118:手放すことで、手に入れられるものもあるって話
ヴァンの護衛はレイドックとソラル。それとジタローがついて、俺とキャスパー三姉妹は休憩がてらの食事をしていた。
俺たちの前には、たくさんの美味いものが山盛りになっている。
「す……凄い祭りですね」
ぼそりとつぶやいたのは、キャスパー三姉妹の長女であるエヴァだ。
現状で王都に匹敵する規模のゴールデンドーン全体が浮き足立っているのだから、初めて見たら驚くだろう。
「祭りなのに料理は安いし、美味しいです。それだけではなく、先ほど観たコンサートも斬新すぎでした」
「コンサートって言うと、ジタローが面倒だぞ。ステージライブはお気に召さなかったか?」
「いえ、とても楽しかったですよ。最初は戸惑いましたが、途中からは一緒に踊りたくなるほどでした」
「なんだ。踊ってくれたら目の保養になったのに」
「……」
エヴァに無言で返された。
セクハラ発言だった!?
俺は慌てて謝る。
「いや、なんだ。ごめんなさい」
「はあ……」
さらにため息で追撃された。
「そこまで呆れなくても……」
軽いジョークをそこまで取られると辛いの!
「あ、いえ。別のことを考えていました」
「別の?」
「はい。私は、いえ、私たち姉妹は、思い上がっていました」
エヴァは教会で告解しているかのように、ゆっくりと語り出す。
「リザードマンの村での出来事で、レイドック様と差があることは理解していました。ですが、今回のことで、その差がとてつもないものだと実感したのです」
彼女はしばらく黙ったあと、もう一度同じ言葉をつぶやく。
「私たちは、思い上がっていたのです」
エヴァは遠い目を空に向けていた。
「そんなことはないと思うぞ。レイドックと比べるのが間違ってる。あいつは特別すぎだ」
なんてったって、俺がなりたかった冒険者像そのものなんだからな。
するとエヴァが小さく笑った。
「ふふ。それはそうですね。レイドック様は特別です」
「……なんか、急にあいつの弱点を叫びたくなってきた」
「あるのですか? 弱点」
「……ああ見えて、女が得意じゃない」
「それは、弱点じゃなくて、魅力ですよね?」
俺は立ち上がって叫んだ。
「イケメンリア充はもげろーーーーーーーーーー!」
魂の叫びは、星まで届いたはずである。たぶん。きっと。
ぐすん。
◆
深夜を過ぎ、祭りの熱が抜けた頃、ヴァンのおもり係の俺たちと、カイル組がようやく合流できた。
「ああもう! 二度とあんな恥ずかしい格好で、歌わないつもりだったのに!」
カイル組だったリーファンが、真っ先にお酒をかっくらいながら、机に突っ伏す。
理由が良くわからない。
「え? なんで? 歌も上手かったし、踊りも衣装もかわいかったぞ?」
「かわっ!?」
リーファンが顔を真っ赤に染める。
一気飲みは身体に悪いぞ。
リーファンはアルコールのせいで、身体を小刻みに震わせていたので、俺はペルシアに向き直る。
言いたいことがあったのだ。
「あー、ペルシアにはまた無理をさせたな。お前はあんな格好好きじゃなかっただろ」
「いや! 心配されるほど、気に入ってないわけでもない!」
ペルシアが背筋をびしーっと伸ばす。
まったく。本当は嫌だろうに。
昔、ジタローと相談して、ペルシアにはリーファンのようにひらひらの衣装を着せるのではなく、男装をしてもらうのであれば、少しはマシだろうとアイディアを出し合ったのだ。
「ちょっと!? 私とペルシアさんでずいぶん態度が違わない!?」
「だってリーファン。ペルシアには無理をさせたから……」
カイルが絡むとポンコツになることも多いが、騎士は騎士だ。
見世物にされるのはいい気分ではないだろう。
「私も見世物にされたんだけど!?」
リーファンは似合いすぎて違和感がないから、あれでいいのだ。
「良くないよ!?」
俺とリーファンが漫才をしていると、ペルシアがなにかをつぶやく。
「私としては、むしろリーファンのようなひらひらの……」
前半は聞き取れたが、後半に行くほど声が小さくなり、ほとんど聞き取れなかった。
「え? なんだって?」
「い、いや! リーファンはかわいかったと言っただけだ!」
「うん。リーファンはかわいい」
「ふぁっ!?」
再びリーファンが固まり、周囲から笑いが漏れる。
カイルを中心に、まったりと時間が過ぎていく。
マイナが俺の膝の上で船をこぎ始めた頃、俺たちの輪に、見知った顔が近づいてきた。
「すみません、少しよろしいでしょうか?」
やってきたのはレイドックのパーティーメンバーで、ここ数日は別行動をしていた神官のベップと、魔術師のバーダック。それに戦士のモーダの三人。
彼らは穏やかな表情の中に、決意を持っていた。
俺は彼らの目を見た瞬間、なにをするつもりなのか理解した。してしまった。
三人がレイドックとソラルの前に立つ。
「レイドック。私たちはパーティーを抜けます」
「ベップ?」
レイドックはうろたえるが、俺にはわかる。ベップの言葉に迷いは一切ない。
「ちょっと待ってくれ。いったいなにが不満なんだ? 俺は未熟なリーダーだが、できるだけ平等を心がけてきた。もし足りないところがあるなら――」
「あなたに足りないところなど、何一つありません。安心してください」
ベップがレイドックの震える声を遮って、断言する。
「なら――」
「あなたが足りないのではありません。私たちが足りなすぎるのです」
「俺はお前たちのことを――!」
レイドックが慌てて立ち上がろうとするが、モーダがその肩を押さえる。それを確認して、次にバーダックが静かに語り出した。
「レイドック。お前は強くなった。本当に強くなった。ソラル、お前もだ。もちろん俺やモーダも二人に追いつくため、全力で努力してきた。だが……」
バーダックがそっと自分の左手に目をやる。
そこに紋章はない。
「限界だ。これ以上はもう足手まといにしかならん」
レイドックが叫ぼうとするのを、バーダックが先制して止める。
「頼む。これ以上言わせるな」
「……っ!」
がりがりと、レイドックが奥歯を噛みしめる。
「俺に……俺にまた、クラフトと別れた時と同じ後悔をしろって言うのか!?」
泣きそうな表情だった。悔しそうな表情だった。
こいつ……俺が抜けたことを、そこまで思っていてくれたのか……。
俺までもらい泣きしそうになる。
レイドックの横にいるソラルは、時々視線を逸らすだけで、ずっと黙って聞いていた。
彼女にはわかっていたのだろう。バーダックとモーダとの実力が離れすぎてしまったことを。
だが、それなら神官の紋章を持つベップは?
俺がそのことを口に出そうとするが、ベップはそれに気づき、俺に向かって手のひらを向けた。
「私たちは三人で新たなパーティーを組みます。戦士と魔術師の組み合わせに、回復役は必須でしょう?」
「待て! その理屈なら、剣士とレンジャーだけになる俺たちは――!」
「そこであなたのパーティーに、推奨したいメンバーがいるのですよ」
「……なに? 推奨だと?」
レイドックのうろたえ方は、見ているだけでこちらも苦しくなるほどだ。
ソラルも苦しそうに顔を逸らしている。
「エヴァさん」
「ふぁい!?」
それまでことの成り行きを見守っていたエヴァだったが、いきなり名前を呼ばれ、間抜けな声で返答してしまう。
うん。気持ちはわかる。
「私はあなたたち、キャスパー三姉妹をレイドックとソラルのパーティーに推奨したいと考えています。どうでしょう? よければ前向きに考えてくれませんか?」
「私が……レイドックしゃまのパーティーメンバーに?」
「はい。この場で決める必要はありません。数日したら、辺境伯の住まう街、ガンダールに共に旅立つでしょう? 時間はありますよ」
「そ……それは……」
ああ。さすがベップだよ。バーダックの考えかもしれないが、抜ける三人は戦士、魔術師、神官とバランスがとれている。
レイドックも、キャスパー三姉妹が加われば、前衛二、中衛、魔術師、神官とこれまたバランスがとれていた。
ただ、抜けるというのではない。お互い最良の道を示しているのだ。
「お……俺は……」
レイドックがなにかを言いかけて、奥歯を噛みしめ、言葉を飲み込む。
「なんて顔をしているんですか。別に私たちはゴールデンドーンを出るわけじゃありません。むしろ定住予定ですよ」
「……え?」
「同じ街にいるのです。いつだって会えるじゃないですか。……仕事がなければ」
ベップがにこりと笑うと、モーダが無言で頷き、バーダックがニヒルに口元を緩める。
「ああ……うん。そうだな。別に……永遠の別れってわけじゃ……ないんだよな?」
「仕事によっては一緒に行動することだってあると思いますよ」
「ああ。ああ。そうだな」
レイドックは泣きながら頷いた。
別れるための言い訳を、ここまで用意してもらったのだ。ここで頷かなければ、逆にこの三人を裏切ることになる。
「……今日は。朝までは、同じパーティーなんだよな?」
「……はい」
「なら、飲もう。記憶がなくなるまで、最高の酒を飲み散らかすぞ!」
「はは。今日くらいは付き合いましょう」
「魔術師に酔えとは無茶を言ってくれる。……最初で最後だ」
「ん」
最期にモーダが無言でジョッキをテーブルに置いた。
レイドックがクソ高い酒を惜しげもなく全員の杯についでいく。
「よし! これからの俺たちに!」
「「「「これからの俺たちに!!!!」」」」
五人が声高らかに杯を打ち合ったあたりで、俺はその場を離れた。
もちろん、他のメンバーもだ。
カイルとマイナと並んで屋敷に戻る。
「なんだか……少しうらやましいと思いました」
「そうだな」
寂しくも、その絆の深さがうらやましいと思ってしまったのは、俺だけではなかったらしい。
カイルの言葉に、救われた気がした。
③巻買ってくれた?(^-^)




