」
ソラルとエヴァの呟きに、思わず声を荒げる俺たち。
ねぇちょっと!? 横で控えてたプラムさん!?
なんでそんな嬉しそうで、期待に満ちた目を向けるの!?
ないからね!?
絶対ないからね!?




