122:忙しいときほど、手伝いは嬉しいよねって話
生産ギルドは、まるで戦場のような忙しさを見せていた。
「うおおおおおおおお!」
俺は錬金釜を全力でかき回し、錬金薬を完成させる。
狙ったようなタイミングで、リーファンが錬金部屋に駆け込んできた。
「クラフト君! 錬金強化岩用のポーションは完成した!?」
「王都用が終わったところだ!」
「次はリーファン町用をお願いするよ!」
「おう! たしか四〇樽だったよな!?」
「うん!」
リーファンは頷きながら、他の生産ギルド員に指示を飛ばす。
「みんな! 強化岩ポーションを樽に詰めて、王都に送って! 最優先!」
「「「はい!!!」」」
次々と錬金釜から樽へと移されていくが、空になるのを待っていられないと、俺は次の材料を棚から引っ張り出してくる。
そんなクソ忙しいタイミングで、プラム・フルティアが泣きそうなツラで錬金部屋へと降りてきた。
プラムは生産ギルドの新人として入ってきた一人だが、通信の魔導具を預かるという大役を任されている。
そのため、俺やリーファンとの連絡役になることがおおい。
「クラフトさ~ん、大変です~。スタミナポーションの在庫がなくなっちゃいました~」
俺はプラムの言葉がしばらく理解できない。
「……はぁ!? スタミナポーションだけは、しゃれにならん在庫を用意してあったろ!?」
スタミナポーションは、作りなれていることと、原材料がとても安いので、大量に作り溜めしてあるポーションの一つである。倉庫が埋まるほど在庫があったはずだ。
「どのくらい売れたんだ? 倉庫半分くらいか?」
それとて荷馬車何百台分だよって話だが。
「全部ですぅ~」
今度こそ思考が止まる。
「は……は!? 全部!?」
「はい~。それで、領内の商人たちが早く売ってくれって、商業ギルドに殺到してるようで、その商業ギルドから、生産ギルドに一刻も早く増産しろと……」
現在、生産ギルドが流通させているスタミナポーションは二種類。
主に冒険者や兵士が購入する「伝説品質」。商業ギルドの要請もあり、現在はかなり高額に設定している。
もう一つは、普及用の「最上品質」。こちらはリーズナブルな価格となっている。
最上品質ってのは、一〇段階に分けたとき六番目となる。この品質でも普通は店に並ばない。
両方がいっぺんに売り切れるとは、ちょっと信じがたい。
「わ、わかった! 先にスタミナポーションを作る!」
「ちょ! クラフト君!? リーファン町の強化岩はどうするの!?」
「カイルにザイード村……じゃない、リーファン町の護衛冒険者費用の増額を申請してくれ! 納品が遅れた期間は引き続き冒険者で防衛を補う!」
「あ、そうか……わかったよ!」
リーファンは答えるなり、領主の館へと走る。
連絡事項などギルド員を使えばいいようなものだが、領主となったカイルに簡単には会えない。
俺やリーファンは普通に会えるので、リーファンが直接行くしかないのだ。
……それはそれでどうなんだって気もするが。
◆
カイルが、カイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシル開拓伯になり、しばらくが過ぎた。
ヴァンの野郎がごり押しで、一切根回しがない状態での新領主誕生だ。そりゃあ大変だった。
だが、国王肝いりの新領地ということもあり、他の領主や貴族の関係者が、次々と視察に訪れる。
そして知るのだ。
どうして奇跡のような発展を遂げたのかを。
もちろん貴族たちは、強化岩やスタミナポーションの情報を知ってはいたが、その効力に関しては半信半疑でとりあえず使っていた程度だろう。
それが一〇階建ての建物や、城壁が短時間で完成し、しかも強度は折り紙付き。
書面の数字で理解できなかった責任者たちが、現実を理解したことで、ポーション類の大量発注を始める。
大量に作れるスタミナポーションは作り置きをして、生産に時間のかかる強化岩用のポーションを必死に作っていたのだが、そのスタミナポーションすら品切れになり、今の生産ギルドは戦場のような忙しさを見せていた。
強化岩用の錬金薬……流通時には強化岩ポーションと呼ばれている、の作成は時間がかかる。
ゴールデンドーン内でも大量に必要だし、リーファン町にも大量に必要だ。
――ちなみにリーファン町とは、ザイードが納めていた村の新しい名前である。
そんななか、ヴァンの野郎から大量の注文が入り、ただでさえ忙しい生産ギルドがさらに忙しくなる。
「人が足りなすぎる!」
俺は天に叫んだ。
雑用係はいくらでも雇えるが、錬金術師が足りない! 足りなすぎる!
助けて神さま!
心の叫びは、どうやら天まで届いたらしい。
受付に戻っていたプラムが、申し訳なさそうに声をかけてきた。
「クラフトさん~。ジャビールって方がお見えになっています~。お帰り願いますか~?」
「え!? ジャビール先生!?」
「はい~。でも、クラフトさんは手を離せませんよね~? ジャビールさんも挨拶に寄っただけだと――」
「今すぐ行く!」
俺は言葉を遮り、階段を駆け上がる。
ヒュドラ騒ぎからしばらく姿を見なかったのでほっとする。
「先生! お元気でしたか!」
「うむ。元気なのじゃ」
ザイードや、その母親ヴェラ。出身である帝国の件などで、王都や辺境伯の所を飛び回っていたらしい。
「どうしてゴールデンドーンへ?」
来てくれたのは嬉しいが、先生の住んでいる現リーファン町からは距離があるので、なにか理由があるのだろう。
「うむ。実は陛下の口利きで、今日からエリクシル開拓伯に仕えることになったのじゃ」
「え! カイルの!?」
それは驚きだ。
俺は生産ギルドの職員なので、カイル直轄の部下というわけではない。だが、ジャビール先生がカイルの部下になるなら、鬼に金棒である。
「それでカイル様より、忙しい生産ギルドを手伝ってくるように言われたのじゃよ」
おおおおおおおお!
さすが俺のカイル! 痺れて憧れるぜ!
そして女神! 女神が降臨なされた!
女神は辺りを見回して、宣託される。
「スタミナポーションの製作は私がやるのじゃ。貴様の中間薬を使わせてもらえば、最上品質のほうは私でも量産できるからの。クラフトは強化岩ポーションの錬金に集中するのじゃ」
ジャビール先生に祈りたくなったのは俺だけではない。リーファンも、プラムも、目をギラギラ……きらきら輝かせて、先生に尊敬の念を見せる。
「「「お願いします先生!!!」」」
こうしてなんとか、生産ギルドはその危機をかろうじて乗り越えた。
◆
その日、カイルから夕食に招待された。
ジャビール先生とリーファンも一緒である。
さすがに飯なので、マイナも自分の席についていた。
「カイル、体調はどうだ?」
「好調ですよ兄様。ジャビールさんにも診てもらいましたから」
「それなら安心だな。ところで先生がこの領地のお抱え錬金術師になるんだって?」
「はい。ヴァインデック陛下が無理をさせている褒美だと、所属があやふやになってしまったジャビールさんを、領地付きとして送り出してくれたのです」
ヴァインデックと名前を呼ぶことを許されるほど、カイルは国王陛下に信頼されている。
ま、中身はヴァンなんだけどな!
ヴァンのくせに、先生をゴールデンドーンに送ってくれるなど、なかなか気が利いてるじゃないか。
「縛られるのが好きでないので、自由に研究をやらせてもらう条件で、話を飲んだのじゃ」
「先生がいるなら百人力ですね!」
「うんうん! 心強いよ! 私も先生って呼んだ方がいいのかな?」
「普通でいいのじゃ」
「わかりました!」
ここ数日、休憩時間すらもとれなかったリーファンも、嬉しそうである。
「そういえば先生はどこに住んでるんですか?」
先生の屋敷は、元ザイード村にあるので、ふと気になったのだ。
「当面はこのお屋敷に世話になるつもりなのじゃ。錬金設備の整った建物を作るか探すかしなけばならんからの」
「え? だったら俺の家に住めばいいじゃないですか」
「ぬ?」
「俺は先生の弟子ですし、なによりカイルに贈ってもらった屋敷には、先生の提案した錬金施設が二つもあるんですから」
「そういえば、あの理想を詰め込んだ現実不可能の設計図を元に作ったんだったの」
カイルが俺に贈ってくれた屋敷は、ジャビール先生が錬金環境を実現するための理想を詰め込んだ書物を元にしているのだ。
その書物には、錬金施設が屋敷の左右に独立して二つある。おそらく先生は「予備もあったら便利だな」とか「弟子の分もあると楽だな」とかその程度の気持ちで設計図として残したのだろうが、錬金術にそこまで詳しくないリーファンは、理想の……子供の夢のような設計をそのまま実現してしまったのだ。
だから、錬金部屋は施設込みでまるっと部屋ごと余っている。
「はい。どうせ今は片方しか使っていませんし、屋敷も空き部屋だらけです! ぜひぜひ!」
俺の提案に、カイルはニコニコと、マイナは目を大きく見開いて(なんか初めて見る表情だな)、リーファンはなぜか頭を抱えている。
先生はしばらく黙考したあと。
「ふむ。それではしばらく世話になるのじゃ」
「しばらくといわずいつまでもいてください!」
「なっ!? いつまでもじゃと!?」
「はい! 我が家だと思っていつまでも!」
「そ……それは……あれか? あれなのじゃ!?」
「弟子のものは師匠のものですから!」
「ああうん。そうじゃな……。貴様はそういう奴だったのじゃ」
意味はよくわからないが、褒められたらしい。
マイナがはっと表情を取り戻し、俺の方へ寄ってくる。膝の上に乗りたいのかと、両腕を差し出すも無視され、なぜか足を蹴られた。
それをみて、リーファンがものすごく苦笑している。
なんで?
内心で解せぬとつぶやきながらも、俺は師匠の内弟子になることとなった。
再開です。
コロナのせいで、生活がいろいろと変化しております。
無理をせずゆっくりやっていこうと思います。
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